今から二年ぐらい前、オレがお得意さんの四九日に出向いた時に聞いた話。 

入社以来、仕事にかまけていた私は、青森出張後に漸く休暇を貰う事ができる事になった。 
その為、これを機会に中古車を買う事に決め、チェーン展開している中古車屋に行き物色していると、 
黒っぽい制服を着た店員がやってきて、色々と案内してくれた。 
客が私しか居ないので暇なのだろう。
そう思った私は、時間をかけて交渉しても、安く中古車を購入する事に決めた。 
店員はじっと私を見て、一台の車を案内してくれる。 
其れは店の裏の工場のような場所においてあり、これから展示する予定だと言う。 
まだ値段を公式につけていないから安くできる、と言うので早速契約する。 
チェーン展開している店だから、その点は信用していた。 
唯一、その店員が私をじっと見ているのが気に掛かったが、変な奴だとしか思わなかった。 
まあ、どこにも変な奴はいるものだし、
事によったら私も、こいつから見れば変な奴なのかもしれなかったし・・・。

翌日、会社に乗っていくと同僚にうらやましがられたが、
「今どきナビも着いていないのか?」と言われて、急に欲しくなってきた。
前日、妻にその旨伝えたら、「ろくに遠出もしないくせに、無駄!」の一言で却下されていたが・・・。 

そういう訳で、妻も”ついで”に青森まで連れて行くことで交渉は成立し、
会社に出入りしている業者に、ナビのカタログを持ってきてもらう事にした。
自分で店に行けばいいのだが、何しろ仕事が忙しい。 

翌々日、会社に来たのは顔見知りの業者ではなく、見知らぬ男だった。 
彼は、いつもの業者が急な用件で来れなくなった為に、代理として来たと述べた。 
私は渡されたカタログを見て、周りの同僚等にも聞きながら買おうかと思っていたが、
その業者が言うには、型が古いので良ければ、セール中なので半額で購入できると言う。 
又、「Aさんはお得意さんなので、更に割り引きます」と言うので、
まあ、信頼できる業者だし、妻にも嫌味を言われないだろうと言う事で、そのお勧めのナビを購入した。 

妻は私の運転技術に疑わしそうだったが、運転には自信はある。
実を言うと学生の頃は親の車に乗っていたのだが、ちょっとした事故を起こして以来、乗るのを止めたのだ。 
事故といっても接触で、相手も軽傷と言う事で弁護士を立てて示談にした。 
入社後はさすがに社用車には乗っているが、自分の車を初めて持てた事で浮かれていたのかもしれない。 

高速を下りたあたりから、ナビに従って運転する。
初めて使うナビは、地図の上を矢印が動くと言う物で、少し見難いのが玉に瑕。 
だが、方向音痴の妻にナビしてもらう事に比べれば、天と地の差があるだろう。 

順調にナビに従って走っていると、いつの間にか霧が濃くなってくる。 
道は少しずつガタガタと言い出し、荒れてくるように感じるが、
田舎なんてこんな物だろう(失礼)と思い、余り気にせずに運転を続ける。 
妻は終始無言で、手元の地図を見ている。 
方向音痴の癖に、ナビをやりたがるから一応持たせておいたが、
結局使う事がないので、拗ねているのだと思っていた。 

霧が深くなる中でフォグランプをつけたまま、私は運転を続ける。 
妻が心配そうに運転を控えるように言うが、私にはその言葉が遠くに聞こえる。 
非常に遠くから誰かが何か言っている様に聞こえた。 
唯一、ナビの声だけがクリアに聞こえてくる。 
もっと、スピードを出しても大丈夫。 
私は何故かその思いに囚われていたと思う。 

「止めなさいよ!」
妻が顔面蒼白になりながら、強く私の頬を叩く。 
目の前が一瞬暗くなり、その瞬間我に返った。 
急ブレーキを踏み、荒い息をしながら暫く二人で見つめ合う。 
一瞬の沈黙。
そして、しわがれた、そして暗い声が唐突に車の中に響き渡る。 
『なんで・・・・言 う 事 を 聞 か な い ん だ よ』 

妻と私は硬直した。
一体何が起こったのか判らなかったのだ。 
ナビはその声を最後に沈黙し、何の反応も示さなかった。 
二人して暫く動けなかった。 
漸く霧が晴れてくると、満月の下に広がるのは断崖と言ってもいいような急斜面だった。 

私達は車をどうにかバックさせながら道を引き返し、漸く国道に戻る事ができた。 
それから先は、二人とも終始無言だった。 
声が聞こえたら、恐らくハンドル操作を誤りそうな位怯えていた。 
地図を見ながらどうにか目的地に辿り着くが、空は既に白みかけていた。 

翌日、出張先の人に頼んで、車を引き取りに来てもらうことにした。 
私は怖くて乗りたくなかったし、ナビの外し方も判らないので、
「調子が悪いので見て欲しい。ついでに、ナビが壊れているようなので取り外してくれ」と依頼した。 
そして、あの怪しいカーナビの業者にも電話する。
一体あのカーナビは何なのか?変な由来でもありそうだった。 
しかし、カタログを持ってきた業者は、私の質問に明確に答える。 
「旧式の売れ残りだから安くした」と・・。
なんら怪しいところはなかったのだ。 
ならば・・全部私と妻の錯覚だったのだろうか? 
しかし、あの山に道なんてないのは、地元の人間に確認しても、やはり明らかだった。 
だが山を超えると、霊山として有名な場所に出ると言う。 

ところで、あの車が私の元に戻る事は二度となかった。 

翌日の昼に、修理業者から電話が掛かってくる。 
車を引き取りに来た業者が、工場に帰ってきていないと言う。 
あれから、十数時間経っている。
警察に連絡し、そして翌日、谷に転落している車が発見される。 
警察では、ハンドル操作を誤って転落した、と言う見解を出したが、
事故現場は見通しの良い緩やかな山道で、とてもハンドル操作を誤るような事はないはずと、
警官も不思議そうだった。 
そして一番気になったのは、死因は”心臓麻痺”と言う事だ。 
私と妻は、再び黙り込んでしまった。 
警察は簡単な聴取で帰してくれたが、気になって仕方がなかった。 

そして、その話には続きがあった。 
その車は事故車だった。 
巧妙に偽装され素人目には判らないが、二年程前に事故を起こしているという。 
そんなものを購入させるとは!!
私はその警察の証拠を持って、あの中古車販売店に怒鳴り込む。 
だがその中古車販売店は、その様な車は取り扱っていないし、裏の工場は廃棄自動車用だというのだ。 
又、そんな従業員はいないし、契約書自体もこの販売店の様式と異なっていた。 
その上、契約する場所も決められており、私のように近くのプレハブのような所では決して行わないと言う。 
なら・・・私は一体誰と契約したのか? 

その時、私は硬直した。 
あの店員の目を思い出したのだ。 
だが、私は自分の考えを振り払う。 
あいつは自殺したはずだ・・・と。 
学生時代の接触事故によって、相手は軽傷であったが、ある大会への切符を失ったという。 
あいつは恨みの篭った目で私を見てくれた。 
だが、弁護士は良くやってくれ、示談という結果によって、私は罪を免れ警察の厄介になる事もなかった。 
示談金は親が十分なほど払ったし、責任は取ったはずだ。 
自殺との関連性などないはずだし、もしあったとしても逆恨みだ。 
私は訳が判らなかった。 
死んだ人間はこの世にいる訳がない。 

なのに、そんな常識的なことが今は確信できなかった。 
心配そうに見る妻には、事の真相を話しておこうと思う。 
それと、余りにも勧められるので、御祓いに行く事も考えている。 


以上が、お得意さんの日記に書かれていた内容だという。 
オレは焼香後、そそくさとお得意さんの家を後にした。 
あの型のナビを搭載した車が、その後も三件の死亡事故を引き起こしているという。 
その関係で今日来た訳だが、聞かない方がよかったのかもしれない。 
ナビか、車か、それとも”そういった場所”が原因なのか判らない。 
私はナビが原因とは思わないのだが、以降、あの型のナビは縁起が悪いという事でうちでは取り扱っていない。 

今も未練を持った奴が、この国の何処かで、曰つきの”何か”を広めているのだろうか?