投稿者:イチ


俺が入った家には、エミさんという女性が一人で暮らしていた。
未亡人で、四十くらいだというが若々しく綺麗な人だ。
エミさんは深夜の訪問に驚きながらも、かいがいしく世話を焼いてくれた。
スープを温めてくれ、パンや柔らかいチーズ、エミさんが漬けた甘い梅酒まで出してくれ、2人で飲んだ。

満腹になり、空いている部屋があると言われると、バッグを居間に放置したまま、礼もそこそこに部屋に行き、眠りに落ちた。


目が覚めるともう昼過ぎだった。曇りだからか、蒸し暑く空気がこもっている。

居間にいくとエミさんがいたので挨拶した。
改めて礼を言おうとした時、玄関のチャイムがなった。
エミさんの顔が強張った。

エミさん「隠れて!そのクローゼットに、早く!」
訳の分からないままクローゼットに押し込まれた。
すぐに家の中に人が入ってきたのが分かった。俺はクローゼットの木の扉に聞き耳を立てる。
どうやら集落の住民の男二人のようだ。

エミさんと何やら言い争ってもめている。
しかも原因は俺にあるようだ。
エミさんが、俺の居場所を知っているのではないか、連れてこいというような事らしい。

「馬鹿野郎!!」
エミさんが何か言ったことに対し、一人が怒鳴った。思わず出て行きそうになったが、続く話を聞いて固まった。

「お供えがなければどんなことが起こるか分かってるのか!代わりに誰かが喰われなきゃならないんだぞ!あいつ一人で済むんだ!」
「これで数十年は安泰なんだ」
「しかもここに勝手に来たということは、あいつは正式なものなんだ」

何を言っているんだ?
誰かが食われる?
俺は混乱した。とにかくここの村は何か大変なものを抱えているのが分かった。

それに、お供えって、まさか‥

しばらくし、やっとエミさんと男の押し問答が終わったようで、居間から人がどやどや出て行く気配がした。
すぐにクローゼットから出た。
エミさんは、疲れて椅子に座っている。
「大丈夫ですか?一体、何がおきているんですか?」
エミさんは沈痛な面持ちで黙っていたが、ふと顔を上げて俺を見た。
「大丈夫よ‥、これは、仕方のない事なのよ‥」

エミさんから表情が消えていた。怖いくらいの無表情だ。
思わず後ずさる。
「あーすいません、長く居すぎましたね~お邪魔しました」
てきとうに喋りながら、放置していたバッグを掴んで、さりげなく出て行こうとする。

後ろでエミさんが立ち上がる気配がした。
急いでドアを開けて外に出た。
振り返るとエミさんが手に何かを持って追っかけてこようとしているのを見て、俺は全速力で駆け出した。

なるべく人のいないほうへと思い、森を目指して駆けて行った。

集落を出て、ちょうど道が切れて森に入るところにさしかかった時、
「!!」
なんと足をとられた。
バッグの中身をぶちまけながらもんどりうって転ぶ。
見えにくいピアノ線のようなものが張ってあったのだ。
すると待っていたかのように草むらから男が数人飛び出してきて、あっという間に押さえられ、後頭部を殴られ気絶した。


頭痛で目が覚めた。
辺りは暗く、どうやらさっき倒れた場所のようだ。
頬に土が当たってひんやりする。
周りに人はおらず、俺が横たわっているだけである。
起き上がりたいが縛られていて、関節を固められており自由が利かない。

夜の森の雰囲気にのまれて固まっていると、木々のこすれる音に混じり、パキッ‥、パキッ‥
という、枝を踏むような音が聞こえてきた。

何かが来る。

そいつは徐々に前方から近付いてくる。
暗闇を凝視していると、目の前の木々の間から獣の脚が見えた。
太く、ごわごわした黒い毛に覆われている。

ギュッと目をつむって歯を食いしばった。
もう助からないことを悟った。

獣がすぐ目の前に来て、顔を近づけたのが分かった。鼻をフンフンいわせて俺の臭いを嗅いでいる。
獣の臭い臭いに思わず喉が鳴った。
ぴたり、と獣の動きが止まった。

その時俺は見てしまった。

人間の顔があった。
頭骸骨のようで、長い髪が生えていて、まばたきしない落ちくぼんだ目で俺を見ている。

喰われる、喰殺される‥


いきなり、獣が向きを変えた。
俺は恐怖で気付かなかったが、獣と顔を合わせていたとき、誰かが近づいていたのだった。
獣は怒っているようだ。誰かが投げたであろう鋭利なものが脚に刺さっている。
その人に獣は覆い被さり、揉み合っている。

俺はハッとした。
エミさんだ!
何でエミさんが?!

しかし獣が圧倒的に有利で、獣に噛まれるエミさんの悲鳴がこだまする。

こういう時の人間の心理はよく分からない。俺は無性に腹が立ってきた。
こんな目にあわせやがって、この人食いの気持ち悪い人面獣が!

芋虫のように移動し散乱したままのバッグに顔を近づけ、自分で捨てたのになぜかまた付いていると思ったあのストラップに夢中でしゃぶりついた。
ゴリっという音がして、骨の味がした。
さらに必死で噛むと、口内に血がにじみ、顎や頭に響く。顎関節がおかしくなりそうだ。

「グゲゲゲ」
獣が苦しそうな声を上げ、血走った目で俺の方を見て突進してきた。

がちん! と俺の歯が噛み合わさり、噛んでいた骨が砕けた。
そのまま俺は気を失ってしまった。