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30年ほど昔、山陰の寒村の話。
家の裏手の薮の中に「せんたくの家」と呼ばれる茅葺き屋根の家があった。
高齢の夫婦が山羊と矮鶏を飼って暮らしていた。
月に二、三度、せんたくの家に封書を届けるのが私の役目で、山羊の乳や菓子をもらったりして大変可愛がってもらった。
きまって帰りしなに別の封書を手渡され、それを父にとことづけられる。
せんたくの家に行く際には決まりがあり、

・家に上がってはならない
・肥溜めに近づいてはならない

と、毎回念を押されていた。
家の中でなにか仕事をしているのだろう、肥溜めは落ちると命に関わるからだろう、と解釈していた。

しばらく経って、せんたくの爺さんが亡くなった。
数日前に訪ねたときは元気そうだったので、身近な人の急死に衝撃を受けた。
葬式はなく、父が手続きをして弔ったようだった。

またしばらくして、せんたくに封書を届けに行った。
婆さんは山羊の世話をしており、届けものを渡すと「見せたいものがある」と手招きをしてきた。
何か逆らえない感じがして、言われるがままに着いていくと、肥溜めの前だった。
婆さんは櫂のような棒で肥溜めをぐるりとかき混ぜると、肥に混じって木片のようなもの、動物の骨のようなものが見えた。
何も言えずにいると婆さんは「これでぼく(私のこと)は大丈夫、心配ない」と頭を撫でてくれた。

またまたしばらくして、婆さんが亡くなった。
やはり葬式はなく、遺体も見ることはなかった。
せんたくの家は間をおかず、跡形なく取り壊された。

ある時、意を決して祖父に聞いてみた。
せんたくの家の老夫婦はなんだったのか、肥溜めの中身を見せられた意味。

祖父によると、
・せんたくの家は拝み屋で、祖父が世話になったので面倒をみていた
・肥溜めの中身は祭具?である
・使い終わった祭具を見せられるなど滅多になく、とても良いこと

と聞かされ、過分な小遣いをもらった。
それ以来、せんたくの家の跡地は野に帰るがままになっている。