投稿者:みやこ

私は生後間もなく大病を患ったとかで10歳まで父方の祖父母に養育されました。祖母は大きな農家(地主)の末っ子で妙にプライドの高い人。祖父は比較的古いお寺の分家で画才があり書もかなりの腕前。俳句などの趣味もありました。多趣味な人でした。
家柄からは祖父のほうが優位なのに祖母は異様に強い妻であったようでした。
私は三姉妹の真ん中でしたが、10歳まで両親や姉妹達とは離れて育ちました。
祖母の実家は隣町にありました。祖母の系類が度々訪ねてきて頻繁に連れて行かれていたので祖母の実家や分家、お墓のある寺は今でも間取りを覚えています。

お寺には「首縊りの藤」という藤棚がありました。かなりの古木でした。
まだ、その藤の呼び名も知らなかったある日、私は藤の下に佇み泣きくれる老婆を見て、それを一緒に墓参に行った祖母に話しました。祖母は慌てもせずに「首縊りの藤たからね。」と言いました。彼女は私が見たものは見えているようでした。
本堂で住職と祖母と私、件の藤の話になりました。
ある農家から引き取って障りの供養していると老僧が日本昔話みたいに幼い私に話してくれました。

私はそのお寺の藤より怖い木がありました。
かかりつけ医の病院の敷地にある枝垂れ桜です。
その桜の木は、春には大変美しい花を咲かせているのですが、どうにも怖くてなりません。何かが見えたりはしないのですが、とても怖いのです。理由もなく怖いのです。

霊と言われるものは、そんなに怖いとは思っていませんでしたから、この世界で一番怖いのがその枝垂れ桜でした。
子供だった私は高校生になっても何となくその病院の桜の木を見ないようにしていました。病院の裏口から出たら、その木を見てしまうから、正面玄関からしか出入りしません。我が家も祖父母宅も裏口から直ぐなのですが、遠回りして避けていました。
私は20年を経てその桜が怖い理由を知りました。

入院中の祖父の容態が急変、危篤との知らせに慌てて病室へ入ると、窓の外には枝垂れ桜。
祖母が癌を患い危篤の時も同じ部屋でした。
父親も。

ナースステーションの前なんです。

亡くなる人達が見ていた桜。
喪われていく命を抱えながら見ていた桜。
霊なんていう小さな形のものではなく、捉えどころの無い「いのち」の終わり。
無限な終わりの反復。

老いていく母は「動けなくなとったら、あの病院に入るから」
と言います。
私も都会から引き上げて母を看取り、老いを迎え、そこへいくのでしょう。
私が最期に見るはずの枝垂れ桜。

だから、幼い私は恐ろしく感じたのだと思います。

今は、近道して枝垂れ桜を見上げながら、裏口から入れるようになりました。

枝垂れ桜の開花を待って、夜明けに見に行ったり出来るようになりました。