投稿者:いなり


俺の地元N県T村には昔から「コチコチ」という遊びがある。
「こっちこっち!」と言いながらランダムに走りボールを回していく遊びで、特にそれ以外のルールや勝ち負けや終わりはない。
何故かこの遊びは大人達から禁止されている。
前に学校で見つかった時は、普段優しい先生が血相を変えて止めに来たことがある。
広場でやってた時は近所のジジイに怒鳴られた。
一番不思議なのは、みんなこの遊びを誰から聞いたか分からない。気づいたらこの土地の子供はコチコチを知っている。

俺が小学4年の夏休みだった。
その日は川遊びをしようとクラスのリーダー格のDが声かけをし、隣のクラスのやつも含めて7人が集まった。
俺たちはひとしきり川ではしゃいだ後、KとIが駄菓子屋でアイスを買ってくると言った。
2人に買い出しを任せて、俺たちは濡れた服を乾かしながら河原を探索した。
すると、草むらからDがボールを見つけた。
「ボールで遊ぼうぜ」Dがそう言うと皆は賛成してドッジボールだのサッカーだの思い思いの提案をした。1人が「コチコチしよう」と言った。
不思議とこの時に誰が言い出したのかは思い出せない。
俺たちは満場一致でコチコチを始めた。「こっちこっち!」と言いながら河原を縦横無尽に走ってそれぞれがパスを求めた。気づくとパスはDを中心に回るようになっていた。
Dはクタクタに疲れて「ちょっと休憩しよう」と言ったが、みんなDにパスを回した。
「こっちこっち!」「こっち!」「こちこち!」口ぐちに言い、思えば異様に盛り上がっていた。
Dはどんどん疲弊していき、ついにフラフラと離脱して川に倒れこんだ。
俺たちは続いて川に入り尚もDにパスを回した。Dは後ずさりし、どんどん川の深みに入って行く。
俺たちはどうしてもDにパスを回さなければいけない、そんな気持ちになっていた。少なくとも俺はそう信じて必死だった。
「うわぁぁ!」腰まで水に浸かっていたDは、ついに流れに足を取られて流されてしまった。
「何やってん!」そこにアイスを買いに行っていたKとIが戻ってきた。
二人は河岸をDと並行して走り、浅瀬にきたところでDに追いつき救助した。
Dは無事だったがめちゃくちゃに泣いていてパニックが収まらず、メンバーの中の一人、Eの家が近かったのでEが親を呼びに行った。
気づいたらボールはとっくに流されていて、俺たちも我に返った。
来たのはEの母親だけでなく、連絡を受けた他3人の母親や婆さんもいた。俺たちは怒られる!と思ったが、そのまま村の集会所に集められた。
Dのパニックは収まったが、全く精魂のない感じで黙りこくっていた。その後、俺の母親や、その他にも仕事から帰った他の家の父親も続々と集会所に集まって来た。
Eのばあちゃんが話し始めた。「お前ら、コチコチやったんやろ」。
Eのばあちゃんの話をまとめると、昔この村にはコチコチという神事があった。
コチコチは「児子此方」が語源と言われていて、毎年盆の頃に村の子供たちが「こっちこっち」と言いながら鞠を回して遊び、災厄を分散させるものだったという。
ただ、これはコチコチの表向きのいわれで、その昔、村には天狗の一族が住んでいた。
天狗一族は正体を隠して村人同様に過ごしていた為、村人には分からなかった。
村では天狗は人々に凶事をもたらすと言われていた。そこで、年に一度子供たちにコチコチをさせる。
天狗は足が速く身体能力に優れているので、天狗の子が混ざっていると圧倒的にパスがもらえる。天狗の子を見極めた大人たちは、夏の終わりにその子を殺したという。
ただし天狗の一説を知っていたのは村の長、古くはEの祖先たちだけで、他の村人は単に神事としてコチコチを行っていた。その後、天狗の一族は子孫を殺され続け、江戸に一族は絶滅したという。
同時にコチコチの風習はどんどんなくなっていった。
しかし、いつの間にかこの村の子供たちはコチコチを知っている。
ひとたびコチコチが行われると、運悪くその中の一人が選ばれ殺されてしまうまで続く。
なので大人たちは必死にコチコチを止める。
これは子孫を殺された天狗一族の呪いだという。今回のコチコチでは、Dが選ばれ殺されかけたのだ。俺はぞっとしていた。
選ばれたDは、クラスのリーダー格でスポーツ万能な奴だった。
もしかすると天狗の末裔ではないのか?俺たちの中に、知らず知らずに天狗を排他する血が残っていたのではないのか?
或いは、天狗など伝承に過ぎず、もしかすると知能力、身体能力に優れた人間を恐れた村の長が有能な人間を排他する目的で…。
俺は大学進学を機に村を出た。帰るつもりもないのでその後コチコチがまだ子供たちの間で行われているのかは知らない。