あれは、俺が就職してから1年位経った頃だったかな。 
仕事になれて、先輩とも気兼ねなく話せるようになって、丁度ペーペー脱出したって頃。 
俺は世間一般で言う所の、害虫駆除業者に勤めてたんだわ。 
コレ言うと結構馬鹿にする奴多いけど、誇り持ってやれる仕事だったよ。 
自分で言うのもなんだけど、生活環境を守る正義の味方みたいに感じてた。 
駆除が終わった後にお礼言ってもらえると、物凄く達成感があったし。 
まぁともかく、そんな俺が体験した話。 

俺らの仕事の半分かそれ以上は、一般住宅じゃなくて、レストランだとか事務所だとかの駆除だった。 
そうすると日中は人が働いてるわけで、仕事時間は自然と夜から朝方になる事が多かったんだわ。 
そんでもってその日は、俺一人で居酒屋のネズミ駆除にあたる日だった。 
こういう仕事って、普段は複数人でやるのが原則なんだけど、 
その居酒屋の規模が小さい事もあってか、初めて俺一人に任せてもらえたんだ。 
一年間頑張ってきてやっと俺も認められたかって思って、本当に嬉しかったなぁ。 

2時くらいに現場入りして、その店の店長に鍵を受けとる。
仕事が終わった後に、自分で鍵かけて帰る訳だな。 
誰も居ない店内、外はあいにくの雨模様だった。

1人残って、ネズミ捕り用の粘着シートをせっせと設置。 
何処にでも置けばいいって物じゃあないから、一応気を使いながら50枚くらい設置し終わった時だ。 
妙な音が聞こえてるのに気付いた。 
遠くから聞こえる水道の音、という感じ。 

何となく腕時計を確認すると、3時を廻った所だった。 
一時間以上作業してたのに、今まで気付かなかったなんて変だな、 
なんて考えながら、音の発信源と思われる厨房に向かったんだ。 

営業中は開けっ放しにしてあるだろう金属製のドア。 
それを開けると厨房なんだけど、俺は中々開ける事が出来なかった。 
なぜなら、厨房に近づくにつれて、水音に混じって妙な物音が聞こえてきたからだ。 
「ごそごそ」って擬音がそのまま当てはまるような、怪しげな音。 
泥棒か幽霊かって、びびっていた訳だ。 

それでも、このままじゃ埒が明かないと思って、一気にドアを開けた。 
もし中に人がいたら、ビビって逃げ出すぐらいの勢いだ。 
ドアが開け放たれた瞬間、水音も怪しい物音もピタリと止んだ。 
けど、真っ暗で何も見えない。 
壁を手探りして蛍光灯のスイッチを押すと、独特の音を響かせながら辺りを白く照らされた。 
明るくなった部屋は、ぱっと見では何の異変も感じ取れない。 
左から右に徐々に視線を動かして部屋を注視した。 
やっぱり特におかしなところは無い。 
ただ、水道から僅かに水が垂れているだけだ。 
10秒に一度程度のペースで水滴が落ちて、空虚な音を立てている。 
音の原因は別にあったのかもしれない、と思った。 
蛇口を閉めようと近づいたその時、凄い勢いでドアが閉まった。 
何のことは無い、自動的に閉まるタイプのドアだったというだけの話だ。 
それでも俺は、口から心臓が飛び出る勢いでビビッた訳だが。 


ほう、とため息一つ付いて蛇口をひねる。 
小気味良い音を立てて水は止まり、最後の一滴がシンクにピチャリと落ちた。 
もう一度ため息をついて厨房を後にする。 
仕事の続きをやんないとな、なんて思いながら。 
先ほど勢い良く閉まった金属製のドアを、力任せにグイと開ける。 
黒い物が目に入った。 
最初俺は、こんな所に壁なんかあったかなって思った。 
それがあんまり大きいから分からなかったんだ。 
反射的に上を見て気付いた。 
大きなドア枠の縦横に収まらないほど巨大な、長髪をばらつかせた黒衣の女だったんだ。 
叫び声を上げる間も無く、突然に辺りは真っ暗闇になった。 
停電だ。
瞬間、俺はパニック状態になった。 
逃げ出そうにも前には大女、後ろの厨房は行き止まり。 
情けない話だけど、その場にしゃがみこんで、頭抱えて震える事しか出来なかったよ。 


何分経ったときか、もしかしたら一時間ぐらいしてからか、蛍光灯が出し抜けに灯った。 
恐る恐る前を見ると、大女はもう居ない。
ドアは開きっぱなしになっていて、自動で閉まるタイプのもではないらしいと分かった。 
ならば先ほど勢いよくドアが閉まったのは・・・・・・再びぞっとしてしまう。 

辺りを警戒しながら作業場へ戻ったものの、仕事が手に付くはずも無い。 
会社の車に乗って明るい繁華街へ行き、そのまま夜を明かした。 
車内のライトを全開にしてたもんだから、バッテリーも上がってしまった。 
後日、会社の上司にはこっ酷く叱られたが、あの空間に居る事に比べたら何でもなかったね。 

今も害虫駆除の仕事は続けてるけど、別段おかしな体験はしていない。