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言葉の通じない人

30年ほど昔、山陰の寒村の話。
友人から妙な話を聞いた。
「公民館の裏手の山に向かってひょんげー!と叫ぶと返事が返ってくる」
何も考えず、興味本位でやってみた。
「ひょんげー!」
絶叫した。

すると、背の高い下生えの中から声がする。
驚きつつ見守っていると、汚れた作業服を着たガリガリに痩せたおっさんが現れた。
ホームレスも寄り付かないほどの田舎なので、本当に驚いた。

おっさんは死にそうな声で何か言っているが、これがさっぱりわからない。
だが、しきりに口元に指をやっている。
腹が減っているのだ、と判断し、家から握り飯を持ってきて手渡した。
おっさんは少しずつ握り飯を食み、涙を流していた。

けっこうな時間をかけて食べ終え、身振り手振りでお礼?らしき動作をして、口元に指をあてた。
大人が子供にする「シーっ」のような。

私は「訳あってここにいるのだろう」と思い、おっさんに遭遇したことは誰にも言わなかった。
翌日、おっさんが死んでいないか心配になり、公民館の裏に叫んでみたが、反応はなかった。

10年ほど経って、あるとき回覧板が回ってきた。
熊出没!なんかの注意喚起の欄に「不審な船をみかけたら通報を」と呼びかける記事があった。

もしやあのときのおっさんは…と肝を冷やした。