怖い話らぼ −怪談・都市伝説まとめ−

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母に聞いた話。

母が小学生の頃(現在50近いので、少なくとも40年前)、徒歩で1時間ほど歩いて学校に通っていた。
その途上に、1つ山を通る。何の謂れもない普通の山だ。 

ある日、いつものように帰宅途中だった母は、その山で見慣れない道を発見した。
普段から同じところを通っているのに、こんな道なんかあったっけ?などと思いながら、気分でその道を通った。 
その道を歩いていると、不思議と幸せな気分に包まれた。 
一本道がずっと続き、しばらくすると出口が見えた。その先には見知った光景が広がっていた。 
ふと、背後が気になり振り返ってみると、なぜ今まで気づかなかったのかという程の無数の墓墓墓…。 
恐らく放置された墓で、草がぼうぼうに生えていたという。
急に怖くなった母は走って家に帰り、それを母(俺にとっての祖母)に報告したが、
「そんなところ近所にある訳ないでしょ」と一蹴。 
更には、普段1時間かけて帰ってくるはずが5分で帰ってきてしまったようで、「勝手に早退したな」と怒られてしまった。 
そこで母も意地になって祖母を引っ張って元きた道を探すも、当然ある訳もなく、
嘘をつくなと尚更怒られて家に戻ったという。

翌日、念のために先日入ったはずの山道を探してみても見つからず、
結局その幸せな気分に浸れる墓場は、一度見たきりだそうだ。 

墓場に引き込まれたにしては怨霊が出るでもなく、素直に家の近所に出口が繋がっていたりと、不思議な話だったかな。

投稿者:名無し


祖母の実家は山あいにあるんだけど、丁度北側に山があるから、北風が入らず、
南側からの太陽の光をを一日中浴びてるような、そんな穏やかな村なんだ。


小さな時、祖母から聞いた話。

その村のお寺には尼さんがいたみたいなんだけど、その尼さんの所に、亡くなる前の人が挨拶に来たらしい。

明け方か夕方だったか忘れたけど、薄暗くなると、人がお寺の中に入ってきて、
私は○○という者ですが、近い内にお世話になりますと言っていなくなる。

すると近い内にやはり○○さんという人が亡くなり、葬儀に呼ばれるらしい。


で、尼さんもそれに慣れた頃、いつものように薄暗くなってから人が来た。

いつものように、お世話になりますと言って消えたけど、その人はそれからすぐ意識不明になったけど、無事に息を吹き返したらしい。

尼さんはその人が生きてよかったなあと思って、でもどうして挨拶に来たけど無事だったのかなって考えた時、わかったんだって。


亡くなる人はお寺の中に入ってきて挨拶をした。
でもその人はお寺の庭から挨拶をしてきて、中には入ってこなかったらしい。

お寺の中に入るとこの世との縁が切れるのでしょうね、と尼さんが言ってたらしい。


又聞きだから、らしいばっかりですみません。


あんな陽だまりみたいな明るい村にも、こんな不思議な話があったって事が当時は衝撃だったな。

あれからだいぶ時間は流れたけど、そこは昔と何も変わらず、今も静かに太陽の光に包まれてる。


読んでくれてありがとうございました。

おわり

親父から昔何度か聞かされた話なんだが、
おれが2~3歳のころ、一緒に住んでた曾祖母が亡くなった。
たぶんそのころは、人が死ぬってこともよくわかってなかったと思う。 
その3日後くらいに、親父と風呂に入ってたら、
おれが突然「最近おばあちゃんが階段を上がって寝室に入ってくる」と言い始めたらしい。 

親父は曾祖母ではなく、同じく一緒に住んでた祖母のことだろうと思ってたら、
おれが「おおきいばぁちゃん(祖母と区別して曾祖母のことをそう呼んでいた)が上がってくる」と言うので、
「おいおい、こいつ死んだ曾祖母のことを言ってるのかよ」とゾッとしたそうだ。 
しかも、「どんな風に入ってくるの?」って聞いたら、
「下がしろーくて足がない。それでこっちを見て笑ってる」と答えたらしい。 

それを昔、親父から聞いたとき、
当時幼いおれが見えてたものが『足がない』という一般的な幽霊像と一致してるってことに、自分でも気味が悪いと思った。
なんせ、まだ保育園にも行ってないくらいだからな、お化けのイメージはなんて持ってないはずだし、
そもそも死というものもよくわかってなかったはず。 

んで、最近実家に帰ったときに、久しぶりにこの話をした。
おれが、
「下が白くて足がないって言ってたんでしょ?
 それって一般的な幽霊像と一致してるよね、小さい頃は見えてたのかもなぁ、自分が怖いわ」
と身振りを交えて話していると、すぐに親父からの訂正が入った。 
そして、それを聞いたおれは、この話について自分が大きな勘違いしていたことに気づくと同時に、
改めて当時自分が見ていたものに対して異様な恐怖感を覚えた。 
「…いや、『下』じゃなくて『舌』な。真っ白の舌を出してたって」

どんなキャラクターでもいい、いままでに『白い舌』を連想するものを見たことがありますか?
幼いおれが見ていたものはやはり、この世のものから外れたものだったのか…

今でも半信半疑ですが、私が大学4年(2000年頃)で新潟に住んでいたときに体験したちょっと不思議な話です。
夏休みに中の良かった友人2人と、計画もなく突然その日に思いつきで下越から上越の日本海沿いをドライブしようということになりました。

私は当時バイト及び武道の練習があったのですが急遽休みを取って、友人2に付き合うことにしました。
道中 大学卒業後の話し、いま付き合っている彼女のはなし等、話題が尽きることなくともても楽しい時間でした。

午後12時ぐらいに出発し、6~7時間ぐらい走ったこと、だんだん日も落ちて暗くなって着ました。
地名は覚えておぼえておりませんが、海沿いの田舎町で街頭もあまりないくあたり一面真暗でした。


当初3人で交代でぶっ続けで運転しようという話をしていたのですが、友人2人が突然どこかに宿をとろうと
言ってきました。

当時学生であまりお金に余裕がなく、当然泊まる準備もしておらず
私は「私が運転するからこのまま続けて走ろう」と強く反対しましたが
友人2は腹が減った、疲れた、知らない道を暗い中で運手すると危険等
どうしても一泊したいようでした。

私はこれに腹が立ち友人2人に対し「とまってもいいが安い宿じゃなければとまらない」と強い口調で抵抗しました。
運悪くその後2,3分走ったところで、小さな旅館がありました。(普通の古い民家に看板がかかっている感じ)
友人は早速車をとめ営業しているかどうか?値段はいくらか?車を降りて小走りで確認して行きました。

友人がニヤニヤしながら、車にもどり2人部屋に3人であれば宿代2人¥7,800(1人¥3,900)+¥1,500(+1名 食事代)
でよいと自慢げに説明してきました。
どうやら急遽予約がキャンセルになり、2人部屋があいておりまた学生だったのでかなりまけてくれたようでした。

私はこの時点で友人に対しかなりかなり腹が立ってきて、また自分が安ければ泊まると発言したことにも
イライラしていましたが、言ってしまった手前、仕方なく泊まる事にしました。

しぶしぶ旅館に入ると外観と同じく旅館の中も非常に古く、薄暗い感じでした。
また玄関に入った時、うまく言えませんが、じめじめしていてドブくさい匂い?(下水のような匂い)
がしました。(私が匂いに敏感なせいかすぐに感じましたが、もう一人の友人は言うまで分からなかったようですが)
本当に最悪な気分でした。

すぐに部屋に通され、2人部屋にすでに3人分の布団が引いてありました。
予想通り古ぼけた部屋で壁もぼろぼろでした。
また玄関と同様やはり変な匂いがしてました。
食事を準備するので10分ぐらいしたら、食事場に来てくれといわれ
何もやることがなかったので、テレビをつけて時間をつぶしてました。

そろそろ食事場に行こうとしたところ、一人の友人(車を持っている及び宿を決めた友人)が座り込んだまま
一向に動こうとしませんでした。
私が「早く飯を食いに行くぞ」と促しましたが、反応がなく
なぜか?壁に向かってぶつぶつ何かをつぶやいてました。

もう一人の友人が運転で疲れているようだから私たちだけて食事に行こうと
言ってきました。

私は友人の態度が頭に着て、腕を掴んで強引に食事場に連れて行きました。
食事は正直あまり期待していませんでしたが、食事場は思ったより
きれいで食事も魚料理がとてもおいしくボリュームもあり非常に満足でした。
部屋で座り込んでた友人はあまり食欲がなかったようで、友人の分も私が食べました。

食事を終えて部屋に戻ると、一人の友人は会話がなくまたひとり座り込んで
いました。もう一人の友人はやけに明るく私にしきりに話しかけてきてましたが
満腹感と疲労感及び友人の態度に腹が立っていたので、なかば強制的に会話を
終わらせすぐに寝ることにしました。

翌朝、ぐっすり眠れた私とは対照的に2の友人はあまりよく眠れなかったようで
顔色もあまりよくありませんでした。
朝食もいらないとの事で、私だけ朝食をとり、(朝食も新鮮な刺身等で大満足)
釣り人が多く朝食は確か6時ぐらい、7時ぐらいには宿をでました。

運転の順番が昨日すわり込んでいた友人だったため、運転するように言いましたが
なぜか?運転したくないと拒否されました。
私は疲れているもしくは体調が悪いかと思い仕方なく替わりに運転することにしました
友人の顔色が悪かったので「疲れているのか?どこか体調がわるいのか?」とたずねましたが、
なぜか友人から無視されました。もう一人の友人も同じ事を聞きましたが、やはり無視。

車中に変な空気がながれ、そこで私の堪忍袋の尾が切れました。
当時、非常に気が短く+体育会系(武道)だったため

「バイト休んでまで付き合ったのにその態度はなんだ!」
「楽しくやろうとしるのに何の文句があるんだ!」
「一体なにが気に食わないか言ってみろ!いい加減にしないとぶっ飛ばすぞ!」

と車内で運転しながら怒鳴りつけました。

すぐに反応がなかったので、さらに頭にきてしまい、「この野郎」と思いながら
車をとめた瞬間、友人が「いいよ運転かわるよ」と何事もなかったかのように話かけてきました。

私は友人の態度に一気に拍子抜けしてしまいました。
そこから友人は普通に話し始めました。
私の怒りもどこかにいってしまい、一体なんだったんだと思いながら「体調大丈夫か?」
と聞いたところ、もう一人の友人が実は...と昨晩の話をしてきました。

友人によると、食事を終えて部屋に戻ったときから、ざわざわと数人の声が
聞こえていたとの事、また夜金縛りにあい数人の大人と沢山の子供?の声が聞こえてたとの事。
どうやら私が怒っていたので、昨晩言い出せなかったようでした。
ただ私は全く何も感じなかったので、なんとも言えないのですが、運転を替わろうとした
昨日体調の悪かった友人のひじの辺りに、アザがのこっており、どこかにぶつけた
そのアザがくっきり五本指になっており、しかも子供の手と思われる形状をしておりました。
これにはさすがに私も驚きました。
もしかしたら友人には本当に声が聞こえていたのかも知れません。

半年ぐらい前数年ぶりに友人と再会し、久しぶりにこの話をしました。
いまでもうっすらですが、友人の肘の周辺にアザが残っております。
しかし、その友人ドライブに行った記憶はあるみたいですが
私が怒鳴ったことも、宿での記憶もない様です。

兄夫婦の嫁さんが教えてくれた話なんだけどいいかな? 
兄嫁(めんどいので仮名でK子さん)のお父さんは昔から農家をしてる人なんだけど、 
農家って小さい頃からお手伝いさせられるから大変だったってよく愚痴をこぼしてた。 
そんな愚痴の流れと酒の勢いで出た話。 

当時K子さんは小学生低学年くらいで、家の作業を手伝ってた。
K子さんのお父さんはジャガイモとかソバとか、果てはワサビとか色んなのを作ってた。 
なのであんまり収穫とかに機械を使わない(規格的に使えない)ので手作業だったらしい。 
それでも無農薬で丹精込めて作った野菜は本当においしくて評判だった。 

ある日、K子さんのお父さんの兄が農家をやめるってんで、土地の一部を請け負った。 
そこそこの広さだし、元はソバを育てた土地だから、とりあえずジャガイモを植えて様子を見た。 
そのジャガイモの最初の収穫のとき、K子さんが手作業で掘ってたら面白いものが出てきた。 
よく大根とかである、人みたいなジャガイモが採れたんだって。 
それもリアルな顔立ちをしてて、ジャガイモにしてはサイズもデカい。 
こりゃ珍しいってんでお父さんに見せたら、「よかったかなー」って褒めてくれたそうだ。 
その芋は出荷せず、その日にバター醤油で焼いて食べたが、お父さんの土地のジャガイモよりおいしくない。 
デカくなりすぎてるし、まだ整った土地ともいえないし、そんなもんだよってお父さんは教えてくれた。 

それから何度か植え付け、収穫を繰り返してたんだけど、必ずデカめで人っぽいジャガイモがとれたらしい。 
よくよく思い返すと、いつも同じ場所でその人面ジャガイモは見つかるんだって。 
他のジャガイモはどんどん美味しくなるのに、そのジャガイもだけはおいしくないまま。 
で、採れる度に毎回食卓に並ぶ。それがK子さんが高校受験くらいまで続いたらしい。 

けどK子さんのお父さんの兄が失踪してから人面芋が収穫できなくなった。 
それどころか請け負ってた土地の作物が急に不作続きになって、結局荒地になってしまった。 
K子さんのお父さん曰く「土に何かしてたのかもなー」って気にも留めてなかった。 
K子さんもそこまで気にはしてなかったが尾を引く事件だったなーとは言ってた。 
けど私からするとそんな、何かも知れない土地とモノで育った野菜を食べてるのかと不安になったよ。

大学生時代の友人が体験した不思議なお話です。
大学生のころ私は武道にのめりこんでおりました。
勉強とバイト以外はほとんどの時間を武道に費やしておりました。

しかし一緒に武道の稽古をしていた仲の良かった友人の一人に、私とは比較できないぐらいの武道バカがおりました。
バイト等もとくにやっていなかったようで、勉強以外はひたすらトレーニングをしていたようです。
私のアパートに遊びに来て普通の話をしているときですら、ハンドグリッパー(筋トレ器具)で常に握力を鍛えてました。
とにかく体を鍛えるのが好きだったようです。

そんな友人の実家はうるおぼえですが、香川?徳島?(四国だったと記憶しております。)で農業(専業)を営んでおり、人をやっとってやるぐらいの
かなり規模の大きい農家で、夏休みで実家に帰ると必ず農業の手伝いをさせられていたようです。
ただ本人は武道の練習の妨げになると嫌がっており、よくさぼって体を鍛えてといってました。
また運転免許を取ってからは配達等もやらされてたそうです。

親から配達を頼まれ、友人の家から20~30キロぐらい離れた山の中にある農協組合センターというところに一人で野菜を運んだ際
すぐ家には帰らず、車を止め山の中で筋トレやランニングをしていたようで、よく帰りが遅いとよく親に文句をいわれていたみたいです。

ある日山の中をランニングしていると、山の斜面に丸太で簡単に作られた階段があり、そこを上がってみると正方形状に、平たく整備された土地があったようで
「武道の型の稽古をするにはもってこいだな」と思い中に入ろうとしたそうですが、
入り口にお寺や神社で見かけるようなネジネジに巻かれた縄が、跨ぐのも、くぐるのも難しい微妙な位置に掛かっており
その時は入るのをあきらめたとの事です。

数日後、また親に頼まれ農業組合センターに野菜を運びにいった際、いつものように筋トレ、ランニング等で仕事をサボっていたとき
ふと、平たく整備された土地の事を思い出し、もう一度いってそこで練習しようと考え、また階段を登りネジネジの縄の前まで行き
ちょっと考えた後、「跨ぐのは無理なので、服が汚れてもいいから下から入ろう」と、這いつくばるようにして縄をくぐって中に入っていったとの事です。

中は森の木をそこだけ切り取ったように、きれいな正方形状になっていた様で、「だれかここに家でも建てるのかな?」と思っていたようです。
練習を始めようとした時、なぜか?急に指先がピリピリしびれだし、「何か変だな?」と思った時には足のつま先からあたまのってっぺんまで、ピリピリしだしたようで
その時、友人はかなりパニックになったみたいです。

激痛ではなかったようですが、パニックになって大声で「誰か助けてくれ!」と叫んだ様ですが、なぜだか声が出なかったみたいです。
体もうまく動かせず、本人曰く自分の感覚ではずっとスローモーションのように動いていたと言っていました。

心臓発作のような急病にかかったのか?とか色々考えた様ですが、とりあえずここから出ようと、縄が掛かっているところに必死になって
戻ろうとした際、一度森のほうを振り返ってみると、不思議なことに今まで何もなかった土地に突然お寺?のようなものが建っていたみたいです。
本人曰く「普通のお寺ではなく自分の身長より頭ひとつ、二つぐらいの大きさのミニチュアのような?お寺」と言ってました。
それを見た瞬間急に怖くなり、もがくようにして、ようやく縄をくぐって外に出たようですが、汗びっしょで、体がきしむように痛かったとの事です。
たださらに不思議な事に、外に出るとなぜか?そのお寺のようなものは見えなかったそうです。
友人はとても気味が悪くなり、すぐにその場を離れ、車で家に帰ったとの事です。


その後、親に頼まれてもその農業組合センターに野菜を運ぶのを断っていたらしいのですが
ある日どうしてもといわれ、嫌だったのですが父親に一緒についてきてもい、もう一度農業組合センターに野菜を運びに行ったとの事です。

仕事をサボっていたので、今まで理由を親に話していなかったようですが、仕方なく父親に仕事をサボってトレーングをしていたこと、また不思議なお寺の話をしたところ、
当然ながら「そんなことがあるわけないだろう?」と一蹴されたそうです。

父親にその話を証明するため、また友人ももう一度確認してみたかったようで、配達帰りに父親をつれてもう一度その場所を確認しにいったそうです。
階段とその正方形状の土地はまだあったようなのですが、縄がすでに取り外されており、そのときは簡単に中に入れたそうです。
案の定、父親から「なにをいってるんだ?」、「トレーニングのし過ぎで幻覚でも見たんじゃないか?」と皮肉を言われたそうです。
ただ友人曰く、自分が入った時と雰囲気?空気?のようなものが明らかに違っていたといってました。

あまりにも突拍子のない話で、私も正直信じられません。
友人には申し訳ないのですが、私も彼の父親と同じでトレーニングのし過ぎではないかと思っています。
しかし友人は裏表のない人間で、またよい言い方ではありませんが、あまり賢いタイプの人間でもなく
うそをついてるようには思えません。

いつものように握力を鍛えながら、私にこの話をしてくれました。
またその後も相変わらず、武道の稽古に励んでいました。

しかしこの友人以前からよく「山に篭って修行をする」とか言ってましたが
結局一度も山篭りはやらなかった様です。(合宿にはきていましたが)
彼の体験した話はとても信じられませんが、彼がなにか怖い体験をしたのは間違えないと思います。

投稿者:ぶうたらこん


これは 私が5~6歳頃の記憶である。

私の祖父は若い頃力士でさすがに四股名までは伏せさせて頂くが十両まで経験した事がある。
また泳ぎも得意で よく私を川へ連れて行ってくれた。

いつものように川で泳いでいたある日 上流から何か解らないが変な塊のような物が流れてきた。

それが瞬く間に祖父を取り囲むと 塊と一緒に祖父も水面から「とぷん」と沈んでしまったのだ。

それはまるで 何者かに足を引っ張られた感じだった。
私は訳が解らず泣きそうになったが 5分もしないうちに祖父がまた顔を出したのでホッとした。

岸に上がった祖父はひどく疲れた様子で 息を切らして青ざめ何も喋らなかった。

その時祖父の横腹には 小さな手の跡の様なものがいくつも付いていたのを覚えている。
しかしその手の跡は 指が3本しかなかった。


次の日 外で遊んでいると 田んぼの隅っこに泥まみれのゴミがぐしゃぐしゃに固まって打ち捨てられていた。
気になって祖父に 「あれは何か」 と尋ねると

「河童も人間様に負ければ ああなると言う事だ」

と言っただけで 後は何も教えてはくれなかった。

そのぐしゃぐしゃしたものは 炎天下の中徐々に溶け 夕方までにはすっかり無くなっていた。


もしかするとあの時 川の中に引き込もうとした河童を 元力士で泳ぎも得意の祖父が力まかせに打ち負かしたと言う事なのだろか。

今となっては知る由もない。

JRがまだ国鉄と呼ばれてた頃の話。 

地元の駅に蕎麦屋が一件あった。いわゆる駅そば。 
チェーンではなく、駅の外のあるお蕎麦屋さんが契約してた店舗で、
旨い安いでも種類が無い、おまけに昼はやって無いという、趣味でやってるサラリーマンサービスみたいな店だった。
乗り換え駅でもないけど快速が止まる駅ではあったので、
急行普通乗り換えの時間帯や、朝と晩から終電近くまで結構にぎわってる店だった。

ある日、終電後に客が無くなって店を閉めようとしたときに、なじみ客のサラリーマンが食べに来た。
だけどこのサラリーマン、食べ終わって駅を出た先で暴走車にはねられて亡くなってしまった。
しかし、翌月の30日深夜に店を閉めようとすると、ちょうど日の変わるところでお客が入ってきた。
それが死んだはずのなじみのサラリーマンだったらしい。
ただ、最初は気付かずに注文通りそばを出して、サラリーマンが食べ終わって出ていき、
どんぶりをかたそうとしたら何故か手がつけられてない(食べてたのは見てたはずなのに)、
お金も貰ってたはずだけど計算したら最後のそば分足りない。 
それで気付いたのだそう。 

その後、毎月月末深夜から翌月1日になるときに、
何故かお客が来なくなり、代わりにこのサラリーマンが現れるようになった。
おばちゃんは何も言わずいつも接してたそうですが、
あるときふと、「何だい、辛気臭い顔して。そば美味しくなかったかい?」と声をかけたのだそう。
そしたら、
「いえ、そばは美味しいです。実は妹が明日結婚でして・・・」
「何だい、めでたいじゃないか」 
「はい、めでたいのですが、私としては妹を取られたような気がしてちょっと・・・」
「へぇ、複雑なんだねぇ」 
という会話を交わし、その後も食べにくるたびにちょいちょいたわいもない話を興じるようになったらしい。 
ただ、毎回、初めて会話するような感じで、前回話したことは覚えてないような状態だったそう。 
(「妹さんが結婚するんだろう?しゃきっとしなさいよ」と言うと、
 「えっ?何で知ってるんですか?」みたいな感じだったとか) 

そしてその話がどう流れたのか、サラリーマンが亡くなってそろそろ3年という頃に、
その妹さんがやってきて、それは兄なので話を聞きたいとやってきた。 
実は妹さん、お兄さんとは禁断の関係にあって、
もしかしたら自分との関係を清算するために自殺したんじゃないかとずっと悩んでたのだと。 
話を聞いて、それが悪質な作り話じゃ無いと確信した妹さんは、ぜひ兄に会いたいということになり、 
次に来るであろう時間にバイトとして厨房のほうに入ることになった。 
(実際、半信半疑で、悪質な作り話だったら訴えようという心構えだったそう) 

そして運命の日、お兄ちゃんが現れていつも通りそばを頼んで食べ始め、
おばちゃんと会話を始めたその人が兄だと確信した妹が話しかけると、
お兄ちゃんはびっくりしながらも普通に話し始めたのだと。 
その会話から、
「自殺なんてしない、おまえが幸せならそれを応援する。
 男としておまえをずっと愛してた。これからは兄としてずっと愛するつもりだ」
と兄妹わだかまりが解けて、するとお兄ちゃんはすっと消えてしまった。 
きっとそれを妹に言いたかったのが心残りだった、でもそれを言おうか悩んでた、
だからずっと繰り返してたんだろうということになった。 

ところが翌月、このお兄ちゃんはまたそばを食べに来た。 
ただし、覚えてないのはいつもどおりなのに、辛気臭い雰囲気が全くなく、
おばちゃんが「機嫌良いんだね」と言うと、
嬉しそうに「明日、妹が結婚するんです!」と話しかけるような状態で、
「なんだい、そりゃ景気がいい。んじゃあ今日はおばちゃんのおごりだ!」
ということを続けることになったのだと。 
妹さんに伝えると、
「兄さん、私のこと悩んでたんじゃなくてそば食べたかっただけなの?」とちょっとがっかりしてたとか。 

しかし、ある日いつものようにお兄ちゃんが蕎麦屋に来ると、おばちゃんがびっくりして一言。 
「あんれまあ、今日は1日じゃ無くて29日だよ?」 
そう、その日はうるう年、2月29日。 
そしたら兄ちゃん、びっくりしたように固まったと思ったら、
「ああ、そうか、俺はもう…」と悟ってしまったのだと。 
そのまま「ご迷惑をおかけしました、もう来ることはないと思います」と帰ろうとしたので、
おばちゃんが「だったら最後に腹いっぱい食ってき!全部おごりだよ!」と大盤振る舞いしたんだと。
そしたらお兄ちゃんも遠慮なく、全種類の具を堪能して、「じゃあ、行ってきます!」と元気に出て行ったそう。 
当然お兄ちゃんの去った後は手がつけられてないそばの山だったそうですが、
それからほんとに兄ちゃんは来なくなったのだそうです。 

その後、JRになると同時に店舗契約は打ち切られ、駅そばは無くなりました。 
その代わりに、駅前の店を深夜まで駅そば価格の専用メニューで開けるようにしたのだそうです。 

その話を聞いたのは、この前おばちゃん改めおばあちゃんが怪我して入院したので看病に行った時。 
なぜかというと、このお兄ちゃん、それからはお盆の深夜に必ず店に食べに来てるらしい。 
その時は必ずおばあちゃんが店に立ち、一杯のおかめそばをサービスで作ることにしていたのだと。
そこで、妹さんのところの話(子供が生まれたとか、兄弟ができたとか、病気してたけど大丈夫かなとか)会話して、
最後は必ず「食べ終わったら必ず妹さんのところに寄るんだよ!」と渇を入れているのだそう。 

おばあちゃんが店に立てなくなったら、次は私がその役を引き受けることになるのだそうな。 
理由は、私がお盆の深夜にお兄ちゃんと思しきサラリーマン風の人と会話してたおばちゃんを見たことあるから。 
お母さんやお父さんはサラリーマンの人を見たことが無く、
深夜の店ででひとりごと言ってるおばあちゃんなら見たことあって、ぼけたのかと思ってたそう。 
だから、お兄ちゃんが来なくなるまでは、今度は私がおかめそばを作ってあげなければならないんだって。
ただ、おばあちゃんが言うには、彼はうちの味が変わらない限り守ってくれてるらしい。 
座敷わらしみたいなものなのかもしれない。 

おばあちゃんは怪我も治って、まだまだ現役だから、そうなるのはあと10年も20年も後かもしれないけど、 
今年からは私も一緒に店に出て挨拶してみようと思ってる。

私が小学生の頃、通学路の途中に、子供たちから『猿ジイ』と呼ばれる変質者が住んでいた。 
変質者と言っても、年中寝巻きみたいな格好で、
登校中の小学生の後ろをブツブツ言いながら、5メートルくらい離れてフラフラついていくという程度で、
気味は悪いが実害はなかった。(少なくとも私に対しては) 
赤ら顔で禿げていて、いつも前屈みだったから、猿ジイというあだ名で呼ばれていた。

その猿ジイが、ある日を境に姿を見せなくなった。
クラスメートたちは口々に、「逮捕された」「精神病院に行った」「死んだ」などと噂していた。 
私も猿ジイは気持ち悪いと思ってたけど、持ち前の怖いもの見たさなどから、
猿ジイが消えたことを少し残念に思った。 

猿ジイを見なくなってから1週間ほどたった日。
当時一緒に遊んでいた友人3人に、「猿ジイの家に行ってみようぜ」と誘われた。私は二つ返事で了解した。 
猿ジイの家は、学校から100メートルも離れていない場所にあった。
平屋の仮設住宅みたいなボロくて小さな家で、
家を囲うブロックの塀と家との間に、バスタブや鉄パイプのようなガラクタが山済みになっていた。 

入り口の引き戸には鍵がかかっておらず、簡単に中に入ることが出来た。 
今思えば、中に猿ジイがいるかも知れないのに、当時私たちは皆、猿ジイはもうこの家にはいない」と思い込んでいた。
皆靴を履いたまま中に乗り込んだ。 
家の中は狭く、1DKの安アパートのような感じ。
殺風景で、ガラクタで溢れる外とは打って変わってほとんど何もなかった。 
居間には布団をかけていないコタツ、古いラジカセ、灯油のポリタンクなどが無造作に置いてあり、
隣のキッチンには小さな冷蔵庫がおいてあるだけ。
家電製品は全部コンセントが抜けていたと思う。 
何かを期待していたわけではないけど、あまりに何もないので私たちはガッカリした。
「テレビも買えねーのかよ、猿ジイw」とか、「死体でもあればよかったのになw」とか口々に言いながら、家の中を物色した。
すると、キッチンを見に行っていた友人が、突然「うぉっ!」と叫んだ。
どうしたどうしたと、皆がキッチンに集合。
叫んだ友人が指差す方向を見ると、冷蔵庫のドアが開いていた。 
屈んで中を見ると、冷蔵庫の中には、黒いランドセルがスッポリと嵌るように入っていた。 

私は少しビビリながら、ランドセルを冷蔵庫から引っ張り出した。 
ランドセルは意外にもズシリと重かった。
そして背(フタ)の部分には、刃物で切られたように大きな×印がついていた。 
「開けようか…」
「…開けるべ」
私はランドセルを開け、中身を床にぶちまけた。ノートや教科書、筆箱が散乱した。 
ノートには、『1ねん1くみ○○××』と名前が書いてあった。 
教科書もノートも見たことのないデザインで、自分たちの使っていた学校指定のものじゃなかった。 
私は気味が悪くなった。多分皆同じ気分だったと思う。
黙りこくって、床に散らばったランドセルとその中身を見つめていた。 
私はその空気に耐えられなくなり、「猿ジイの子供のころのやつかなぁ?」なんておどけながら、
一冊のノートを拾いあげて、パラパラとめくってみた。 
丁度真ん中くらいのページに封筒が挟まっていた。
封筒は口が糊付けされていたけど、構わず破いて中に入ってるものを取り出した。 
中身を見た途端に全身に鳥肌が立った。 

封筒の中に入っていたのは一枚の写真だった。男の子の顔がアップになった写真。 
男の子は両目をつぶって口を半開きにしていて、眠っているようだったけど、
まぶたが膨れ上がってる上に、鼻や口の周りに血のようなものがビッシリこびりついてた。 
「やばいよコレ・・・」
誰かがそう言った瞬間、突然ガタン!という音が風呂場の方から聞こえた。 
皆ダッシュで猿ジイの家を飛び出した。勿論件の写真を放り出して私も逃げ出した。
そして、そのままその日は流れ解散。
申し合わせたように、猿ジイの家に行ったこと、あそこで見たものは皆二度と話さなかった。 
私たちが猿ジイの家に忍び込んだ数日後、あの家は取り壊された。

あれからもう12年たつ。
正直、あんなに怖い思いをしたのは、後にも先にもあの一回だけ。オカルトとも無縁の生活をしてきた。
なのに最近まで、すっかり猿ジイのことも猿ジイの家で見たものも忘れていた。
多分、無意識の内に忘れようとしていたんだと思う。
それをどうして今になって思い出したのかと言うと。
一昨日、引越しのために実家で荷物をまとめていたんだ。
そしたら、しばらく使っていなかった勉強机の奥から出てきたんだよ。あの男の子の写真が。

投稿者:中年


この話しは、俺が20年位前に体験した実話だ。

俺は当時、浅草で人力車を引いていた。

しかし、元々ここら辺が地元ではなかったので、浅草の地理には疎かった。
それでも親方からは、仕事をしながら覚えていけば良いと言われ
乗りと勢いで人力車を走らせた。
今思うと、かなり適当な車夫だったと思う。

そんな俺が車夫を始めて一週間程経った頃の事だ。

その日、50歳位の酔ったオッサンを乗せた。
オッサンは元々は浅草が地元だったそうだ。
今は遠くに住んでおり、浅草は随分久しぶりだと話していた。

俺はオッサンの指示に従いながら浅草近辺を人力車で走った。
オッサンは浅草を随分と懐かしがっていたが、同時に昔と比べ
様変わりしてしまった浅草を寂しく思っているようでもあった。

俺の記憶違いで無ければ花川戸の辺りを走っていた時だったと思う。
突然霧が出てきたんだ。
季節は6月の下旬でその日は雨上がりだった。
霧は進めば進む程に濃霧となっていった。
それは有り得ない程の濃霧となった。
1メートル先も見通しが利かない程の濃霧だ。
浅草でこのよう事は異常だ。

異常なのはそれだけでは無かった。
空の景色がもっと異常だった。
空が赤と紫の混じった異様な色となっていった。
しかも赤と紫が混じり合いながら巨大な渦を巻き始めていた。

まるで天変地異が起こったかと思わせる景観であった。

俺とオッサンはビビった。

それでも人力車を走らせた。
すると、段々と霧が薄くなっていった。

前方もだいぶ見通しが利くようになって俺は驚いた。

さっきまでマンションなど沢山あったのに、
突然、平屋の家ばかりが建ち並ぶ景観となっていた。
しかも、先程までは舗装された道路を走っていたのに、
今走っているのは、土埃が舞う未舗装の道となっていた。

更に見渡すと、建ち並ぶ平屋が有り得ない程ボロいのに気付いた。
全て木造の家。
まるで、明日のジョーに出て来るドヤ街みたいな感じ。
しかも、あれ程沢山目に付いた自動販売機がひとつも見当たらない。
もう少し先に進むと、見た事の無い変な車が路肩に停まっていた。
後で調べて解ったが、あの車はフジキャビンと言う名の車だった。

人力車に乗ってるオッサンに目を向けると驚愕していた。
「信じられん、こんな馬鹿な」と呟いていた。

俺は構わず先に進んだ。
すると、少し広い場所に出た。
何人か人がいたが、皆ホームレスのように汚なかった。

そいつらも俺達を見て驚いていた。
しかも、段々と人が集まり俺達の周りに群がって来た。

突然オッサンが「お前、少しここで待っててくれ。すぐ戻るから。」
そう言って慌ててどこかへ行ってしまった。

仕方が無いので、俺はタバコを吸いながら待つ事にした。

それにしても、この周りを取り囲み集まって来た連中は
とても異様であった。

皆、異様に汚なく、何故か俺に異常なまでの警戒心を抱いているようで、
遠巻きに取り囲むだけで近づいて来なかった。
俺はヤバイ所に来てしまったと悔やんだ。

暫くすると1人の男が、意を決したかのように俺に話しかけて来た。
「おっ お前は何しに来たんだ?」
俺はそいつに答えた。
「見ての通り、俺は人力車に客を乗せて言われるままに来たんだよ。」
そいつは「それに俺も乗っけてくれ」と言って来た。

何か異様な雰囲気だったし、少しなら良いかと思って乗っけた。
そしたら、そいつのハシャギ方が半端じゃなかった。
それを見て、周りの連中も警戒心を解き一気に群がって来た。
まるで芸能人にファンが群がって来るよう感じ。
俺も乗せろ、俺も乗せろと大騒ぎ。

正直、怖くなった。
何で人力車がそこまで珍しいのか解らんかった。

そいつらのテンションが半端じゃなく、
人力車が壊されそうな勢いだった。

「これはヤバイ」
俺はそいつらを追い払う事にした。

そしたら最初に話しかけて来た奴が
「何だお前、どけっ」
そう叫んで俺に襲いきって来た。

これはやるしかない。
俺は格闘技をかじっていたので、
カウンターでボディに思いっきり蹴りをぶちこんだ。

そいつは敢えなくダウン。
ブチキレた俺は「ぶち殺してやるっ」と叫びながら、
倒れたそいつを泣き叫ぶのも構わず蹴りまくった。
周りの群衆は、ブチキレた俺にビビって皆逃げて行った。

そしたら突然背後から「乱暴は止めなさいっ」
若い女性の大きな声がした。

後ろを振り返ると、魔法使いサリーちゃんに登場する、
よし子ちゃんを思わせる、おさげヘアーの若い女性が立っていた。
「あなた、殺してやるなんて、何て恐ろしい事を言うのですか」
俺はその娘に言った。
「あんたは見ていなかったけど、こいつが突然俺に襲いかかって来たんだ」
その娘は
「だからと言って、泣き叫んでいる人をあんなにまで痛めつけるなんて酷すぎますっ」
そして、その娘は悲しみに満ちた表情で俺に言った。
「ここに住んでいる人達は本当に可哀想な人達なのよ」
俺は言った。
「大体ここは一体何なんだ?こんなスラム街、平成の時代にまだあるのか?」
「まるで何十年も昔の昭和の街並みじゃないか。」
そしたらその娘が、
「平成?何ですかそれは?」
「今は昭和ですよ。あなたは何を言ってるの?」
俺は衝撃を受けた。
「お前こそ一体何を言ってるんだ。」
「今は平成だろう、頭がおかしいのか?」
俺の言葉を受けその娘は、
「頭がおかしい?あなたはさっきから何を言ってるのですか?」
「それはあなたでしょう。」
俺は混乱した。
もう訳が解らん。

そしたらオッサンが戻って来た。

オッサンが「この騒ぎは一体何なんだ?」
と尋ねてきたので、今までの経緯を一通り話した。

その後、オッサンがお下げヘアのよし子ちゃんに目を向けた。
オッサンの表情が見る見る変わっていった。
驚愕に満ちた表情だった。

そしてオッサンはその娘に、
「こいつが皆さんに迷惑をかけて大変申し訳ありません」
「どうか赦してやって下さい。」
俺は腑に落ちなかったのでオッサンに言った。
「何で俺が悪いんだ?ふざけんなよ。」
オッサンは小声で
「頼むからあの娘に謝ってくれないか。」
「あの娘は本当に優しい娘なんだよ。頼む、この場は謝ってくれ。」
オッサンが目に涙を溜めて頼んで来るので仕方無く謝った。

そしたら、さっき蹴飛ばした奴と周りで遠巻きに見てた連中が、
「そんな奴は赦すな。みんなでやっちまえ」と騒ぎ始めた。

これはマズイ事になったと思って見てたら
お下げのよし子ちゃんが一喝。
「お止めなさいっ」
「どうして仲良く出来ないのですか?」
「お願いですからみんなで仲直りして下さい。」

そしたら皆が驚く程素直に従った。

俺は内心思った。
やるな、よし子ちゃん。
よし子ちゃんは、ここら辺の連中からリスペクトされているようであった。

よし子ちゃんは俺を見て言った。
「どうかお願いです、あの人達を赦してあげて下さい。」
「本当は皆さん、とても良い人達なんです。」
「どうかお願いします。」
彼女は目に涙を溜めて俺にお願いして来た。

俺は「解ったよ。別に気にしてないから。」と彼女に言った。

何だか女に泣かれると妙に落ち着かない。

タバコも切らして口が寂しくなったので、
ポケットに入っていたクロレッツガムを取り出して口に入れた。

そんな俺を珍しそうに見つめる少年がいた。
小学校3年か4年位の丸坊主の男の子だ。

俺は「何だ坊主、何見てんだ?ガム食べるか?」
そう言ってガムを差しだした。

少年はとても嬉しそうに頷いた。
その子は俺のあげたクロレッツガムを口に入れて噛み始めた。
その途端、もの凄くビックリした顔をして両手で口を押さえた。

「坊主、どうかしたのか?」

そしたらその子が、
「口の中が凄く変な感じする。」
「口がヒリヒリする」
そう言って、ガムを自分の手の平に吐き出した。

俺は「お前、クロレッツ食べた事無いのか?」
少年は無言で頷いた。

俺は珍しいなと思い、少し驚いて言った。
「お前、ミント系のガムは食べた事無いのか。」
「もう少し我慢して噛んでみろ。甘くなって食べやすくなるから。」

少年は頷いて、手の平に吐き出したクロレッツガムをもう一度口に入れた。

噛んでくうちに、段々とスーパーミントの刺激が薄れ甘味が増して来たのか、
美味しい美味しいと一生懸命噛んでいた。

オッサンの方を見ると、目を剥いて少年を仰視していた。
オッサンの様子が余りにも変なので、
「オッサン、この子知ってるの?」と訊いてみた。
するとオッサンは、ため息混じりに深く頷いた。

そして俺に有り得ない事を言った。
「あの子どもは俺だよ」

「ハァ? それ、どういう意味?」
俺はオッサンの言った事が全く理解出来なかった。

オッサンは、
「信じられんと思うが、あの子は幼い頃の俺なんだよ。」

俺はもう帰りたいと思った。
どいつもこいつも頭がおかしい。
皆イカれてる。

それにオッサンを乗せてから時間も大分経っているはずだと思い、
腕時計に目をやると
3時5分で停まっていた。
「何だよ、電池切れかよ」
オッサンに
「今、何時か分かる?」
するとオッサンは
「ありゃ、3時過ぎで停まってるよ」
オッサンの時計を見ると3時5分で停まっていた。
何だか偶然とは思えない。

とにかく、もう戻らなくてはと思いオッサンに、
「もう2時間位は経っているはずだから戻るよ」
オッサンはとても寂しそうな表情で、
「そうかぁ、少し待っててくれないか。」
そう言って少年の方へ歩み寄り、
「坊主、いいかぁ、お父さん、お母さんを大切にするんだよ。」
オッサンは涙目で少年の両肩を掴み、呟やくようにゆっくりと言った。
少年はキョトンとしながら、黙って頷いた。

俺はオッサンに、
「早く乗ってくれ、もう行くよ。」
オッサンを乗せてから、お下げヘアのよし子ちゃんに、
「今日はお騒がせして悪かったな。」
「また、遊びに来るよ。」
俺は別れの挨拶を済ませると、人力車を元来た道へと走らせた。

少し走らせると、また霧が出て来た。
さっきと同じように段々と濃霧になっていった。
空を見ると赤と紫の大きな渦を巻いていた。
構わず進むと段々と霧が薄くなっていき、
見通しの利く場所まで出ると、
いつの間にか舗装された道路を走っていた。
空もいつも通りの青空になっていた。
街並みも、マンションや店が建ち並ぶいつもの雰囲気。
自動販売機も当たり前にある。
何だかホッとした。
何気に腕時計を見ると、秒針が動き始めていた。
オッサンの腕時計も動き始めた。

俺はオッサンに向かって、
「今時あんな汚い街並みが在るなんて信じられ無いよ。」
「まるで、明日のジョーや巨人の星に出て来るバラック小屋の街だよ。」

するとオッサンは語気を強めて言った。
「あそこに住んでいた人達はな、必死になって生きていたんだよ。」
「馬鹿にしたような言い方をするんじゃない。」
オッサンは目に涙浮かべながら、
怒りと悲しみに満ちた表情で俺を見据えていた。

さすがに俺もマズイ事を言ったと思い謝った。
それと、オッサンに気になる事があったので質問した。
「あの、お下げヘアの娘はオッサンの知り合い?」

するとオッサンは、
「俺が小さい頃、よく可愛がって貰ったんだよ。」

俺は、
「ハァ??? 意味が解らん? それ、どういう事?」

オッサンは、
「きっと、これ以上話しても信じて貰えんよ。」
「だから、もう話さない。」
俺も訳が解らんから、よし子ちゃんの事はそれ以上訊かなかった。

俺は、もう一つ気になる事があった。
「オッサンそう言えば、さっき何処に行ってたの?」

オッサンは、
「親父とお袋を見て来たんだよ。懐かしかったなぁ。」
「本当は話しもしたかったんだけどなぁ。」
俺は、
「ご両親と話さなかったの? 何で?」
オッサンは、
「俺が息子だなんて言っても、信じてなんか貰えんよ。」

俺はオッサンの言う事が全く理解出来なかったけど、
「よく解らんけどさ、親御さんが浅草に居るんなら、また遊びに来ればいいよ。」

するとオッサンは、
「親父もお袋も随分前に死んじゃったよ。」

俺はビックリして言った。
「何言ってんだよ。さっき見て来たって言ったじゃん。」

オッサンは満足そうに言った。
「信じろと言う方が無理だよなぁ。」
「それにしても、夢のような出来事だったなぁ。」

オッサンは続けて、ゆっくりと話した。
「俺な、大きな病気してな、物凄く落ち込んでたんだ。」
「やけになってな、毎日酒飲んでた。」
「けどな、今は心がな、喜びで満たされてるんだよ。」
「もう、いつ死んでもな、悔いはないよ。」

そしてオッサンは俺に、
「さっきお前が食べてたガム、あれ、一つくれないか?」

俺はオッサンに、クロレッツガムを一つあげた。

オッサンは嬉しそうに口に入れ、両手で口を押さえながら、
「これだっ この味だよ、懐かしいなぁ。」
「あの時、このガムをくれたのお前だったんだなぁ。」
「まさか、あの時、俺も居たなんて思わなかったなぁ。」

オッサンは、またしても訳の解らん事を言っていたが、
気にするのを辞め、雷門へ向けて走った。

雷門に到着したのでオッサンを降ろした。

俺はオッサンに、
「オッサン、また機会があったら浅草へ遊びに来なよ。」
「俺はいつでも雷門の前に居るからさ。」

しかしオッサンは、
「俺はもう、ここには来れ無いと思う。」
「今日は本当に、本当にありがとうな。」
そう言って涙目で握手をして来た。

そしてオッサンは、
「身体は大切にするんだぞ。いつまでも元気でな。」
そう言って帰って行った。
オッサンとはその後、一度も会って無い。

俺は、さっきまで停まっていた腕時計が気になった。

正しい時間に針を合わせたいと思ったので、
人力車の同僚に、
「さっき腕時計が停まっちゃってさ、正しい時間に合わせたいんだ。」
「今、何時かな?」

そしたら、その同僚は、
「今は3:30だよ。」

俺の時計を見ると3:30になっていた。
「あれっ!どうなってるんだ?」
間違い無く2時間以上は走っていたのに、時間が余り進んでいなかった。

俺は疲れているんだな。
そう思って、その日は早めに家に帰って寝た。

後日、俺はもう一度、あのバラック小屋の街へ行こうと思った。
何となく、お下げヘアのよし子ちゃんが気になったからだ。

この間、騒がせてしまったお詫びに、
飯でも連れて行ってあげようと思った。

それに、彼女の本名も聴いてもなかったし、
あの街の事も含めて、色々と聴いて見たかったんだ。

しかし、いくら探しても、あの街は見つからなかった。

それから10年以上の月日が経った頃だ。
俺は人力車の仕事を、随分前に辞めていた。
その頃は営業の仕事に就いていた。

当時は読書にはまっており、
暇さえあば図書館に行って、ジャンルを問わず、
ノンフィクションの本を読み漁っていた

その日も俺はノンフィクションの本棚を手当たり次第漁っていた。
そして、何気に取った本を数ページめくった。
めくったページに写真が写っていたので、
何の写真か見てみた。

俺は今までの人生の中でも、かって無い程の衝撃を受けた。

その写真に写って居るのは何と、
あの、お下げヘアのよし子ちゃんだった。
絶対に間違いない。

これは一体どういう事だ?

本の題名は、俺の記憶違いで無ければ、
『蟻の街のマリア 北原怜子の生涯』

よし子ちゃんの本名は北原怜子と言う名前だった。
驚いた事に、彼女は1958年に若くして他界していたのだ。

俺は混乱した。
どうなってるんだ?
彼女は、俺が生まれる前に他界していたからだ。

彼女は有名な、キリスト教のクリスチャンだったそうだ。

彼女は1950年代の浅草にあった、
蟻の街と呼ばれた貧民街で、
イエス、キリストの愛を伝える為、
自ら貧民街に住み、
そこに住む貧しい人達の為に、
自ら奉仕をしていたそうだ。

全ての謎が解けた。

信じ難い事だが、
あの時俺はオッサンを乗せて、1950年代の浅草へと時空を越えて、
人力車を走らせたんだ。

あれから色々考えた。

何故、俺とオッサンは人力車で時空を越えたのか。

ここからは、あくまで俺の仮説だ。
オッサンに原因があったのではないか?

オッサンは大きな病気をして、やけになり、
毎日酒を飲んでたと話していた。

つまりオッサンは、不治の病にかかり、
自分の死期が近いと感じていた。

オッサンは死ぬ前に、死んだ両親に会いたいと、
毎日強く想っていたのでは無いか。

そんなオッサンの強い想いが浅草でスパークした。
そして、信じられない奇跡が起こった。

俺をも巻き込み人力車ごと、
時空を越えて懐かしい両親のもとへと行ってしまった。

ここまで書いた事は、正真正銘の事実だ。
誰にも話した事は無いけどね。

俺は、オッサンが今頃天国で、
自分の両親や北原さん、そして、
キリストと一緒に幸せに過ごしている事を、
切に願ってるんだ。

投稿者:choco


怖いというより、不思議な話。

父方の祖父母のところへ行くには飛行機を使わなくてはならず、頻繁に訪れることができませんでした。

祖父は病院での闘病生活を余儀なくされていて、私が会いにいく度に入院する病院が変わっていました。おそらく、だんだんと病状が悪化して、大きい病院へ移されていたのではないかと…

会話を交わした覚えもなく、いつも寝ているお爺さん、ぐらいにしか記憶していません。

確か、小学校にあがってすぐのことだったと思います。
母から、明日おばあちゃんのところに行くことになったから荷物を準備しなさい、と告げられました。

私たち兄弟は大喜び。
だって、飛行機に乗れるのです。それも、サプライズで!!
いつもは1ヶ月以上前に告げられて、まだかな、まだかな、と指折り数えて待ったものです。

そこで母が、はしゃぐ私達に一喝。
「お祖父ちゃんのお葬式だからね」

正直、お葬式というものをまだ理解していなかったように思います。名前だけ聞いたことある。そんな感じでした。

母は学校へお休みの連絡をしたり、ご近所さんに犬の餌やりをお願いしたりと忙しそうでした。

飛行機は、明日の朝。
でも、自宅から空港までがこれまた遠くて、家を出るのは4:30でした。

空港までの運転は、もちろん父。
しかし、父の帰宅はいつも深夜でしたから、あの日は1~2時間も寝ていなかったのではないかと思います。

家族の寝静まる家へ帰ってきた父は、
軽くシャワーを浴びてすぐに寝ることにしたそうです。

父は、電気を消したら熟睡してしまう、と思い明るい部屋でソファに寝転がり、数時間後には長距離運転だ。
なんて考えながらジーっと電気ひもを眺めていました。
すると紐の先が、小さく円を描き出したそうです。紐の動きはだんだんと大きくなり、なんだ?と思った途端、疲れていたのでしょうか。金縛りにあい、眠りに落ち…

父は電話の着信で起こされました。
相手は妹。

「………もしもし。」

「…もしもし、お兄ちゃん?どうしたの??こんな朝早く。」

「……どうしたってなにが?お前こそ、こんな朝早くにどうした?」

「え?どうしたって…お兄ちゃんから電話かけてきたんじゃん」

「…えっ?」

父はやっと目が覚めて、ふと時計を見ると…5:00でした。
私たちはたたき起こされて、顔も洗わず、急いで家を出ました。
飛行機はギリギリ間に合いましたよ。

父は今でも、あの電話は絶対!親父からだなって言います。
あの電話がなかったら、最後に会えなくなるところだった、って。

余談ですが、おばあちゃんの家にある時計が全部、祖父の亡くなった時間で止まっていたんですが、こういう経験された方っていらっしゃるんでしょうか…??

長文、乱文、失礼いたしました。

投稿者:しろうと

ある土曜日の夜、彼女と外食をして、そのあと夜景でも見にいこうとゆうことになり、車で山道を走っていた。


車は少し前に買った、中古の大きめの車。
場所はナビで適当に検索した夜景スポット。

目的地に向かって山道を走っていたら、対向車から時々パッシングされる。

僕『なんだろな~?』
彼女『ハイビームでまぶしかったとか?』
僕『いや、ライトは普通だよ』

などと会話してるうちに、少し広い場所に出たので、車を寄せて、車内から夜景を見ていた。

すると、前方に少し離れた所にも車が居て、こちらに向かってやたらとパッシングしてくる。

道中でパッシングされてたこともあり、、

僕『なんだろね、ちょっと聞いてこよっか?』
彼女『じゃあ、私は待ってる』

彼女はそう言ったけど、何となく嫌な予感がした僕は、彼女も一緒に連れて行くことにした。

そして、パッシングしていた、車の運転席の近くに着いたとき、運転席の窓があき、運転席の男性が慌てた様子で僕の車の方を指さした。

振り返って車の方を見ると、、、

車の上にしがみついた女性らしき人がサンルーフから車内を覗きこんでいました。

おしまい

お嬢様育ちで世間知らずな母が、俺と弟と妹を連れて父と離婚したのは俺が小学校低学年の時。
母の実家が地方都市のそこそこの名家っだったんで、自由で裕福な暮らしが出来ると思ったらしい。
しかし祖父母は激怒し1年足らずで絶縁状態となり家を追い出され、地元でも評判の悪い土建屋のオッサンと再婚した。
オッサンはいかにも成金で趣味の悪い男だったが、
両親に絶縁され頼る者が無かった母からすれば最高の男だったんだと思う。

しばらくのホテル暮らしのあと、オッサンの家に引っ越す事になった。
オッサンの家は無理に増改築をしたのか、大きいのだが和風の家にプレハブ小屋みたいのを足した感じで、歪な感じだった。
しかしガキで何も知らないオレ達は、無邪気にデカイ家を見て喜んでた。

オレ達が家に入ると、入れ替わるようにオッサンの息子(義理の兄)が家を出て行った。
兄は俺達兄妹に優しかったから、自分達のせいで出て行ったのかな?と思うと兄に凄く申し訳なかった。

その後もオッサンに虐待されるでもなく無事に過ごしていたのだが、俺が中3の夏に奇妙な事が起こり始めた。
それは、家族で居間にいると2階から異音が鳴り始めた。今で言うと壁ドンみたいな音が。
居間の真上の2階の部屋は「仕事道具があるから」という理由で立ち入りを禁じられ、
鍵がかかってて入る事は出来なかったから、最初は「荷物が崩れたんだろう」ぐらいにしか思ってなかった。
オッサンもネズミかなんかだと言ってたので気にしないようにしてたが、
だんだん異音が鳴る頻度が増え、仕舞いには赤ちゃんの鳴き声が聞こえ始めるようになった。
オッサンに聞いても何も返事をせず、母も黙ったままだった。
結局、家族はバラバラに部屋で食事を取るようにして異音を聞かない様にしていた。

そんな状況でもなんとか第二志望の高校に合格できて、中学最後の春休みになった。
たまたま自分一人が家にいた時に兄が帰ってきた。
「探し物しにきただけだから」と言う兄に、半年ほど起こってる異音と泣き声について話してみた。
兄はまじめに聞いてくれて、「ちょっと待ってろ」と言って居間の棚から知らない鍵を持ってきた。
そして「誰にも言うなよ」と言って、2階の入ってはいけない部屋の前に連れてきてくれた。そして鍵を開けて入った。
俺はてっきり御札だらけとかの怖い部屋を想像してたんだが、いたって普通の和室だった。
ただ、襖の後ろに張られた1枚ずつの御札と、仏壇と異様なほどに供えられた人形を除いては。
人形の数は30~50ぐらいだったと思う。
兄に「誰の仏壇?」と聞くと、「俺の姉らしい」と答えた。
「らしい?」って聞くと、「生後数ヶ月で死んだ」と答えた。


それからの兄の話を要約すると、
オッサンの最初の子供で早々に亡くなった事について最初の奥さん(兄の母)は、さんざん責められイジメられたらしい。
そして2年後に兄が生まれたのだが、娘が欲しかったオッサンは奥さんをさらにイジメたそうだ。
イジメの内容は端折るが、奥さんは次第に仏壇のある部屋に篭るようになった。
普通に家事はするが和室に篭る時間が増えていく奥さんを、オッサンはさらに暴力と言葉でさんざん嬲り、
それはヒドイ状況だったそうだ。
兄は自分に構ってくれず修羅場を続ける2人を、他人事のように眺めてたそうだ。

そんな状況がしばらく続き、兄が小学生高学年になった年に奥さんはその部屋で死んでた。
自殺した形跡もなく、ただ動かなくなってたと兄は言った。(実際に警察も来たが心筋梗塞と言われたらしい)


その時点で自分も正直、母親のバカさ加減が原因とはいえなんでこんな家で暮らさなきゃいけないのか分からなくなったし、
それとオッサンがこの家を離れないのも疑問に思った。

で、兄に聞いた。「なんでそれでもこの家に住んでるの?」と。
兄は「ここ離れたらお袋が出るんだってよ。鬼の形相で」と言う。


俺の疑問を感じ取ったのか、兄は話を続けた。
葬儀を終わらせて、オッサンの実家に休養を兼ねて行ったらしいんだが、
オッサンは毎夜、亡くなった奥さんが動かない赤ちゃんを抱いてオッサンに縋りつく夢を見たらしい。
夜中に何度も目覚め狼狽しているオッサンを見て、親族は疲れてるんだろうと同情こそすれノータッチだったそうだ。
オッサンは兄にその事を何度も話して同意を求めたらしいが、兄は自分で見てないので曖昧に相槌を打ってたらしい。
そして何故か家に帰るとその夢を見ることも無く、オッサンはだんだん元に戻っていった。

ある日、オッサンが納骨も終わって落ち着いたぐらいに、「今夜は帰らん」と言ってどっかに行った。
兄が夜1時過ぎにトイレに行ったら、オッサンが血相変えて帰ってきて、仏間に飛び込んで念仏みたいのを唱えてた。
それで、また母親が出たんだなと理解したそうだ。
さらに、兄が中学に上がる頃から異音が鳴るようになり、赤ちゃんの鳴き声がするようになった。

家の中でしか寝れないし、原因不明の物音と赤ちゃんの泣き声にいたたまれなくなったオッサンは、
霊能者にすがりまくったらしい。
兄は、
「ガキだったから分からないけど、親父は凄い大金使ったと思う。
 効果が無ければ霊能者に電話でがなりたて、また新しい霊能者を探す。
 そんなのが1年間ぐらい続いたよ」
と言った。
ちなみに、兄はその頃から非行に走って家にあんまり帰ってなかったそうだ。

そんなこんなでなんとか霊媒師を見つけ鎮める方法を教わり、今に至るらしい。
そしてオッサンは仏間から離れるように寝所を増築して、少しでも仏間から距離を取ろうとした結果、
歪な増築を繰り返した家になった。


「じゃあ供養されたんじゃないの?まだ聞こえてるよ」と聞くと、
「お払いしてからかなり時間が経ったから、効果が無くなったじゃね?」と無表情で兄は答えた。
「とにかく、こんな家に関わった以上、長くいるとオマエまでなんかあるかも知れないから、高校でたらこの家を離れろ。
 大学でも就職でも良いから家を出ろ」
と言われた。
最後に、
「弟と妹にこの話をするかどうかはお前に任せる。まだ2人とも子供だから慎重に時期を見計らって話せよ」
と言って、再び鍵をかけた。

それからは見知らぬ人達が家を出入りするようになった。たぶん霊媒師だと思った。
その頃から家の中は変なお香の匂いと、訳の分からない念仏みたいのが聞こえ続け、近所から苦情が来る毎日。
俺の高校の入学式にも両親は顔も見せず、家族バラバラで部屋で過ごす日々が続いた。
夏頃に異音と泣き声は無くなった。
どっかの霊媒師が成功したみたいだと俺は思ったが、誰も居間に寄り付かなかった。

その後、俺は高校3年になり東京の大学に進学が決まり、
母とオッサンと縁を切りたかったので新聞奨学生の手続きをしてた2月の終わりに、また異音が鳴り始めた。
しかも今度は家中で聞こえるようになった。
俺は話すタイミングはここしかないと思って、卒業式の次の日に弟と妹に兄から聞いた話をした。
当然その夜に母とオッサンに呼ばれさんざん怒られた。
その頃、兄は連絡がつかなくなっていたので素直に兄に教えてもらったと話し、
オッサンが母に言ってなかった前妻への暴力、この家を出るために自分がタイミングを見計らってた事などすべて話した。
母は前妻への暴力とかは知らなかったらしく激しく狼狽していたが、これ幸いに全て吐き出し、
そのまま家を出て友人の家に泊まり上京した。

その後の顛末は、弟から聞いた話しでは母は実家に詫びを入れ、家に離婚届を置いて、実家に帰り家業の手伝いをしてる。
弟と妹はそのまま母について行き、祖父の元で暮らす。
母が置いていった離婚届が提出されていなかったらしく、事後処理は弟がして大変だったようです。
自分は大学入る際に、先輩に手伝ってもらいオッサンの戸籍から抜け、実父の姓に戻り何事も無く暮らしてます。

今回書こうと思ったのは、祖父が先日105歳で大往生し葬儀で実家に帰った際に、
オッサンが例の家の仏間で自殺したことを知らされたからです。
ただ自分を含め家族はあの家から逃げ出したので、オッサンが一人でどうしてたか分かりません。

旦那の祖父が危篤の時の話。

連絡を受けて私、旦那、2歳の息子とで病院に向かった。 
もう親戚の人も来ていて、明日の朝までがヤマらしい。 
息子はまだ小さいので病室にずっといるわけにもいかず、もう夜で他の患者もいないし、1階のロビーで待機していた。
普段8時には寝る息子も普段と違う雰囲気が嬉しいのか、9時を過ぎても眠そうな気配がない。楽しそうにしていた。
9時をまわって、そろそろ夜も遅いし、
当番で義祖父に付き添うことにして、今日はそろそろ帰ろうという話になってきた。 
が、息子が突然「じいちゃん!じいちゃん!」と叫びだした。 
病室にいる旦那の父のことかな?と思ったので、
「じいちゃんは上で用があるから待ってようか」と言っても、
エレベーターまで行って「じいちゃん!じいちゃん!」と叫ぶ。
旦那が「連れて行こうか」と言うので、じいちゃんのいる病室へみんなで行った。 

ところが、旦那の父ではなく危篤の義祖父を指差し、
「じいちゃん!じいちゃん!」と言うので、ああこっちのじいちゃんのことかと納得した。 
「じいちゃんね、今ねんねしてるの。今日はもう遅いし、バイバイして帰ろうか」と私が言い、
息子が「じいちゃんバイバイ」と言ったその瞬間、義祖父の呼吸がおかしくなり亡くなってしまった。 
みんなが「じいちゃんは最後に○○(息子)に会いたくて呼んだんだねえ」とみんな口を揃えて言った。 

その後、義祖父を家に連れて帰るためそのままみんな待っていだが、私と息子だけ先に車に戻っていた。 
私は亡くなったことを実家の母に電話した。
ついでに息子も電話口に出させ、「ばあちゃん会いたい」「ばあちゃん好き」などと話していた。 
その時、急に「じいちゃん!」と叫びだした。(父は亡くなっていない)
「じいちゃんじゃなくてばあちゃんでしょ」と私が言っても、
「じいちゃんじいちゃん」と嬉しそうな様子で話す。
電話を切っても「じいちゃんじいちゃん」と繰り返す。 
「じいちゃんどこにいるの?」 
「あっち」と病院を指差す。 
「お母さんはじいちゃんがどこにいるかわからないから、○○君連れて行って」 
そして車を降りると一目散に病院へ。

エレベーターの前で「じいちゃん下!じいちゃん下!」。 
私はまだ病室にいると思っていたのだけど、とりあえず地下のボタンを押し下に行く。 
地下は一般に使われてないようで、目の前が壁で道が左右に別れ看板もない所だった。 
「じいちゃんあっち!じいちゃんあっち!」と、息子が指差す方に行く。 

何度も角を曲がってたどり着いた突き当たりに、親戚の人が集まっていた。 
「あれー?みんなこんな所でなにしてるの?」と言ったのと、状況を理解したのが同時だった。 
みんなで義祖父を送り出すところだった。
「△△(私)なんでこんなとこにいるの?」と言う旦那に事の顛末を話した。 
一緒に見送りに来ていた医者と看護婦が、恐ろしいものを見るような目で息子を見た。 
が、親戚の人は「おじいさんはほんとに○○が好きで、見送ってほしかったんだねえ」とほのぼのしていた。

その後、家に着いてから、義祖父の亡骸を見て息子が「じいちゃん」と言う事は一度もなかった。 
「じいちゃんどこ?」と聞いてもしらっとして、分からない顔をしたり義父を指したり。

子供ってのは人間の身体を見てるんじゃなくて、その中の魂を見ているんじゃないか。 
そして、その魂は死んでわりとすぐ身体から離れてしまうんじゃないか。 
私が死んでその死体を見ても、息子は「ママ」とは言ってくれないだろうなど、色々考える一日でした。

建替えた持家と、一時住んだ借家の話。

子供の頃、あちこちガタのきた古くて狭い木造家屋に住んでいた。 
隣に土地を買えたので、そのボロ家を潰してちょっと広い家を新築することになった。 
さぁこれからって時に祖母が病気になり、半年後に亡くなった。 
家の建替え費用から数百万が治療費や葬儀に消えた。
当時のうちの家計では、消えた費用をもう一度貯めるには何年かかるかわからない。 
建替えをあきらめるか悩んだ母は、伯母の紹介でとある占い師に相談した。 

占い師いわく、
「無理してでも建てなさい。急がないと家族に不幸が出るかもしれない」 
それで両親はかなり覚悟のいる借金をして、家を新築することにした。
住家を壊すので、新居が完成するまでは借家住まいになる。
運良く、家から徒歩で15分ほどの所に、二階建て一軒家の賃貸物件が見つかった。 
家賃も安く、小鳥を飼っていたし姉は受験を控えていたしで、 
両親は喜んでろくに下見もせずに、その一軒家を借りてしまった。 

借家は住宅密集地の真ん中で、2階の南窓にわずかに陽が当たるだけの薄暗い家。 
1階が玄関・台所・洋間・風呂・洗面・トイレで、2階が洋間と和室。玄関は鬼門になってる。
この家がとにかくジメジメしてて暗くて臭い!
家中どこにいても下水管から上ってくるような生臭いニオイがする。 
おまけに蝿やゴキブリ、蟻、蜘蛛、団子虫、百足、ダニや蚤… 
毎日狂ったように掃除しても、いたる所から涌き出る虫虫虫! 
さらに南側隣家との隙間、猫の額ほどの庭にはしょっちゅう猫の死骸が落ちてる! 
10日に一度くらいの凄い頻度。ただでさえ臭い家に台所の小窓から死臭が入る。 
家の周辺が野良猫のたまり場になってて、夜は鳴き声がうるさくて眠れない。 
飼ってた小鳥は鳴かなくなり、専業主婦の母は一ヶ月でノイローゼ気味になった。

1階の台所は一応ダイニングキッチンだったが、誰もそこで食事する気にならず、
2階の床にちゃぶ台置いて、小鳥も含め家族全員なるべく2階ですごした。
多少なりとも陽の差す2階の方が、不浄な空気が少ない気がしてた。 

この家には、何か悪いモノでも憑いているんじゃないか?とみんな思っていた。 
仏壇も2階に置いて、中の祖父母やご先祖に毎日手を合わせた。 
「家族に災難が起きませんように」「早く新しい家が建ちますように」 
宗教に特別熱心な家じゃなく、普段は盆と命日と法事くらいしか拝まなかったけど、
あの借家にいる間は、家族全員が内でも外でも「神様仏様」と拝み倒した。とにかく怖かった。 

家の仏壇、近所の神社やお寺やお地蔵さんまで、拝めるものは拝み倒したおかげか、
新しい家は予定より3ヶ月早く完成した。
11月の爽やかな秋晴れの日、気味の悪い借家から無事引っ越すことができた。 

年が明けて平成7年1月17日、阪神淡路大震災。震度7の激震地だった。 
近所はみなぺちゃんこに倒壊し、うちを含め比較的新しい家が数軒残っただけ。 
何人も亡くなった。もし新築していなければ、我が家でも犠牲が出てたかもしれない。 
あの借家は全壊し、新しく入ってた家族のうち2人が亡くなったと聞いた。
あくまで天災だし、ご不幸に遭われた方々はお気の毒に思う。
自分たちの幸運を、やおろずの神様や仏様に感謝いたします。(合掌)

俺は九州出身なんだが、大学は四国へ進学した。以下はゼミの先輩から聞いた話だ。 

四国と言えば八十八ヶ所霊場巡りが有名だが、昔は大変だったお遍路も今では道が整備され道標も各所にあり地域住民も協力して初心者でも観光気分で行けるようになった。 
ただ中には下手すると山で迷いかねない部分もあって、特に高知県の西側から愛媛県にかけては難所がまだいくつか残っている。 

先輩は愛媛県出身で、実家の近くにも畦道をぐねぐねと通った後小高い山を回り込んで向かわなきゃならない霊場がある。 
畦道から山の麓に出たところで道が二手に別れていて、霊場にはそこを左へ進まなくちゃならないんだが、時々右へ行っちゃう人が出るらしい。 

もちろん道標が立っているんだけど、それでも何故か間違う人がいると。 
ちなみに右の道は徐々に登り坂になっていていくつかの分岐を経て最終的には山の頂上に通じているのだが流石にそこまで行っちゃう人は少なくて大半は戻るのだそう。 

で先輩が小6の夏、付近をお遍路していた初老の男性が行方不明になり近隣住民が総出で捜索することになった。 
例によって道を間違えたのだろうと麓から頂上までの道を探したが見つからなくて、夜になって一度引き上げ次の日にやっと見つかった。 

発見現場は山道からずっと外れた林の中で明らかに不自然な場所。しかも真夏なのに衰弱が激しくてあと数時間遅れていたら命が危うかったらしい。 
後に病院で警察が聞き取りしたところ、次のように言った。 

「畦道から麓に出たら道標があって矢印が右となっていたから右に進んだ。しばらく行くと下生えが酷くなり道が判りにくくなって困ったが、 
先を行く人の後ろ姿がチラッと見えたのでその人について行った。その人はTシャツに短パンと軽装で帽子もかぶらず手ぶらで、分岐点も迷わず登っていくので地元の人かと思っていた。 

見かけてから10分くらい経った頃、その人は不意に道からそれて林の中へ入って行った。思わず急ぎ足になって消えた地点まで行き林を覗いたがもう姿は見えなかった。 
改めて一人になってしまうと急に心細くなって引き返そうと踵を返した。すると来た道は下り坂になっているはずなのに登り坂になっていた。慌てて振り返るとそっちも登り坂だった。 

混乱してその場から動けずにいると、人の話し声が聞こえてきた。どちらからかはよく判らなかったが人の姿は見えないのに声だけが近づいてきて、よく聞いたらお経のようだった。 
怖くなり林の中へ逃げ込んだ。そうしたら声が耳元に迫ってきて吐息や髪の毛が触れたので叫びながら奥へ奥へと逃げ込んだ。そして迷ってしまった」 

まず道標から勘違いしてしまっていたが、更に詳しく聞いていくと錆び付いて見にくかったとも証言した。 
しかし道標は前年に新しくしたばかだったし、その数日前にお遍路にきた人も判りにくくはなかっと証言している。 
それから当日地元民で山に入った者は誰もおらず、他に目撃した人もいなかった。 

結局悪質ないたずらってことで幕引きになったがそれ以降も迷う人が後を断たないため、地元では初心者と思しきお遍路さんは引き留めたり霊場まで一緒に行ってあげたりしているそうだ。 

投稿者:弟の友人

貴子は主婦だ。
湖の尻の苦酩羅という町で生まれ育った。そこも今ではダムの底だが。
朝早く起きて洗濯機をまわし、食事を作り、夫の顕示を送り出す。

唯一気に入らないのは姑だ。
それはともかく、息子の炎と冬に学校の支度をさせ、見送ると、貴子の天下だ。
姑にはご飯を作らない、何もしない、それでいて外ではよい嫁を演じる。
それが貴子のやり方だ。しかし、気づかれてしまった、隣のSさんに。
Sさんは、貴子の姑を助けようと策を練るが、貴子の罠にはまってしまう。

貴子は朝5時から騒音を出し続ける。洗濯機をまわし、大声で笑い、ドアの音を開け閉めし、
友人を呼び、道端で大声で騒ぐ。息子の炎と冬に友人を誘って道路遊びをさせ、
限りなく騒音を出し続ける。姑は周囲に誤り続けた。同居してもらってるから、堪忍してね、と。

隣のSさんは騒音でノイローゼを発症し、炎君に切りつけた。それが角で、まもなく転居を余儀なくされた。Sさんの祖母はまもなく転居のショックで認知症が進み、ひっそりと亡くなったそうだ。
いろんなうわさを跳ね除け。貴子は、自分が近所の天下となったことを喜んだ。それもつかの間・・・。

貴子の夫の顕示が、勤務先のガソリンスタンドをクビになり、自宅で首を吊った。
そのショックで、姑も喉をかき切り、自殺した。
息子の炎と冬は、翌日の電車に飛び込んだ。それから貴子は失踪した。

今、その家には、貴子の親族に縁もゆかりもない、まったく別の家族が何食わぬ顔して、住んでいる。近所にも溶け込んでいて、まるで何もなかったかのように日常が過ぎていく。
今でも2階のベランダには、洗濯物を干している透明な貴子が見えるという。

固有名詞を除き、フィクションではありません。

投稿者:風空 夢里


母から聞いた話です。
正直、聞いている側はあまり怖くないと思いますが、読んで頂ければ幸いです…。


母が小学二年生の時の話。

母は、母の双子の姉と、その他の学校の友達と、親と一緒にある友達の家に来ていました。

その友達は結構ひろい団地に住んでいて、母達はその好奇心で団地ないを探検する事に。

部屋を出て、まずは今いる棟の中を歩き回っていました。みんなで階段を駆け下りている時、友達のうちの一人が何かを見つけたようです。

「あそこにいるの何?」

友達が指を指したその先は、隣の棟の階段でした。

「え…?」

その階段に目を向けると、何かがいました人のような体型だけれど、全く人ではない何かが。

よくみてみると、顔が紫色で、トゲのようなものが沢山ついており、目は黄色かったそう。

あれヤバいんじゃ…。

そう思った時には、もう全員階段を降り終わっており、その紫の何かはこちらに向かって走って来てました。

母達はあわてて走りだし、そいつから距離をとろうとしました。

母達は足が速い方だったものの、そいつも結構速くて、なにしろ小学二年生なので、捕まりそうになったそうです。

振り返った時に一瞬見えたそいつの顔は、明らかに怒っていて、まるで鬼のようでした。

母達は全力で走り、部屋までの道も忘れ、超遠回りで部屋に戻ったそうです。

いつの間にか鬼は消えていて、母達はホッとしましたが、相当疲れていました。

その直後にみんなで今まであったことを親に話しましたが、誰も信じてくれなかったらしいです。

けれど母は、今でもその事をハッキリと覚えていると言っていました。

以上です。
それ以降は母自身には何も起こっていないし、一年もしないうちに母は引っ越しをしたので、その団地がどうなったかとか、その鬼がその後どうなったかとかは全く分からないそうです。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

子どもの頃の話を一つ。

実家は小さい丘の上に建てられてるんだけど、
結構でかい屋敷で二階建てなのに四人家族で、人がいないときはめっちゃ薄暗くて怖かった。 
二階は物置扱いで人が行くことはなくて、大掃除とか位しか上がったりしない。

でも、両親の帰りが遅くなったりしたときに暇を持て余して、姉と一緒に探検隊組んでちょこちょこ見て回っていた。 
親や親戚がお土産に持ってきたお面だとか、何に使うのかわからない箱とか、壊れた大小の時計とか、椅子とか。
裸電球だけの薄暗い照明がよけい不気味。 
姉は怖かったけど、楽しんでたのがわかった。俺も楽しかった。 
んで、ちょうど影の方になっている場所で、小さい扉を見つけた。 
だいたい俺らの背丈ぐらいだったから、120cmとかその位。 
俺は開けようとしたが、姉が急に本気でいやがりはじめて、仕方なく探検は終了した。 

数日たってから、両親が居なかったのでまた行こうとしたが、
姉は「もう行けなくなってるよ」と。
確かめると、二階にいく扉に鍵がかかっていた。 
俺はふてくされて寝てしまった。 

大人になって姉に確認したところ、 
あの時扉なんて無いのにガチャガチャする音をたてていて、怖くて止めたんだそうだ。
そのあと両親に相談して、二階には上がれないようにしてもらったと。 
一応二階の扉があった所を見たんだけど、やっぱり何もなかった。 
と言うより、あんだけあった沢山のガラクタ自体キレイさっぱりなくなっていた。 
ガラクタの行き先を聞いたところ、「そんなもの置いてなかった」と言う。 
親や親戚は海外旅行なんて行かないし、お土産なんてお菓子ぐらいしか買ってこない、と姉から聞いた。 

あの扉開けてたらどこに繋がってたのか。

投稿者:なな


うちのいとこが前住んでた家で体験した話。いとこの家族は母親、父親、兄、妹、っていう家族なんだけど、兄以外の人はみんなその家で変な体験をしたらしいんだ。
その家は住宅街の一軒家で、二階建て。
昔、その家の裏で火事があったらしくて、
それが、関係しているのかは分からないんだけど、まず、母親が体験した話。

その母親が台所で洗い物をしていると、壁の裏から爪で引っかくような音がして、それが毎日続くようになったらしい。
で、父親が体験した話。父親はたまたま仕事で朝方に家に帰ってきたらしくて、玄関に入ると二階から人の足音が聞こえてきた。最初は家族の誰かが起きていると思ったらしくて、でも、家族が寝ている部屋に行くと皆寝ていたらしい。
で、妹が体験した話。妹が夜の8時くらいに二段ベッドの下のベッドでごろごろしていると、二段ベッドのはしごをのぼる音が聞こえて、布団をバサバサやる音が聞こえたらしい。最初は兄が帰ってきたと思ったらしくて
「お兄ちゃん」呼んでも、変事がない。
誰か居るのかと思い、ベッドの上を見ると誰も居なかったらしい。
で、別の家に引っ越す日。
一応、家にお札を貼ってから引っ越しをした方が良いという話になったらしくて、母親が階段の所にお札を貼っているとき。すぐ側で何人もの人がバタバタ歩く音が聞こえたらしい。
で、テレビ台の所には、人間の赤ちゃんの足跡が着いていたらしい。その家族には
赤ちゃんなんて居なかった。

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