怖い話らぼ −怪談・都市伝説まとめ−

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カテゴリ:洒落怖 > 洒落怖1-30

時は第二次世界大戦の日本敗戦直後。
日本はアメリカ軍の支配下に置かれ、各都市では多くの米兵が行き交う時代でした。

ある夜、地元でも有名な美女(23歳の方)が一人、加古川駅付近を歩いていた時、
不幸にも数人の米兵に暴行され、
その後殺すにも苦しみながら死んでいくのを楽しむため、体の両腕・両足の付け根の部分に銃弾を叩き込み、道路上に放置したまま立ち去りました。

瀕死の状態をさまよっていた時、運良くその場を通りがかった地元でも有名な医者に発見され、腐敗していた両腕・両足を切り落とすことを代償に、一命を取りとめました。

しかし、自分の美しさにプライドを持っていた女は、生きることに希望が持てず、
国鉄(当時)加古川線の鉄橋上へ、車椅子で散歩につれられているスキをみて車椅子を倒し、
両腕・両足のない体で体をよじらせ、鉄橋の上から走ってきた列車へ身投げし自殺しました。
警察、国鉄から多くの方が線路中で肉片の収集をしましたが、
不思議なことに、首から上の部分の肉片は全くみつからなっかたとのことです。
しかし、時代が時代だったもので、数日経過するとその事件を覚えている者はほとんど居なくなりました。

事件が起こったのは数ヶ月後のある日です。
朝は元気だった者が、何故か変死を遂げるようになってきました。
それも、一軒の家庭で起こるとその近所で事件が起こる、といった具合です。
警察も本格的に動き出し、事件が起こった家庭への聞き込みでは何故か共通点がありました。
それは、死亡者は必ず死亡日の朝に、「昨日、夜におかしな光を見た」と言うのです。
実際に当時の新聞にも記載された事件であり、加古川市では皆がパニックになりました。
加古川所では事件対策本部が置かれ、事件解決に本腰が入りました。

そこである警察官が、事件が起こった家庭を地図上で結んでみると、あることに気がつきました。
なんとその曲線は、手足のない、しかも首もない胴体の形になりつつあったのです。
こうなると当然 次はどのあたりの者が事件に遭うか予測がつきます。
そこで、前例にあった『光』を見た者は、警察に届け出るように住民に知らせました。

やはり曲線上の家庭では、「光を見た」と言い死んでいきました。
しかし、実は『光』ではなかったのです。
死者の死亡日の、朝の告白はこうでした。
「夜、何故か突然目が覚めました。
 するとかすかな光が見え、見ているとそれはますます大きな光となります。
 目を凝らしてみると、何かが光の中で動いているのが見えます。
 物体はだんだん大きくなり、こちらへ近づいてきます。
 その物体とはなんと、首も両腕・両足もない血塗れの胴体が、肩を左右に動かしながら這ってくる肉片だった。
 ますます近づいてくるので、怖くて目を閉じました」
と言うのです。

次からも、その同じ肉片を見た者は必ず死にました。
そこで、次は自分だと予想した者が恐ろしさのあまり、
加古川市と高砂市(隣の市)の間にある鹿島神社(地元では受験前など多くの人が参拝する)で、お払いをしてもらいました。
すると、
「暗闇のむこうに、恐ろしい恨みがあなたを狙っているのが見えます。
 お払いで拭いきれない恨みです。どうしようもありません。
 唯一貴方を守る手段があるとするならば、
 夜、肉片が這ってきても絶対目を閉じずに、口で鹿島さん、鹿島さん、鹿島さんと3回叫んで、この神社の神を呼びなさい」
と言われました。

その夜、やはり肉片は這ってきました。恐怖に耐え必死に目を開いて、「鹿島さん」を3回唱えました。
すると肉片は、その男の周りをぐるぐる這った後、消えてしまいました。
通常、話はこれで終わりますが、やはり恨みは非常に強く、その男が旅へ出てもその先にて現れました。
その後、その方がどうなったかは知りません。

ただ非常にやっかいなことに、この話をもし知ってしまうと、
肉片が話を知ってしまった人のところにも、いつか現れるというのです。
私(兵庫県出身)が知ったのは高校時代ですが、
私の高校では、この話は人を恐怖に与えるためか、迷信を恐れるためか、口に出すことが校則で禁止されました。

皆さんはインターネットで知ったので、
鹿島さん(地元では幽霊の肉片を鹿島さんと呼ぶ)が現れないことに期待します。
もし現れたら、必ず目を閉じず、「鹿島さん」を3回唱えてください・・・。

私の住んでいる所は、ベットタウンといわれている人口密集地帯なのですが、早朝マラソンをしている人をよく見かけます。
2階のベランダから、その走る姿をコーヒーを飲みながら眺めていると、一日が始まるという感じがしていました。
毎朝だいたい同じ顔ぶれなので、暮らしていくうちに顔を覚えていきましたが、
怖い体験は、その決まった時間にマラソンをしている一人の男性についての話です。 

最初、決まった時間に走る彼を見て、「毎朝エライなぁ」と感心していたのですが、 
何回か彼を見かけているうち、私はその彼のおかしな部分に気づきました。 
汗をかかない。呼吸をしてない。足音がしない。この3つでした。 
ベランダから少し距離もあるので、勘違いかと思ったのですが、
他のランナーと比べることができるので、おかしいことは確かでした。 
もしかして幽霊かとも思いましたが、見かけはマラソンをしている丸刈りで健康そうな青年だったので、
恐怖より不思議な感じでした。
きっと、彼は走り方を研究して、そうなっているのだとも考えていました。 
でも、私は気になってしかたがなくなり、近くにいって確かめようと思いました。 
彼の走る決まった時間を見計らって、ゴミ捨てをするフリをして待ち伏せしたんです。 

やはり定刻に彼が向こうから走ってくるのが見えました。 
かなりドキドキしました。でも、私の勘違いだろうと、楽観的な部分もありました。 
だんだんと近づいてきたときに、彼の両手首がキラキラと光っているのがわかりました。 
なんだろう?と最初思いましたが、それよりも3つの気になることがあったので気にしませんでした。 

目を合わしたくなかった私は、30mくらいに彼が近づいてきたとき、ゴミ集積所を片付けるフリをして背中を向けました。 
音だけである程度確かめられると思ったからです。それにやはり怖かったし・・・
通り過ぎるだろうと思ったタイミングに、何の気配も音をしなかったので、正直パニック状態に陥りました。
冷や汗が出て膝が震えました。
彼の通り過ぎた後の背中も見ることができないくらいでした。 

しばらくその場で時間を置き、気持ちを落ち着かせ、ゆっくり辺りを見回しました。 
彼はすでに走り去った後で、誰もいませんでした。 
何が起こったか整理がつかず、しばらくその場でボーとしてしまいました。 

家に帰ろうとしたとき、さっきの彼と同じ方向から走ってくるおじさんがいました。 
額から汗が光り、胸を上下させて苦しそうに走っているのが見えて、少しホッとしました。 
横を通り過ぎるとき、私は軽く会釈をしました。
会釈して顔を下げた瞬間、そのおじさんの両足首に、キラキラと透明の糸が巻かれているのが見えたのです。 
彼の手首に見えたキラキラと光ったものがフラッシュバックし、ドキッとして、
反射的に走り去ったおじさんを見るために振り返りました。 
首、両手首にも同じ透明の糸が見えていました。
そして何よりの恐怖は、そのおじさんの走る先、遠く路地のつき当たりで、 
体を奇妙にクネクネと曲げ、その糸をたぐりよせる仕草をする、彼の姿が見えてしまったことでした。 

それ以来、彼もそのおじさんもどうしたのかわかりません。 
朝はカーテンを開けない生活を続けています。

姉は今妊娠中なのですが、結婚前まで勤めていた職場に、とても仲のいい友達がいました。 
その人はYさんといって、明るくてきれいで、誰にでも好かれるタイプの女性でした。 

ある年の2月。姉とYさんは、一緒にバレンタインのチョコレートを買いに行きました。 
姉には当時彼(今のご主人)がいて、その人のための本命チョコと、職場で配るための義理チョコをいくつか買いました。 
そして、Yさんの買ったチョコを見ると、義理チョコの中に一つだけ高価なチョコが混ざっていました。 
Yさんは普段彼氏がいないと言っていたので、姉は「Yちゃん、それ本命チョコ?」と聞きました。
するとYさんは頷き、まだつきあってはいないけど、好きな人がいる。この機会に告白するつもりだと答えました。
姉は「そうなの!頑張ってね!」と心から応援し、Yさんも嬉しそうでした。 

そして2月14日。
姉は彼氏にチョコを渡し、同僚にも義理チョコを配りました。 
姉の職場では女の子同士でも、お世話になっている人や仲のいい友達の間でチョコのやりとりがあって、 
姉はYさんにもチョコをあげました。
するとYさんも姉にチョコをくれたのですが、そこで大笑い。 
一緒にチョコを買いに行ったので、二人とも全く同じチョコを差し出していたのです。 
でも、気持ちだからと、二人は同じチョコを交換しました。 

仕事に戻り、しばらくした後。
姉はキャビネットの整理中、Yさんの机にうっかり足をぶつけてしまいました。
それで運悪く、Yさんが机の上に置きっぱなしにしていたチョコの箱が転がって、
その下にあった水の入った掃除用バケツに落ちてしまったのです。 
姉は、あ、しまった、と思いましたが、すぐに自分も同じチョコを持っていることを思い出し、 
代わりに自分のチョコをYさんの机の上に置きました。
もともと姉は甘いものがあまり好きではないので、
チョコレートに目がないYさんに食べてもらったほうがいい、と思ったのだそうです。 

翌日、姉が職場へ行くとYさんが、「あれ、M(姉の名前)ちゃん、チョコ食べなかったの?」と聞いてきたそうです。
姉は、おかしなことを聞くな、と思いました。
自分がチョコを取り替えたことをもしかして知っているのかな、と。 
でも、探りを入れてみると、そういうことでもなかったようで。 
今さら『実はチョコを落としてしまったから、自分のと取り替えた』と言うのもなんなので、 
姉は「うん、昨夜は帰ってすぐ寝たから食べなかった。今日食べることにするよ」と言ったそうです。 

翌日、姉はいつも通りに出勤しました。
姉はそこで、先に出勤してきた同僚に「昨夜、Yさんが亡くなったよ」と聞かされました。 
自宅で亡くなっていて、お母さんに発見されたそうです。 
最初はとても信じられませんでした。
つい昨日まで全く元気で普通に話していたのにと思うと、 悲しくなるより先に呆然としてしまいました。 
でも、それよりも衝撃的だったのは、Yさんはどうやら自殺だったらしいということ。 
遺書も何も無かったのですが、服毒死だったそうです。 
姉の悲しみようは、妹の私から見ても辛いほどでした。
「自分には何もしてあげられなかった。そこまで思いつめていたのなら、どうして言ってくれなかったのか」
と言って、ひどく落ち込んでいました。 

それから1年後。姉は結婚し、妊娠もし、親友を失った悲しみも和らいでいるようでした。 
ところが最近になって姉がまた、あの当時の憂鬱な青ざめた顔つきをしていることが増えたのです。 
それどころか、心なしかあの当時以上に陰鬱な雰囲気になっているようで…
私は心配になって、姉を問いただしました。 
姉はようやく重い口を開き、語ってくれました。 

Yさんが亡くなってから一年後のバレンタイン。
姉がご主人にチョコレートをあげようとすると、彼が辛そうに言ったそうです。
Yさんが亡くなる直前、彼女に告白されたのだと。 
『親友の彼だと思ってずっと我慢していたけれど、辛くて、辛くて、もうだめ。 
 このままじゃ、自殺するかMを殺すか、どちらかしてしまいそう』
彼は驚きましたが、Yさんとつき合うつもりはないし、姉とは結婚するつもりでいることを話し、
Yさんを納得させようとしたそうなのですが……

Yさんの自殺の原因、それは姉とご主人にあったのか。 
私もショックを受けましたが、姉はどれほど苦しんだことでしょう。 
慰めの言葉もない私に、姉が言いました。
「自殺だったら、まだいいんだけど」と。 

どうしてか思い出してしまう。
『チョコ食べなかったの?』と言うYさんの言葉。 
自殺にしては遺書も無い、あまりにも突然の死。 
あの日、取り替えたチョコレートの箱。 
『自殺するか、Mを殺すか、してしまいそう……』 

「考え過ぎだよ」と私は姉に言いました。
「もう終わったことなんだし、今は妊娠中で気が昂ぶっているから、色々なことに過敏になっているんだよ」と。 
本当のところは私にもわかりません。 
ただ、もしこの不安が当たっていたら…と思うと、姉があまりにも可哀想で。

一年程前。母は早朝のお散歩の時に、交通事故を目撃しました。 
ワゴン車とバイクがぶつかり、バイクの人はすぐに動かなくなったそうで、 
その時、かなり悪いのでは・・・?と思ったそうです。
他に目撃者らしき人はいなかったので、ここににいなければと思いながらも、
母はショックで気分が悪くなってしまい、よろよろしながら帰宅してしまいました。 

その日は一日気分がすぐれず、ゴロゴロしていたそうなのですが、
しばらくウトウトしていたら、枕もとに頭がパックリ割れた女性が立ったのだそうです。血まみれの顔で・・・ 
その時点では、母にはバイクに乗ってた人が女性なのか、男性なのか、どこを怪我したのか、
亡くなったのかすら分かっていなかったのです。
あぁ、あの人亡くなったんだろうか・・・?と憂鬱になりながらも、
ものすごい形相だったのが怖くてたまらなかった、と言います。 

その後。気を取り直して、夕方お風呂に入ろうと風呂場のドアを開けた途端、そこにまたいる・・・同じ女性が、同じ様子で。
「ひっ」と息をのんだら、消えていきました。
なんで私のところに出てくるのよと、不可解な気持ちでその日は終りました。 

次の日、新聞の地方版にその事故のことが載りました。 
その時母は、彼女が自分の所へ来た理由がわかったそうです。 
記事には、『女性は頭を強く打って死亡。どちらかが信号を見間違えたとして、警察は捜査している』。 

『どちらかが』ではないのです。母はワゴン車が無視したのを知っていたのです。 
証言してください。私は悪くない。そう訴えていたに違いない・・・と思った母は、警察に電話しました。 
案の定、ワゴン車の運転手はシラを切っていたのだとか。 
その後もシラを切りとおせると思ったのか、とうとう裁判にまでなってしまい母は憂鬱でした。 
もともと人前で話すのが苦手なのに、ましてや裁判です。 

ところが、裁判の三日前くらいから母は「いやだ、いやだ」と言わなくなったので、どうしたのかと聞いてみると、 
「昨日あの女の人に、『あなたのために証言するのだから力を貸して』と声を出して頼んでみたら、
 綺麗な姿で夢に出てきて、にっこり笑っていたのよ。
 それから、何だか上手くいくような気がして、イヤじゃなくなったの。不思議でしょ」 
母いわく、彼女が付いててくれてる感じがするとか。 

もちろん、裁判で堂々と証言してきました。 
私も傍聴したのですが、いつものあがり性の母ではありませんでした。 
まもなく結審します。

ドライバーの皆さん、気をつけてくださいね。 
死んだ被害者は、自分で証人を導いてきます・・・

もう4年くらい経つのかな・・・
当時、親友(以下A)には、大学で知り合った○恵ちゃんという彼女がいました。 
私達と2人はよくつるんでいて、どこに行くにもほとんど4人で1セットという関係でした。 
話は4年前の、こんな寒い季節の夜でした・・・

その日、Aは深夜までのレンタルビデオ(某ウ○アハウス)のバイトを終え、自宅に戻ったのは夜中の2時頃だったと言います。
週末のせいかいつも以上に忙しかったので、帰宅するとそのまま寝入ってしまったそうです。

暫くしてから、不意に着メロが流れたそうです。 
携帯を取ると○恵ちゃんから・・・
「なんだよ こんな時間に」と、時間も時間だけに不機嫌そうにAが言うと、 
いつもは明るく答えるはずの○恵ちゃんが、その時は明らかに何かが違う様子だったそうです。 
『まだ、起きてたんだ。ごめんね』
彼女の最初の返事はこれだったのですが、何か電波状態の悪いところにいるみたいで、
時折『ジー』とか『シャー』とかいう音が、語尾に混ざっていたそうです。 
「どこにいるんだ?」と親友が尋ねると、
『前に言ってあったけど、今日は田舎から友達が出てきてるから、みんなで深夜のドライブ中』と、彼女は答えたそうです。 

親友は「そういえば、そんな事いっていたなぁ」と、その事を思い出したので、 
「あんまり、夜遊びしないで帰ってこいよ。電波悪いなぁ、高速からか?」
と、眠気もあったので、早めに電話を切ろうとしたそうです。
だけど、なぜかその日は彼女がなかなか電話を切ろうとせずに、
しまいには『就職するならここがいい』とか、『○○くんは胃が弱いんだから食べ過ぎるな』とか、
どうでもいいことをひたすらしゃべっていたそうです。 
親友が「どうした?なんかあったのか?」と聞くと、最初は○美ちゃん黙っていたのですが、
なぜか涙声で『ごめんね。ごめんね。なんでもないの。ごめんね』と繰り返したそうです。 
Aも気になったそうですが眠気には勝てず、明日会う約束だけをして電話を切ったそうです。 

次の早朝でした。Aが○恵ちゃんのお母さんからの電話で起こされたのは・・・ 
首○高速湾岸線から四○木方面に向かう分離帯で、
○恵ちゃんの乗った車がハンドル操作を誤って、分離帯に激突するという事故を起したのでした。 
高速隊の人の話では、乗っていた4人は全員車外に放り出され、ほぼ即死状態だったそうです。
○恵ちゃんも近くの病院に搬送されたそうですが、途中で亡くなったそうです。 

Aがお昼過ぎに○恵ちゃんの自宅に行くと、憔悴しきった顔のお母さんがいきなりAに泣き付いて、
「ごめんね○○くん。もう○恵とは会えないの。ごめんね」と繰り返したそうです。 
その時なぜか、昨日の○恵ちゃんの『ごめんね』を繰り返していた電話を思い出したそうです。 

そして、落ち着いた頃に、あるものを手渡されたそうです。 
それは○恵ちゃんの持っていた壊れた携帯でした。 
おかあさんの話では、搬送先の病院で右手にしっかりとストラップが絡まっていたそうです。 
ただ、搬送された時間をお母さんに聞いて、Aはふと疑問を感じたそうです。 
搬送先の病院に着いた時間が、“午前2時35分”だったそうです。 
しかし、その時間は確かにAが電話で話をしていた時間だったので、
理由をお母さんに説明し、○恵ちゃんの履歴を調べようということになりました。 
・・・確かに履歴は、2時35分を過ぎてからも通話中だったそうです。 

Aは今でもこの話を思い出すと、「あの時、電話を切らなければ・・・」と、電話を切ったことを悔やむそうです。

昔の都市伝説というか、実話らしいのですが、私の叔母から良く聞かされた話を紹介します。 

大正時代の頃、村の外れの名前も無くただただ険しい山に、 
資源となる銅が大量に含有されていることが、学者の調査で判明しました。 
そこで、村人が一丸となって、村興しの絶好の機会だと口を揃え、
その険しい名無し山に、登山道を建設することが決まったのです。 

やがて村に、町から多くの工夫達がやってくるようになり、
山添にたいそう大きな小屋を建て、突貫工事が進められるようになりました。 

昼夜交替で工事は着々と進みましたが、山はかなり険しく、工夫達を悩ませましたが、
2年ほど経った頃には、銅採掘に適した場所にまで立派な道が延び、やがて銅の採掘が営まれるようになりました。 
これが有名な○○○銅山なのですが、ここで不思議な現象が起きたのが、この話が伝説となった由来です。

あとは銅を採掘する為に巨大なトンネルを掘るだけです。
最初は人間がやっと通れるくらいの人道を造って行くのですが、
その段階で落盤事故が絶えず、約150名ほどの犠牲者が出てしまったということです。 
当時の工事関係者は焦りと恐れを抱く様になり、
そこで、当時としては決して珍しくはなかった『人柱』を祭ることにしたそうです。 
実はその『人柱』となったのが、私の祖母の母方の夫ということらしいのです。 
夫の名前は伍朗介(仮名)といいます。
当時、人柱は身分の低い下請けの人夫が選ばれることが多く、
人夫達を抱える頭領は、どうしても一人を選ばなければならなかったそうです。 

前夜に、伍朗介の工夫仲間達が最期の別れを惜しむばかりに、彼に酒をたらふくと飲ませ、
その夜は、酒好きの伍朗介にとって最高の気分にさせてあげた、とのことでした。
同僚達は涙を流しながら鬼となり、そのような行動に出たのですが、
これにも深い理由があり、彼らも人柱になりたくはなかったからなのです。 

明くる日の丑三つ時に、人道の側面に人の大きさの深い穴が掘られ、 
泥酔で気持良さそうな伍朗介に、柏の木で作られた杖を持たせ、
そっと立たせた状態で、頭領や工夫達の手によって穴は埋め戻され、朝まで祭られました。 
それ以降の工事は事故も無く着々と進められ、無事完成を迎えたとのことでした。 

今では廃坑となってしまいましたが、有名な○○○銅山がその山です。 
今では関係者以外は入れない場所に、小さな地蔵が祭られています。 
それが伍朗介(仮名)地蔵と呼ばれるものです。
私がお盆休みの期間に訪れる場所でもあります。

これは今から10年前、私が大学生だった頃の話です。 

私が通っていたのは、地方と言うかかなり田舎の大学で、学生たちも地味な人間が多かった。 
そんな地味な学生達でも、やはり4年生になる頃には卒業の為の単位もそろい、
それまでのバイトで貯めた金で、海外に卒業旅行に出かけたりするのだが、
私はかなり怠けた生活を送ったツケで、4年になっても単位が足りず、
またバイト代も殆ど使い切ってしまっていた為、卒業旅行どころではなかった。 
しかし、似たようなヤツはいるもので、結局はいつもつるんでいる4人で、
そのうちの一人の親父さんが勤める会社の保養所と言うか、研修センターにただで泊めてもらうことになった。 
たいした施設ではないのだが、最近では会社で利用する機会も少ないとの事で、
掃除と布団干しを条件に、何泊でも好きに使って良いとのことだった。
貧乏学生4人はとりあえず1週間程の滞在をすることにし、1台の車に乗り込みその研修センターに向かった。 

地図を頼りに約2時間半程山間へ走ったところに、その研修センターはあった。 
確かにここ最近利用されておらず、また管理人も特に設置していないとの事で、パッと見た感じでは廃屋の様であった。 
また、中に入れば入ったでかび臭さが漂っており、本当にこんなところに寝泊りするのかとゾッとしたが、
掃除をすれば何とかなるレベルであった。
まずは状況確認も含めて、親父さんから借りたカギの束を使い、一部屋ずつ皆で建物内を散策していった。 

建物内の間取りはいたってこじんまりとしており、
親父さんの説明どおり、宿泊用の4人部屋が1階に2部屋、2階に4部屋、
共同の風呂が1つ、トイレが1つ、それに食堂、キッチン、といったつくりであった。 
しかし、1箇所だけ開くことの出来ないドアがある。 
それは2階の廊下の突き当たりなのだが、(廊下の両脇に宿泊室が2部屋ずつある)
特に変わった様子、つまり封印してあるとか、そういう感じではない。
ただ、カギの束のどのカギでも開けることが出来ないのだ。 
建物を周りから見た様子、また部屋の構造などから、容易にそこがトイレであることが判るのだが、
親父さんの説明では『トイレは1つ』である。 
既に1階を見たときにトイレは確認している。じゃあここは・・・。 
単に親父さんの記憶違いと、故障か何かで使用不可なんだろうくらいに考え、 
それ以上その『開かずのドア』を気にとめるものはなかった。

その後、各自割り当てられた分担場所の掃除に取り掛かり、日が暮れる頃にはなんとか生活できる状態にはなっていた。
部屋割りについては、2階の4部屋に一人ずつが宿泊することになった。 
その日は掃除の疲れとアルコールのおかげで、割と早い時間に各部屋に入り眠りについたのだった。 


ベッドに入りどれくらいの時間がたったのだろう。
体は疲れ起きているのが辛い程なのだが、なかなか寝付くことが出来ない。
夢うつつの状態にあったその時、
びちゃ
廊下の方に足を向けた格好でベッドに入っていたのだが、その足元、ドアの向こうからその音は聞こえた。
あの音はいったい何?気のせい・・・なのか? 
びちゃ・・・びちゃ
今度は確かに、はっきりと2回聞こえた。 
びちゃ・・・びちゃ・・びちゃ、びちゃ 
その音はだんだん間隔が狭くなりながら確かに聞こえてくる。 
水分、それも粘着性の高い何かが廊下の床に滴り落ちる。そんな感じの音である。 
時計を見ると午前三時。
こんな時間に、他のメンバーが何かをしているのか? 
何かって・・・何をしているんだ?思いつかない。 
びちゃ・・びちゃ、びちゃびちゃびちゃ
もはや恐怖に耐えかね、ベッドに半身だけを起こし、廊下に向かって問い掛ける。 
「だ、誰か居るのか?・・・おいっ!」
返事は無い。
ベッドから降り、恐る恐るドアを開け、頭だけを出してゆっくりと廊下を見回すと、
廊下の突き当たり、例の『開かずのドア』の前にソレは立っていた。 
!!!  
私の叫びは叫びにはならず、息を呑む音だけが廊下に響いた。 
しかし、私は足がすくみ逃げることも出来ず、でもソレから目が離せなかった。 


ソレは薄汚れた浴衣に身を包んでいる。浴衣の前は無様にはだけ、女性用の下着が見えている。 
浴衣から伸びている腕と足は痩せ細り、腹だけが異様な感じに膨れている。 
その細い腕の一つが顔に伸び、片手がしっかりと口元を抑えている。 
目はカッと見開かれ、一瞬白目になったかと思うと、
口元を抑えた手の指の間から吐瀉物が滲み出し、床に滴り落ちてゆく。 
びちゃ・・・びちゃ、びちゃ・・・びちゃびちゃびちゃ・・・
それは床に吐瀉物を撒き散らしながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。 
何こいつ、誰だよ。おい、おいっ、やばい逃げろ! 
私の頭の中はいろんな思考がごちゃごちゃになり、体が思うように動かせなくなっていた。 
しかし、目だけはソレを見つめている。
不意にソレの目がよりいっそう見開かれたかと思うと、口元を抑えていた手を押し破り一気に吐瀉物が噴出してきた。 
びちゃびちゃ、びびびちゃびちゃぶちゃどちゃどびちゃっ・・・ 
その吐瀉物の飛沫が私の顔にかかった様な気がして、ふっと我に返り、
「ぎぃゃあああああああっ!!!」
けたたましい悲鳴をあげて、ドアを猛烈な勢いで締め、ベッドにもぐりこんだ。 


すると、私の悲鳴を聞いた友人が、向かいの部屋から出てくる気配がした。 
「なんだよ夜中にうる・・・ぎゃぁあああ!」 
けたたましい悲鳴。廊下を走る音。そして階段を転げ落ちる激しい音。 
その音で残り2人の友人も目を覚まし、廊下に出てきたらしい。 
しかし、今度は悲鳴をあげることもなく、私の部屋をノックしてきた。 
私は半泣きになりながら部屋を出ると、
掠れた声で「か、階段、階段っ!」と階段方向を指差すと、その場にしゃがみこんでしまった。 
友人の一人が階段に行くと、派手に転げ落ちたもう一人を発見し、直ぐに救急車を呼んだ。 
程なくして救急車が到着、階段を落ちた友人は数箇所骨折している様子で、また意識もないことから、
そのまま病院に運ばれることとなった。 
私はこれ以上この場所に居ることが絶えられず、付き添いとして救急車に乗り込んだ。 

翌日、そのまま入院となった友人を残し、
(病院で意識を取り戻したが、まだ処置の途中と言うことで、ろくに会話は出来なかった)
一人研修所にもどった。 

待っていた友人2人に昨夜の出来事を話したが、やはりこの2人は何も見ておらず、 
見たのは入院中の友人と私だけだったらしい。
とにかく、これ以上ここには宿泊したくも無く、荷物をまとめ研修所を後にした。 

いったい、あいつはなんだったんだろう。あの開かずのドアって・・・。 


帰宅後、研修所を所有する会社に勤めている親父さんに事の経緯を説明したところ、 
親父さんはハッとした顔をした後、ぽつりぽつりと語り始めた。 

3年程前、まだ頻繁に研修所を使用していた頃、
社外講師を招いて、その年度に入社した新入社員12名を対象に、2週間の自己啓発セミナーを実施した。 
その内容はかなりハードなもので、社会人としてのマナーは勿論のこと、生活面でも全てを規則で縛り付けていた。
その12名の参加者の中に一人の女性がいた。
かなり華奢な体つきをした彼女は相当の偏食家で、好き嫌いが多いといったレベルではなかった。
当然、この講師が食べ残しを許すはずも無く、
口の中に食べ残しを押し込み、水で流し込むように食べさせていたのだった。 
彼女は夜な夜な2階のトイレで胃のものを吐き出す生活を続け、半ばノイローゼ状態に追い込まれていた。 

研修も後半に入ったある夜。
やはり夜中に2階のトイレで嘔吐を繰り返していたところを、講師に見つかってしまった。
講師から研修所中に聞えるような大声で激しい叱責を受け、 
最後には「お前みたいな精神が弱い人間は生きている価値が無い」とまで言われたそうだ。 
自分の吐瀉物にまみれ呆然と座り込む彼女を心配し、同期の何人かが声をかけたが、何の反応も無かったそうだ。

翌朝、同期の一人が用を足そうと2階のトイレに入ったところ、
彼女が浴衣の紐を個室のドアの鴨居にかけ、首を吊って死んでいたそうだ。 

私たちがあの研修所を利用した半年後、建物は取り壊された。

自分の山仲間の話です。 

神奈川県にある、山奥の山小屋に彼は泊まっていた。 
山小屋には彼の他に2人の男性。夏にしては異様に少ない。
風と木々のざわめきしか聞こえない山小屋で、この3人の男性達は夜遅くまでランタンに灯を灯し、
高山植物の話や、今まで登った山について語り合っていた。 

夜中の1時ぐらいまでたっただろうか? 
一人が「外から声がしないか?」と突然言った。 
二人は言葉を止め耳を傾けた。


「ううっ助けて・・・助けてくれ・・・」 
外から声が聞こえる。
こんな夜中に何故?と思いつつも、彼等は外へと飛び出した。
そこには、初老の男性が胸を掴み、のた打ち回っていた。
彼はとにかく駆け寄り「大丈夫か?」と声をかける。 
他の二人の一人が所持していた携帯の無線機でSOSを送ろうとした。 
だが何故か繋がらない。
しょうがなく簡易救急箱を持ってくる。
初老の男性は苦しみ続けている。 
そして動かなくなった。
彼はとりあえず脈を計ろうと腕に触れた。 
だが触ったとたん、すぐに手を引っ込めてしまった。
何故なら、暖かくもなく冷たくもない。
まるで物質のようなものに触れた様だったからだ。

突然、その初老の男の手がのびた。
さっき引っ込めた手を強く握る様に、その男は苦しみの顔と言葉を放った。
「俺は苦しかったんだ。苦しくって、ここまできたんだ。
 けれど、誰も居なかった。
 小屋の前まで来たのに、誰も居なかったんだ・・・・」 
その初老の男の目からは涙が流れていた。 
しばらく手を離さずに、男は呆然としている3人の登山者達を見回した。
そして溶けるかのように地面に沈んでいった。 

3人はしばらく無言で立ち尽くしていた。
そのうち一人が「もう遅いから寝よう・・・・」と言って、
3人は小屋へ入り、何も言わず眠りについた・・・・ 


その日の朝。
山小屋を出た3人は、夜中に起きた山小屋の前に行き、
あの初老の男がこの地から帰れるように・・・と祈り、帰路についた。

今年の2月20、21日。彼女と四万温泉に行きました。その時の話です。 

20日は6時に出発の為、前日は早く寝ようと思っていましたが、友達に誘われて朝4時位まで飲んでいました。
当然、酒は控えめです。

家に着き風呂に入り、準備して寝るかと思った時には5時ちょっと過ぎ。 
寝たら起きれないし、彼女は凄く楽しみにしてる為遅刻も出来ないので、寝ないで行く事にしました。
本読みながら布団の上をゴロゴロして、2,3分位すると目の前が真っ白に。立眩みの時によく似ていました。 
なんだ?って思いまばたきしていると、今度は頭が痛くなってきました。 
目の前は真っ白、頭は激痛。しかし、突然何事もなかったように良くなりました。
頭痛は風邪、二日酔いとかとは違い、初めてくらった感覚で不思議に思ってると、携帯が鳴りました。
『あ、聞こえた。起きてる?着いたよ』
さっき時計を見た時は5時位なので、やけに早く来たなと思って時計を見ると6時18分。 
途中で寝たのかな?良く起きれたな。と思い、家を出ました。 

彼女「6時位に着いて電話したら、出るんだけど、何話してるか分からなかった。 
 寝ぼけてるとかじゃなかった。何回もかけたよ。なんで?」
聞かれても分かりません。それに、携帯が鳴ったのは1回だけです。
車で頭痛の事を話しました。 
寝てないし酒入ってるのに、気分は最高でした。 

旅館に着き、温泉に入って、御飯を前にビールで乾杯。 
その後、途中で買って来た日本酒を飲みました。

ガッチリ酒を飲んだ後、布団を敷いて二人でゴロゴロしていました。彼女は先に眠りにつきました。 
すると、昨日と同じく目の前が白くなり頭痛がしてきました。 
右隣に寝ている彼女を起こそうと右手を伸ばすと届きません。 
手をバタバタしていると、頭痛が無くなりました。 
どうしたんだろ?どっか体でも悪いのかな?と思って起きました。 

そして、右の彼女に目をやると居ません。
あれ?って思うか思わないかの極短い時間に、ここが泊まっていた旅館じゃないと認識し、どこに居るかも分かりました。
分かりましたが、何故ここに居るのか分かりませんでした。 
居る所は分かるが、状況が全然把握出来ないのです。 
頭痛が直って起きた時に居た場所は、自分の部屋。
どうして自分の部屋に居るか考えましたが、全然分かりません。
あるとしたら、不眠、酒入りで温泉に行って酒を飲んだ為にぶっ倒れて、彼女が家に運んできた。 
それぐらいしか思い付きませんでした。

とにかく彼女にメールしようと携帯をとった時、さらに分からなくなりました。
日付が7月20日5時13分。 
ちょっと考えてから下に行き、新聞で日付を確認しました。7月20日。 
テレビ、その他の時計、日付が分かる物全て見ました。7月20日。 
近くのコンビニに行って新聞を見ました。店員に聞きました。7月20日。 
今まで体験した事は夢だったのか?考えたが理解出来ません。 

家に着き呆然としてると、携帯が鳴りました。6時3分。着信欄には彼女の名前が。 
電話を取って「もしもし」
彼女『着いたよ~』
俺「じゃ~今、行く」 
彼女『お~い、もしもし~。もしもし~』
プチィ。プープープー。 
その後、何回か電話がありましたが話せません。聞こえてないようです。 

『6時位に着いて携帯鳴らしてたら、出るんだけど、何話してるか分からなかった。 
 寝ぼけてるとかじゃなかった。何回もかけたよ。なんで?』
彼女が言っていた言葉を思い出しました。 
意地でも話そうと何回も取りましたが、結果は同じです。聞こえていません。 
そのうち、
「もしもし」
彼女『あ、聞こえた。起きてる?着いたよ』
昨日?(今日?)携帯で話した返事と同じです。時計に目をやると6時18分。 
ものすごくリアルな予知夢を見たんだと、強引に納得させました。 

車に行くと、前と同じ内容の話をしました。
この出来事を言おうと思ったのですが、なんか怖くて言えませんでした。と言うより、言う気になりませんでした。

同じコンビニに行きました。同じ物を買いました。それ以外買う気になりませんでした。 
なんで同じ物を買ったんだろうと思った時に、ある事を思い付きました。 
昨日(今日)と違う行動をしたらどうなるのだろう?
って言っても、違う道を通るか、違う物を買う位しかありません。 
人生を左右するような事も、違う行動をして左右する事になるとも思えませんが、
違う事をする事によって、何か変わるのか知りたかったのです。 
あの時こんな行動をしてれば、しなければ、と考えた事は皆様もあると思います。 
それは、ほとんどが大小問わず、人生を左右する場面だと思います。 
人生を左右しなくても、違う行動をする事によって将来が変わるのか? 
この時、ものすごくリアルな予知夢から、時間が戻ったんだと考えが変わりました。 
妙にハイテンションになってました。車での話は昨日(今日)と同じです。彼女は変わりないようでした。

最初の方は道は同じです。その内、分岐しても大丈夫な所に来ました。 
昨日(今日)と違う道を進もうと思ったのですが、結局同じ道を進みました。 
そっちに進む気が無かったのです。
ちょっと前まで曲がろう曲がろうと思っていたのに、直前になると違う道に進む気にならないのです。
何回も何回も試みますが、直前になって気が失せるのです。 

彼女に運転してもらえば何かが変わると思って、車を止めました。 
車を止めた場所も、昨日(今日)買い物の為に止まった店です。 
その店には目当ての物が無いのは分かってました。でも見て回りました。 

結局、自分が運転しました。全部同じです。 
進む道も、記憶にある風景も、会話も、立ち寄った場所も。何もかも同じです。
違う事は、自分の考えてる事だけです。 
でも不思議と、2回目の会話なのに楽しさは変わりませんでした。 


そして問題の夜がやって来ました。また頭痛がして~と考えました。 
この時に、昔テレビでやっていた『世にも奇妙な物語』を思い出しました。 
その物語で、主人公は同じ時間を繰り返すと言う話です。ある時間になると時間が戻るのです。 
また戻ったりしないだろうか?心臓がバクバクし、恐怖を感じてました。 
気付いた時には朝を迎えていました。横にはスヤスヤと寝る彼女が居ました。 
今までの人生で一番安心した朝ではないでしょうか。 
ちょっとした時間の進みと、大幅な時間の戻りはなんだったんでしょうか? 

世の中にはあるか無いかを証明出来ない物や出来事があります。 
運命もその中の1つと思ってます。
自分は運命は無いと思ってます。 
今回の事が時間が戻たとして、同じ行動しか出来なかった事を考えると、
運命はあると思わせるのに充分ですが、時間が戻ったと証明は出来ません。 
リアルな予知夢かもしれません。 
何より、1回目と2回目とでは、自分の考えが違うのです。 
運命があるのなら、考えも一緒なのでは?と思うようにしました。 


この話は、彼女を含め友達が集まった時に話しました。かなりの論争を巻き起こしました。 
その時に1人の女の子が、
「前、○○に会った時に、A(自分)は思い出せなかったよね。その時は時間が進んでたんじゃない」
人との出会いは、記憶の中でもかなり残ってると思うのですが、 
自分は○○ちゃんの事は覚えてたのですが、出会いが覚えてなかったのです。 
1回目に会った時と2回目とでは2ヶ月も経ってないって事なのですが、出会いを覚えてませんでした。
でも○○ちゃんの事は知ってました。 
1回目の時には一緒に飲んだらしいのですが覚えてません。 
その時は不思議だなと思ってましたが、旅行の事である結論を出しました。 
『時間が進んだり戻ったりする事はあるが、自分には認識が無い』
今回の旅行の時は偶然認識しただけ。なんの偶然かは分かりませんが。 

皆様も、会った事ある人だなと思うけど、誰か思い出せない時。
知っている人だけど、出会ったのがいつか分からない時。
記憶が本当に無いのなら、時間が飛んでるかもしれません。 
自分が認識してないだけで。戻ってる事も含めて。

「404号室を借りたいのだが・・・・」 
そのおかしな奴は言った。 
妙な注文を出す奴はよくいるが、こいつはその中でも注文も外見も飛びきり風変わりだった。 
顔は浅黒くて、背はひょろんとしている。声は無理やりしぼりだしているようなかすれ声だった。 
おまけにこの暑いのに全身真っ黒なコートにくるまってやがる。 
「えーっと、何度も説明致しました通りですね。このビルには404号室は存在しないのです。 
 縁起が悪いとオーナーがおっしゃってましてですね。こちらのように」 
と言って、私は見取り図を見せた。 
「403号室と405号室の間に部屋はありませんのです」 
これを説明するのは何度目だろう。 
「知っている・・・404号室がないのは知っている。でも借りるのだ」
こいつは白痴だろうか?それともどっかのやくざが因縁付けに来たのか?冗談じゃない。 
こっちはまっとうに商売してきたつもりだ。
「何度も説明したとおりですね。ないものはないので、貸しようがないのですよ」
「それは分かっている。
 金は払う。そちらは404号室を貸すと言う書類をつくって、私と契約してくれればそれでいい。部屋はなくてもいいのだ」
こいつは、気違いだ。間違いない。私は堪忍袋の緒が切れて声を荒げてしまった。
「おい、あんたいい加減にしないと警察を呼ぶぞ。冷やかしならさっさと出て行けよ」 


騒がしくなってきたことに気づいて所長が事務所の奥からのっそり出てきた。 
むかっ腹が立っていた私は所長にいままでの経緯をまくし立てた。
私から全ての経緯を聞いた所長は、
「お客様、詳しいお話をお聞かせ願えませんでしょうか」と言うと、今まで私の座っていた椅子に座り妙な客と話し始めた。 
「あ、申し訳ないが君は席をはずしてくれないか?」 
まあ、所長の好きにさせるさ。手に余るに決まってる。無い部屋を借りようだなんてバカな話は聞いたこともない。
私は事務所の奥に引っ込み、所長がいつまで我慢するのかみてやろうと、聞き耳を立てていた。 
「いや、うちのものが失礼致しました・・・」 
などと所長が謝っているのが聞こえたが、やがてひそひそ声しかしなくなった。


いつ切れるかいつ切れるかと30分も待っただろうか、うとうとしかけたころ、 
「おい、君。話がまとまったぞ」
所長に声をかけられた。
「このお客様に404号室をお貸しする」
バカかこの所長は?この夏の暑さで気でも狂ったのか。 
「でも所長。ないものをどうやって」 
「いつものとおりだ。書類を作って手続きをとる。お互いに404号室については納得済みである。 
 なんの問題もない!!」
大ありですよ。 
「オーナーにはなんと言うのです」 
「さっき、確認をとった。家賃さえ払ってくれるなら細かいことは気にしないそうだ」 
めちゃくちゃだ。 
「役所にはなんと」 
「無い部屋なんだから、報告する必要はない。黙っていればいい」 
それでも所長か。 
「問題は全て片付いたようだな・・・・では書類を作ってくれ。金はここにある」 
黒尽くめの男が陰気な声で言って、手元のかばんを開けると札束を取り出した。 
「はい。直ちに作りますので、少々お待ちくださいーー。ほら君早くして!!」 
ご機嫌なった所長に言われて、私はしぶしぶこのバカな話に付き合った。
書類を作り奴にサインを求める。奴め、手まで真っ黒だ。
妙な筆跡で読みづらいが、名は『Nyaru・hotep』とか言うらしい。

手続きが終わると、 
「では、邪魔したな。これから引越しの準備があるのでこれで失礼する・・・」 
そいつは事務所から出ていった。 

「所長、おかしいですよ。どう考えても。変な犯罪に巻き込まれたらどうするんです」 
「変でも変でなくてもいいんだ。金を払ってくれるんだから別にいいじゃないか。 
 無い部屋を借りようなんてよく分からんが、まあ世の中にはいろんな人がいてもいいだろう」 
「でも引越しとか言ってましたよ。どっかの部屋に無理やり住み込まれたらどうするんです」 
「そうしたら追い出すだけさ。貸したのはあくまでも404号室だ。404号室ならいいが、それ以外はだめだ」 

それから一週間後。 
退去者がでるので、件の貸しビルへ明渡と現状の確認に訪れた。
一週間前のことを思い出して、4階の様子もみてみようと思ってエレベータで4階に行くと・・そこには404号室があった。 
大方、例の奴がどこかの部屋に無理やり住み着いて、部屋のプレートを書き換えてるんだろう。 
所長め、やっぱり厄介なことになったじゃないか。 

ベルを鳴らすと真っ黒の奴が部屋の中から現れた。 
「ああ、この間の方か・・・、何か用かな?」 
「おい、あんた何をやってるんだ。借りるのは404号室と言う契約のはずだぞ」 
「見ての通り。404号室だが。何かおかしなことでも?」 
すっとぼけてやがる。 
「ふざけるなよ。そういうことをすると警察の厄介になるぞ。早く荷物をまとめてでていけ」 
「残念ながら、君の考えているようなことはしていない。よく確認して見たまえ」 
私は4階の部屋の数を数えた。見取り図では401から405まである。
そのうち404号室は存在していないわけだから4部屋あるわけだ。部屋が4つだからドアも4つ。単純な計算だ。 
しかし、ドアはなぜだか5つあった。
「そういうわけだから、お引取り願おうか・・・」 
奴にバタンとドアを閉められたが、こっちはどうしても納得がいかない。 
やけになって他の全ての部屋にあたってみることにした。 


401号室の住人 
「え、404号室はなかったんじゃなかっったって?
 んーーそういえばそんな気もするけど、今あるってことは最初からあったんだろう」 
402号室の住人
「404号室ですか。確かに最初はありませんでしたよ。いつのまにか出来て人がすんでるみたいですね。
 ちょっと変だけどまあ、特にこっちに迷惑がかかるわけでもないし・・・」 
403号室の住人 
「お隣さん?引越しの時に挨拶したけど別に普通だったよ」 
405号室の住人  
「隣の方ですか?黒ずくめでかっこいいですよねえ。俳優さんかな」 
どういうことだ。他の階に行ってみると全てドアは4つだ。
4階だけ5つあるってことは、404号室の分だけどっかから沸いて出てきたってことになるじゃあないか。
管理人にも聞いてみよう。 
管理人 
「404号室に引っ越すって言ってきたときはなんかの間違いだと思ったけど。
 あの人と一緒に4階に行ったら本当にあったねえ。
 びっくりしたけど、世の中はいろいろあるからねえ。 
 書類もきっちりしているし、オーナーも承知だし何の問題もないだろう」 
「何か変わったことはないですか?」 
「お客さんが多い人みたいだよ。妙にのっぺりした顔の人が多いね。
 前に仕事を尋ねたときがあるけど、相談所なんかをしてるみたいだよ。お国の人の悩みを聞いてあげてるそうだよ」 
隣の部屋のやつらも管理人ももっと不思議がれよ。都会人が他人に無関心というのは本当らしい。 

もう一度4階に行ってみようと思い、奴の部屋のベルを再び鳴らす。 
「また、あなたですか・・・いい加減にしていただきたいな」 
「ちょっと、部屋の中を見せてくれないか」 
「断る・・・私は金を払ってこの部屋を借りている。あなたに勝手に入る権利はない・・・」 
その通りだ。しかし、どうしても我慢できない。無理やり中をみてやろうと、奴を押しのけるように部屋に入ろうとした。
そのときゴツンと何も無い空間に手ごたえが合った。 
なんだこれは。何も無いのにまるで防弾ガラスでもあるようだ。 
「部屋は用も無いものが入ることを許さない・・・」 
「私は管理会社のものだぞ」 
「だからと言って無断に立ち入る権利はない・・・」 
くそっ。その通りだ。
奴と問答していると、エレベータが開いて人の声がした。 
「お、ここだここだ。え-404号室か。あ、こんにちはー、ご注文のものを届にきました」 
「待っていた・・・。この部屋だ。運び込んでくれ」 
「はい、わかりました」 
そう言うと業者は、私がはじかれた空間を何の抵抗も受けずに通り抜け部屋に入っていった。 
「おい、どうしてあいつは入れるんだ」 
「彼は荷物を届けるのが仕事であり、ゆえに部屋に入らなければならないからだ・・・」 
筋は通っている。なんとか私も用事を考えようとしたが、駄目だ。何も思いつかない。 
この場は引き下がるが、絶対に部屋の中をみてやる。
どんな手品かしれないが、タネは絶対にあるはずだ。そのからくりを暴いてやる。 


それから仕事も手につかなくなった。
なんとか奴に一泡吹かせてやろうと色々考えたが、どうしても用事が思いつかない。 
「君、最近ふわふわしているがどうかしたのかね」
所長に声をかけられた。 
「あ、実は」と、今までの経緯をすべて話すと。 
「ふうむ、君それはいけないよ。お客様のプライバシーに踏み込むようなことはしちゃいけないなあ」 
「でも、奴は住んでるんですよ。404号室に」
「確かに不思議だが。しかし家賃はしっかり払ってくれている。管理会社としてそれ以上なにを望むんだね」 
「妙だと思いませんか」
「思わんね」 
「何故」 
「金は払ってくれているからだ」 
埒があかない。 
「お客様に迷惑をかけたりするようなことがあれば、君の査定にも影響してくるぞ。
 さあ、くだらないことに迷わされていないで、しっかり働くんだ」 
くだらない?くだらないことか?所長も管理人も他の住人もどうかしてる。 

しかし、遂に私の疑問も解ける時が来た。
一ヵ月後のことだ、 
「ああ、君。こないだの404号室の方が退去されるそうだ。明渡しに立ち会ってくれ」 
やった。とうとう用事が出来た。これはケチのつけようがない立派な用事だ。 
退去する時とは残念だが、必ずタネを暴いてやる。 
「くれぐれも失礼なことはするなよ」 


404号室のベルを鳴らす。 
「やあ、入らせてもらうよ」 
ドアが開くや否や足を踏み出す。よし!今度ははじかれることもなくすんなりと部屋に入れた。 
こんなにあっさり入れるとちょっと拍子抜けするほどだ。
「はやく確認をすませてくれないか・・・」 
黒ずくめのゴキブリがなんか言ってるが知ったことか。私はとうとう入れた部屋の中をじっくりと確認した。
何かおかしなことはないか、どこか妙なところはないかと必死に探した。
しかし小一時間も探したが何一つ妙なところはない。ごく普通の部屋だ。
私はすっかり困り果ててしまった。 
「参った。降参だよ。いったいどうやったのか本当に知りたいんだ。教えてくれないか」 
「なんことだ・・・」 
「この部屋だよ。どうやって一部屋余分に繰り出したんだ」 
「私は何もしていない。契約だから部屋が出来た。契約終了と同時に部屋は消える・・・・。 
 もう確認は済んだだろう。私は帰らせてもらうが、あんたはどうするんだ」 
すっとぼけやがって。何が契約だよ。うまいこと言いやがって。
きっと何か秘密道具でもしかけてあるんだろう。何がなんでも探してやる。 
「ああーーいいとも。確認は終わったよ。きれいなもんだ」 
「一緒に帰らないか・・・」 
こんな薄気味の悪い奴と並んで歩くのなんてまっぴらだ。 
「クク・・では、お先に・・・」 
そう言うと奴は部屋を出て行った。 


それから奴が帰ったあともひたすら部屋の中を探ったが何もわからない。
気が付けば外も薄暗くなって、どうやらもう夕方のようだ。 
「一旦帰るか」 
私はドアを開けて帰ろうとした。が、ドアが開かないのだ。カギをいじくってもだめだ。 
嫌な予感がして窓を開けようとした、これも開かない。ベランダにも出れない。 
ふと時計を見る、午後3時。なのにどんどん暗くなっていく。 
外から歩く音がする。4階の他の住人が廊下を歩いているようだ。
ドアをたたき、「おーい、開けてくれ」と叫んだ。
住人はまったく気づかず通り過ぎる。 
そもそも何で外が薄暗いんだ。今はまだ3時なのに、なんで暗くなるんだ。 
外を見ると今までの光景と全く違っている。今までは外に見えていたのは、普通のどうってことない町並みだ。
なのに今外には何も見えない。真っ暗な空間がぽっかりあるだけだ。 


それから半年が過ぎた。 
奴の言葉が思い出される。
『契約終了と同時に部屋は消える・・・』
もしかすると、部屋は消えたくないんじゃあないのか。
契約終了ってことは、つまり私が現状確認をしてこの部屋を出ていくことだ。
つまり私がこの中にいるかぎりこの部屋は存在できる・・・。 


部屋は私を死なせたくないようだ。備え付けの冷蔵庫の中にはいつも食料がたっぷりだ。 
どういう仕組みか水も出るし、電気も通っている。 
ここから出たい。私は一生このままなのだろうか・・・・・・・

高校生の男の子なんだが、ある時突然、視界を妙なものが横切るのを見た。 
それ以来、時折、黒い影や光のようなものを見ることが多くなった。 
家族に訴えたが、だれも相手にしてくれない。
それどころか、母親などは叱りつけたらしい。 
というのも、この男の子は日頃からオカルトっぽいものが大好きで、心霊番組なんかもマメにチェックしていたらしい。
だから母親は、
「あんな下らないものばっか見てるから、変なこと考えるようになるのよ!」って怒ったわけだ。 

そのうち彼は、変な頭痛や体のだるさを感じるようになった。 
母親はますます怒った。
「馬鹿なことばっか言って、グズグズ怠けようとして。もっとちゃんとしなさい!」 
そんで、彼のコレクションをムリヤリ棄てて、毎日たたき出すようにして学校に送りだした。 

ところが、その後しばらくして、男の子は学校で倒れて病院に運ばれた。
診察の結果、脳腫瘍が発見されたそうだ。 
医者に、
「息子さんは、変調を訴えてはいなかったのですか?なぜもっと早く、病院に連れてこなかったのですか?」
と言われた母親は、号泣していたそうだが。 

日頃からオカルトな言動をしていた息子が悪いのか。 
子供の話をちゃんと聞かなかった母親が悪いのか・・・

関東地方の地方鉄道に乗って通勤していた人から聞いた話です。 

その人はN市という始発駅から通勤しているのですが、営業区間が短い私鉄で、乗車時間は20分ほどもないのです。
珍しく車内で座れたため、そのままウトウト寝てしまいました。 

目が覚めると、乗っている車両は同じで、あたりは見知らぬ田園風景の中でした。
その人はボンヤリしながら、 
『知らないうちに支線ができて、間違って乗ってしまったのかなぁ・・・』
と、余り深く考えないで乗り続けました。
隣に座っていた老夫婦の話を何気なく聞いていると、 
「・・・そういえば、お前にもずいぶん苦労かけたよなあ」 
「いえいえ、そんな気にしないで」と、なにやら会話をしています。
目の前に立ってる女子高生たちも、 
「そういえば、もう少しいろいろな所いきたかったよねー」 
「なんか残念よね」と話しています。 

しばらく走っていくと、
旧字体の漢字が7~8文字くらいあるような難しい名前(本人いわく覚えていないそうです)の駅に停まりました。
そこで3~4人降ります。
田舎の無人駅で、車掌が切符を受け取ると、電車は再び発車。
降りた客は、田圃の一本道をずっと遠くまで歩いていきます。 
『朝に仕事もしないで、どこに行くのだろう・・・?』
不思議に思いながら、電車から眺めていました。

同じようにしばらく走っていくと、不思議な駅名の駅が現れ、そこで数人づつ降りていきます。 

やがて日暮れになり、すっかり夕方になってきました。 
(その人の記憶では、電車は明かりも付けずに、夕日の中を走っていたそうです)
そのころには隣の老夫婦もいなくなり、目の前の女子高生もいなくなり、満員電車も2~3人しかいなくなりました。
まるで地方のローカル線のように、暮れゆく田園の景色の中を走っていきます。 

(夢うつつとはいえ)その人もさすがに『会社にいかなくちゃ』と、どこかで思ったのでしょう。
車掌に聞きに行きました。 
「あのーM駅には、いつ着くの?」 
車掌はこう答えました。
「お客さん、切符みせてください」 
(彼は定期券だったのですが)なぜか切符を探してしまいました。
しかし、いくら切符を探してもみつかりません。
すると車掌が激怒しました。 
「お客さん!!切符無しに乗り込まれちゃこまるんだよ!
 この電車は貸切りなんだから!早く降りてくれよ!!降りろ!」 
彼は車掌に襟首を捕まれ、車内をひきずられます。 
車掌は走行中のドアをガラガラっと開けると、その人を車外に放り出しました。
彼は列車から放り出されると、丁度そこは川をまたぐ鉄橋で、真っ暗の中を落下して行きました。 

「・・・おや?ここは」 
 
それが第一声だったそうです。
気が付いたとき、その人はある市立病院の病棟にいて、鼻や気管に何本も管を差し込まれた状態で、
時刻はもう夜の9時頃だったそうです。
その人が乗った列車は、駅の停車場に激突して、多数の死傷者を出した列車だったのです。
彼は朝から意識不明で、危篤状態からようやっと生還したのです。 

いまから10年ほど前、関東近郊のある鉄道で実際にあった事故です。
この時の生還者の貴重な話でした。

ちょっと色々あって書ききれないので、本当にもう嫌だ!
と思った出来事をメインに書くことにします。 

今から10年以上前ですが、とある地方都市のはずれの町に住んでいました。 
その町自体は小さくないのですが、私の住んでいた地域は畑やら田んぼやらが多く、
人口密度が低いというか、同じ町内みたいなものが10数件しかないのです。 
急な引越しでなかなかいい物件が見当たらなかった為、夫が通えればいいかと、
その時はあまりそういうことは気にしませんでした。 
ただ、実際引っ越してみると、それまで都会育ちだった私は、
その町というか、地域の雰囲気になかなかなじめませんでした。 

まず、プライバシーというものゼロ。 
平気で他人の家に断りなしに入るし、何かあると近所一帯に筒抜け。 
例えば、どこどこのだれだれさんちの娘が、お見合いで逃げられたとか、喧嘩したとか、
挙句の果ては、だれだれさんがこの前立ちションしてたとか… 
ですが、うちまでそんな噂の材料になる気にはなりません。 
家の窓とカーテンは昼間でもなるべく閉めるようにして、
音楽聞いたりテレビ見るときも、ボリュームを極端に小さくしたり、
もちろん、他の人と表面上は仲良くやってはいたのですが、つねに心が休まるときがありませんでした。 

そこに住んでいたのは一年と少し。
その間に色々事件がありましたが、そこは省かせていただきます。 
私がその町を越すことになった、きっかけとなった事件のことを書きます。 


ある日、私と夫は、ちょっとした旅行に行く計画を立てていました。 
この町を離れて少しのんびりしたい、という私の希望から、無理に夫に連休をとってもらったのです。 
1日目、2日目は、温泉などに入りなかなか楽しめていたのですが、
3日目に、夫がどうしても仕事上会社に行かなくてはならなくなってしまいました。 
私もさすがに一人で旅行を続ける気はありませんでしたし、また後日行こうという話になったので、
急遽、家に帰ることになったのです。 

家に帰った私は、何かおかしいと違和感を感じました。 
別にぱっと見いつもと一緒なんですが、
よくよく見ると家具の位置が微妙にずれていたり、確かにしまってあった本などが床に置いてあったり…
私の記憶違い、と言ってしまえばそれで終わりなのですが、この町のことを考えると妙に気味悪く思いました。 

色々な部屋をチェックしつつ、掃除していたその時です。 
玄関のドアが開く音がしました。 

時間はまだ午後2時くらいです。
夫が帰ってくるには随分早すぎるな、と思いながらも、「何かあったの?」と言って玄関に出迎えに行くと、
なんとそこに居たのは、二つ隣に住んでいる奥さんでした。 
一瞬、二人とも固まってしまいました。 
すると奥さんが早口で、
「あらお帰りなさい!玄関の鍵が開いていたものだからどうしたのかと思って。本当用心しないとね」 
のようなことを言って、そそくさと出て行ってしまいました。 
奥さんは鍵が開いていたと言っていましたが、そんなはずはありません。 
私はもともとそういうことを忘れないほうですし、そもそもこの町に来てから必要以上に気を使っています。 
まさか…そんなわけは・・・という疑問とともに、
今まであったことや、旅行から帰ってきたときの家の中の微妙な差異。 

とにかく、私たちはそれから半月ほどで引っ越しました。 
その時の家よりずっと狭い、アパートみたいなところになってしまいましたが、前の家よりもずっと落ち着きます。
あの時のことは、今思い出しても本当に嫌な気持ちになります。

私の田舎では『コケシ』のことを『コッケさん』と言って、コケシのような呼び方をすると、大人にそうとう怒られました。 
中学生に上がりたての頃。半端なエロ本知識で『電動こけし』という単語を知った。
クラスの友達がコケシコケシと連呼してるのを指副担に見つかり、バカスカ殴られてました。 
大学に入って初めて知ったのですけど、指副担(シフクタン)なんていう役職は、ほかの地域にないんですよね。 
あ、指副担というのは、生活指導副担という意味で、別に何の教科を担当してたわけでもないです。 
野球部のコーチみたいな感じで、毎日学校には出てくるのですが、
だいたい用務員室で茶飲んで、定時前には帰るような感じでした。 
学校行事の中で踊りみたいなものは、指副担の先生が指揮をとってました。 
運動会で必ず、メイポールの祭りみたいな踊りを伝統的にやらされてたのですが、これは指副担の先生の独壇場でした。
列が乱れたり、ポールから引いたリボンがたるんだりすると怒るような。組体操よりぜんぜんこっちが大事でした。
体育教師の数倍ヤな感じでした。


高校に入って、地元の青年会に入ると、コッケさんのあらましは聞かされるのですが、
それもまぁ、コッケさんという地神さんは伝統だから行事は守らないといけない、みたいな感じの話で、要領を得ません。
地域に大きな寺社や宗教施設がないし、中学高校にもなると、さすがにいろいろヘンな噂が立ってました。 
・**中学の裏にある井戸が本尊で、毎年一人生贄にされる。
・高校出て町に出るときは、井戸に後ろ髪を納めさせられる。
噂は噂でしたけど、実際私がいたころは、後ろ髪を伸ばした奴が多かったです。
単なるヤンキーだったのかもしれないですけど。今は帰らないのでどうかわかりません。 

今、同郷の女の子が近くのマンションに住んでて、その子の叔父さんが指副担やってたんですけど、 
このスレでコケシの話題が出てたので、なんか関係ありそうだったので聞いてみました。 


私たちがコッケと読んでいるのは『固芥』と書くらしいです。 
明治に入ってすぐのころ、
飢饉と水害の土砂崩れで、村が外部との交通が遮断されたまま、ひと冬放置されたことがあったそうです。 

十二月二十八日のこと。(旧暦かどうか不明)
知恵の遅れた七歳の子供が、
村の地区(どの地区かは教えてくれませんでした) の備蓄の穀物を、水に戻して食べてしまったそうなのでした。 
その子供は、村の水番が妹との間につくった子供で、
(本当かどうかはわかりませんが、水車小屋のような場所があったので、すぐそういう性的な噂が立てられた) 
水番が罪を犯すと、翌年は日照りになるという迷信がまだ残っていました。 
水番は責任感が強かったので、子供を殺して村に詫びようとしたそうです。 


実際『子供を殺せ』と書いた無記名の手紙を投げ入れるような嫌がらせが、すぐ始まったそうです。 
水番に不利に扱われていた家も多かったし、
実際、穀物の管理責任は水番にあるので、そういうのが起きても仕方ない状況ではあったそうです。 

年明けて一月二十八日の深夜。 
いくら何でも水番が自分の息子を殺すのを容認はできませんので、
このことは村全体で考えよう、と談判していたところだったのですが、 
水番の妻が泣きながら世話役の家に走りこんで来て、「亭主が首を括ったので来てくれ」と言うのです。 


水番の家に行くと、井戸の上に『井』の字に竹を渡して、そこから首を吊るすようにして絶命している水番がいました。 
あまりの酷さに世話役たちが顔を背けていると、くだんの息子が傍らから世話役の袖を引いて、
「みましたか!みましたか!」と、目をらんらんと輝かせて尋ねるのだそうです。 
この子はもはや正気ではないとはわかっていました。 
が、当時の解釈では、これは水番の相反する気持ちが、
子の魂は滅ぼしても子の肉体は母のために生かしておいてやりたい、という願いになり、 
親子の魂が入れ替わったのだ、というのが支配的でした。 
間引きのために子供を殺したことはありませんでしたが、 
このとき村で初めて、この子供を殺そうという結論が出たのだそうです。 

横糸を斜めに織った長い綿布で首を包んで、布に少しずつ水を吸わせて、
誰も手をかけないうちに殺そう、ということになりました。 
しかし、そこは素人考えですので、首は絞まってもなかなか絶命しません。 
子供は父と同じ顔で、「誰じゃ、食ったのは誰じゃ」と声を上げていました。 


恐れおののいた村人は、父が死んだのと同じように、井戸に竹を渡してそこから子供を吊るしました。 
ものすごい形相でにらむので、まぶたの上から縦に竹串を通しました。
子供は数日糞便を垂れ流して暴れたのち、絶命しました。 

その明けた年は、飲み水から病気が発生し、多くの人が命を失いました。 
さらに、本当に穀物を食ったのがこの子供ではなく、世話役の十三になる子供だったことがわかったのだそうです。
このとき、世話役は躊躇なく我が子を同じ方法で吊るしたのだそうです。 
あくる年の、一月二十八日のことだそうです。 

「というわけで、一月二十八日はコッケさんの日になったんですよ」 
「はー、なるほど。命日なわけな」 
うちで飯を食べてもらいながら、彼女(指副担の姪っこ)に教えてもらいました。 
「だから固芥忌(コケキ)っていうのが正しいんですよ」


「運動会の行事も、意味わかると、ひどいね」 
「…村人全員で子供をシめる儀礼ですからね。本来、こういう形でやさしく弔ってあげたのに、という偽善ですよね」 
「うん」
(運動会の踊りは、メイポール Maypole の祭りに似てますので、
 知らない人は検索してもらうと、どういう形なのかわかります。中央のポールが子供です) 


「…あとですね、これ、私一人で気づいたんですけど」 
彼女はペンを取って、チラシの裏に『芥』の字を書きました。 
「おお、28やん。オレも今気づいた」(くさかんむりと、その下の八の字で、二十八と読めます)
「え?」 
彼女はきょとんとしていました。 
「いやだから、にじゅうとはちで、その命日を表してるんでしょ?」 
「…ほんとだぁ」 
「え、違うの?」 
「いや、そっちが正しいんですよねたぶん」 
「何よ、教えてよ」 
「いや、いいです」 

しばらく押し問答した末、彼女は折れて、文字を書き足しました。 
「これね、縦書きなんですよ」 


固 
芥 

「目をつぶされた子供が、竹の枠に首から下がってるの、わかるでしょ?」


ヤな風習ですけど、建前上秘密ですので、それらしい集落に行ってもコッケさんのことは聞かないでください。 
指副担は昔の水番の一族がやってるっていうのは、上の文章でなんとなくお分かりになられたと思いますけど、
経緯が経緯だけに、近親婚をやたら気にするんですよ。 
もとから村の中はみんな従兄弟みたいな感じなんで、
指副担にはなるだけ事情を知ってるよそ者の血を入れよう、ということになってるみたいです。 
あんまり訳知り顔で聞くと、村から出られなくなると思います。

幼いころの、自分としては洒落にならない話です。 
と言っても、はっきりしない記憶なのですが。 

確か夕方だったと思うのですが、私は一人で留守番をしていました。 
しばらくテレビを見ていたのですが、そのうちすっかり飽きてしまい、なんとなく窓を開けて外を眺めました。 
すると、突然アパートの隣室の窓が開いて、女の子が半ば体を乗り出すようにして顔を覗かせました。 
私より2,3歳年上らしい見知らぬその女の子と、何か会話をしたような気もするのですが、その内容は憶えていません。 
そのうち女の子は、「外で遊ぼう」と言い出しました。 
私は「ドアが開かない」と答えました。


すると女の子は、「窓から出ればいいのに」と言って、
笑いながらヒラリと手すりを越えて飛び降り、下の草むらにポンと着地しました。 
「早くおいでよ」と手を振っているのを見て、私も『なんだ簡単じゃん』と思って、続いて降りようとしました。 
その時、背後で悲鳴が聞こえ、次の瞬間、私は畳の上に投げ倒されてました。
見上げると鬼のような形相の母がいて、私はおしっこをチビリました。 
そこは3階でした。もし窓から飛び降りていたら、軽い怪我では済まなかったでしょう。 
年が経つにつれて、『あの時母の帰りがもう少し遅かったら』と思って、ゾッとするようになりました。 

ついでですが、アパートの隣室に子供はいなかったそうです。
私が「だって、さっき隣の窓から飛び降りた子がいたもん!平気だったもん!」と言い張るので、母が確認しに行ったのです。
隣室の老夫婦は、そんな女の子は全く知らないと言っていたそうです。 
お陰で私はウソツキだと叱られ、一週間のおやつ禁止が言い渡されました。(3日目に恩赦が出ましたが) 

もしかしたら、私の見間違いか、空想の産物なのかもしれません。 
でも、幼い子供が窓から転落して死亡した、というニュースを見るたびに、あの女の子のことを思い出してしまいます。 
幼い子供さんをお持ちのかた、どうか気を付けてください。
「もし窓の外で誰かに誘われても、ついていっちゃ駄目よ」と、念のために教えてあげてください。 
バカみたいかもしれませんが、でも万一ということがありますから。

私が体験した中で、一番不可解な出来事についてお話させていただきます。 
別に怖い話ではないのが恐縮です。すんまそ。 

今から3年程前の夏、友人達とキャンプに行きました。 
メンバーは私、A、Aの彼女のY、私とYの共通の友達Mです。 
場所は中部地方のとある山中です。Aが過去に一度行ったことのある所で、かなりの隠れスポットだという事です。 
大阪から出発し、京都を経て全員集まると高速に乗りました。それが8月10日です。 
キャンプは2泊を予定しており、帰宅予定は8月12日でした。 

高速を降りてからはひたすら田舎道を走りました。
山にさしかかるとだんだんと濃い霧に覆われてしまいました。 
ほとんど視界も無い状態です。それでも何とか車を停める所まではたどり着きました。 
道沿いにあるスペースに車を停め、そこから40分ばかり歩いたところが目的地ということです。 
しかし霧で視界が悪いので危険ということで、霧が晴れるのを待ちました。 
1時間ばかり車内で時間を潰しましたが、霧が晴れる様子がないので強行することにし、出発しました。 
ものすごい霧の中、徒歩で山中に入って行ったのです。 
歩く順番は先頭からA、Y、M、私の順です。
30分ほど歩いたところで休憩にしたのですが、その時にAが私にボソっと「道間違えたかも」って漏らしました。
私は冗談まじりに「勘弁してくれよ~」などと返しました。 
するとAが更に言います。
「30分も歩けば川沿いに歩く道になる。でも未だに山の中って感じやん・・でも分かれ道なかったしなぁ」
私が「霧で歩くスピードが遅くなってるからやろ?」と言うと、
Aは納得したようで引き返し確認せずに、このまま進むことにしました。 
それからまた30分程歩いた所でやっと川沿いになり、霧も晴れてきました。Aもみんなもホッとしたようです。
そしてもう少し歩き、河原に出てテントを張りました。
霧が完全に晴れるととてもきれいな場所だということがわかります。そこで2泊して楽しく過ごしました。 

次の日は快晴だったのですが、最終日は朝から雲が厚くどんよりしていました。 
雨が降る前に準備して出ようって事で、急いで帰り支度をして歩き始めたのですが、また濃い霧に覆われました。 
行きの時と同じように1時間強歩き、車に戻ってきたのです。


そんなこんなで車を走らせ高速に乗って順調に帰ってきました。
しかし、地元のインターを出たときに気づいたのです。 
高速の伝票の日付が8月11日なのです。私が運転してたのでほかの者はそれをみてないのですが・・・ 
まあ機械の故障だろうと思っていたのですが様子が違います。 
高速を降りたときに女の子の一人が自宅に電話をかけてたのですが、親と電話でもめています。 
電話を切った後、何かあったのか聞いてみると、
「帰ってきたよ」って言ったら「予定繰り上げたのか?」って言われたらしく、
「何で?」って言うと、「一日早いじゃない」と言われたらしいです。 
「そんな事ない」と反論していたのを聞いていた我々は、その子が嘘を言ってるのではないとわかりました。 
そして全員の携帯をチェック、私の携帯は8月12日・・・Y、Mの携帯も8月12日・・・しかしAの携帯は8月11日なのです。 
なんか車内が不穏な空気になりました。「何?」「何で?」「どういう事や?」といった感じでした。 
私は先程受け取った伝票の事を思い出してみんなに見せました。 
「うーん確認が必要やな」と思った私は、コンビニがあったのでそこに停めて、
コンビニの店員に「今日って何日でしたっけ?」と聞くと、「11日っすよ~」と返ってきました。 
コンビニにあった新聞もチラっと見ると11日です。
電話も色々かけて聞いたりしました。やはり11日です。 
つまり我々が8月10日に出発して2泊して返ってきたのに、今日は8月11日といった現象・・・
女の子達は意味がわからず泣き出したりしていました。 
私はふと思い出し、みんなに携帯をキャンプ中どうしていたか尋ねました。
すると、A以外は持っていってたのです。Aはどうせ圏外だからといって車に置いていたとの事。
我々の結論としては、あの霧が我々をアウターゾーンへと導いたのでは、ということになりました。 

結果的にお盆休みが一日延びたからラッキーだったのかな?ですが、
その後しばらくはその話を他の誰かにする度に電波扱いでした。 
もちろん最近は誰にも話してません。ですが2ちゃんなら、と思い書きました。

うちの祖母は大正生まれ。 
昔は不思議な事がよくあった、という。 
祖母が子供の頃、実家の隣家は、ただの鍛冶屋にしては妙に羽振りがよく、何かと因業な性格の一家だったので、
悪い事して儲けてると噂があったらしい。田舎特有のねたみもあったんだろうが。 
その家には祖母より4歳年長の末娘がいて、よく遊んでもらっていたが、ある時から全然姿を見せなくなった。

色の白いきれいな子だったので、女郎に売ったとかいろいろ噂になったんだが、ほんとの事はわからなかった。 
ある日祖母が隣家との境で遊んでると、鍛冶場の二階の窓から隣家の末娘が覗いている。
あ、なんだやっぱり家に居たんだなと声をかけた。


すると、娘は顔を突き出したんだが、なんだか変だ。 
首が不自然に細く長い。 
窓の狭い隙間からひゅるっと首をのばして、目をきょろきょろさせて。 
嫌な感じがして、祖母は慌てて家に入った。 

後でわかったが、末娘は親戚に預けられていたが、預けられた次の日に首をくくって死んだ。心の病気だったらしい。 
その一家は今でも隣に住んでいるが、先日電話した時、母がいうにはおじさん(娘の甥にあたる)が入院中との事。
見舞いに行ったところ、帰りしなに、
病院の窓から首を突き出し目をきょろきょろさせてこちらを見ていて、気味が悪かったと言った。 
なんだか良く分からないけど、ゾッとした。

結婚式の衣装合わせのことで都内の某有名ホテルに行った時、ロビーで中学の同級生に会った。 
当時すごく痩せていて病弱で暗かった人だったが、ふっくらと普通の人になっていて、
よく笑い、よくしゃべるのでちょっと驚いた。
もっと驚いたのは、ホテルのスイートに泊まっていると聞いたこと。
「上でお茶でもとろう」と言われるままに上階へ。
すごくいい部屋で、宿泊というより暮らしている感じだったが、「どうして?」と聞いても笑って答えない。 
こう言っては何だけど、彼女はホテルらしからぬ普段着で、とても浮いた感じがして、とても不思議だった。 

ルームサービスでお茶とケーキを頂き(彼女の奢り)、そろそろ帰ろうという時、
彼女がふと「いいもの見せてあげる」と言って、奥のベッドルームに連れていかれた。 
カーテンが引いてあって薄暗く、医療器具のカートみたいなものが置いてあり、
ベッドに裸で髪の長い女の人がむこうを向いて座っていた。
いまだに混乱して記憶が曖昧なのだが、大きなオムツをしていた様な気がする。
汚れた脱脂綿みたいなものが部屋中に散らばっていて、その人は片手が肩の下のところから無かった。
呆然としたまま部屋から押し出されたが、「あの人は誰?」と尋ねても、「知り合いなの」と笑うばかり。
急に自分が彼女の事を全く知らない事に気がついて凄く怖くなり、しどろもどろに別れの挨拶をして逃げ帰った。
彼女はあたふたする私を楽しんでいる様な感じだった。
その後、何度もそのホテルに行かなければならなかったが、もう一度彼女を訪ねる勇気はとてもなかった。 

あれからいろいろ考えたが、
もし彼女が何かの犯罪に関わっていたなら、わざわざ碌に知らない私に知らせるわけはないし、
何かの事情があったんだと思う。 
彼女は一人っ子で、以前お母さんと住んでいたアパートはもう取り壊されていてない。
ベッドルームにいた女の人は、どう思い出してもお母さんではなかったように思う。若い女の人だったとしか思えない。

怖いというか不思議というか、変?な話。

何年か前、母方の叔父の家に引越の手伝いにいきました。
引越といっても、家財道具などのものは業者に頼んで運び済みなので、
主に捨てるものとそうでないものの区分分けってヤツです。
捨てるものは、はっきりいってそのまま(家を壊したときに業者さんが処分してくれる)。
捨てないものは、どこかへもっていくって手筈ですね。
叔父と私で倉庫の中であーだこーだ言いながらやってました。
そしたら出てくるわ出てくるわ、お宝の臭いプンプンするものが。
古い掛け軸やら壷なんかの陶器、巻物みたいなやつとか。
母方の家系は京都に昔住んでいたようで、古都のニオイがプンプンするお宝♪お宝鑑定団に出してもよさそうなものばかり。
(つってもかなり保存状態の悪いものばかりなので、値段は期待できないけどね)
さすがにこれらのモノは捨てられないってことで、ワゴン車につめこみました。
あとは古いおもちゃや、時計なんかのオブジェとかばかりでゴミケテーイ。

それでお宝の整理してたんだけど、その中に木箱に入ってた刀剣があったんです。
脇差しっていうんですか?時代劇で侍が2本くらいさしてて短めの刀のほうのヤツ。
すげーなーって感じで袋からだして刀を眺めてたら、
叔父さんが「そんなの欲しいならやるぞ?」って言ってくれたもんだから、もらってしまいますた。 


ちょっとチラシを刃にあててみたところ、スゥって感じでスパスパ切れました。
「本物じゃん、いいの?」
「いいよ。親父(祖父)から代々受け継いでるものらしいけど、
 ウチは娘ばかりだから、お前らのどっちか(俺か兄)にやるのがいいだろう?」
意外でした。
母方の家系は京都で侍をしていた話は聞いていましたが、こんなワザモノがうちの家系につたわっていたなんて。
保存状態がよかったせいかサビもなくいい感じ。
恥ずかしい話で、男ってやつはいくつになっても、こういうものが好きみたいです。えらいはしゃいでしまいました。
「売るなよ。一応、家宝ってことになってんだからな」
叔父の話に相槌をうちながらも刀を眺めていました。

その夜、ヘンな夢をみました。
なんか集合墓地のようなところで、木のお墓(札)お坊さんがお経をあげていました。
そこへ3人の男がやってきて、お坊さんを惨殺してしまうのです。
3人の手にはそれぞれ、鍬、鎌、ナタをもっていて、鎌を持っているのが私でした。
お坊さんを叫び声ひとつ上げず、驚きの表情のまま殺されていきます。
私は他の二人が怖くて、さからえずに共に行動していました。

あまりに惨たらしい夢でしたので、夜中に目が覚めました。
汗をぐっしょりかいていました。 


それから2ヶ月くらいしたあと、兄とささいなことで喧嘩をしました。
あまりに頭に血がのぼったので、刀で切り殺してやろうと思いました。
ズンズン自分の部屋に歩いていって、木箱を開けて袋から刀を出そうとするところで、はっと冷静になりました。
「なんて怖いこと考えてるんだ、オレ・・・・」ってゾーっとしました。
それで少し考えることにしたんです。やはり手元に凶器があるのは、マズイ。
すこしカーッと来ただけで、こんな風に思えてしまうなんて。
アメリカなんかでは銃がどの家庭にもあるせいで、夫婦ゲンカでどちらかが撃たれることなんてしょっちゅうらしいですしね。
そう冷静に考えて、刀を屋根裏の倉庫の奥の奥にしまいました。
・・それに、刀を手に入れた晩に見た夢が気になっていました。
「・・・・もしかしたらこれは呪われた刀なんじゃないだろうか?」
そんな思いも少しあって怖かったんですね。
まー幽霊とか呪いとかって全く信じてないほうなんですが、万が一ってこともありますし。

ですが、刀をしまった晩からまたヘンなことが起きるようになりました。

天井からズル・・・ズル・・・・って、なにかを引きずるような音がするようになったんです。
音を聞いた感じでは、2,3キロぐらいの重量はありそうな音。
夜、寝静まってから聞こえます。母親も聞いたみたいです。
母曰く「あれはヘビだね」。
ゲーーーーー!やめてよ!!ヘビなんてキライじゃぁ!!!
「業者にたのんで駆除してもらってよ!」って私が言うと、
「ネズミを食べてくれるんだからいいじゃない」(ヘラヘラ
「毒蛇だったらどうすんだよ、うちは犬(座敷犬)がいるじゃん」
「天井に住み着くヘビはアオダイショウだから大丈夫よ」
といってむしろ乗り気・・・・・・
こちとら刀のこともあってけっこうブルーになってるのに。(つーかヘビ登場のタイミング良すぎ(涙)
よっぽど刀のことを言ってやろうと思ったけど、精神病院行きを恐れてやめますた。

とりあえず、這いずりまわる音が気になるので、天井裏の倉庫のあるセクションの部屋で寝ることにしました。
そこならヘビがはいずりまわらいので音はしないんです。
そんで、しばらくして母親も「ここんとこ音も聞かない」って言ってたから、安心してたんですね。


それである晩に居間でテレビをみてたんです。
そしたらいたんですよ。茶ダンスの間の茶筒が並んでるとこにさぁ!
たら~んて尻尾が淵からたれてたから気付いたYO!
白ヘビが!
白ヘビっていっても、色は黄色とうす茶色の中間色みたいで汚い色なんですね。
(さっきネットで調べたら、ジムグリてヘビもこんな色のいるね、それかも)
怖いっていうよりも、腹が立った!「なんでよりによって白ヘビなんだ!どんなタイミングだよっ!」って。
そんで母親が帰ってきたんでそのこと話したら、大喜び!
なんでも仕事先の知り合いの人が、
その人の家の側溝で死んでた白ヘビを、神主さんをよんで神棚つくって供養したんですって。
そしたらそこの会社、大儲けで、信じられないくらい忙しくなったって話を聞いてたんですって。
母の計算では、死んでるより生きてる白ヘビのほうがご利益あるだろうって!?
もうね、バカかと、アホかと。

それで、その白ヘビを祭ってる神社に神棚つくる相談に行くっていうから、
オレも付いていって、それとなく刀のことも聞いてみようって思ったの。
だってさすがに気持ち悪いんだもん。
神主さんにアポとって、平日の夕方に神社に刀持っていくことにしました。
神主さんは、ジャージみたいなの着てました。夕飯まえだったみたい。 


母と神主さんは神棚の話を一通り終えると、世間話をすごいしてました。
天気はどうだとか、景気がどうだとか・・・・
なかなか話しかけるタイミングが出来なくてイライラしてると、
木箱が神主さんも気になったせいか、「それは?」って聞いてきました。
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!
「いやあ、これ家の家系に伝わる家宝らしいですけど。なにかご利益みたいなものないか見てもらおうと思って・・・」
『まずはプラスのイメージから入って、呪いを見破れるかどうか試す!』というイヤらしい聞き方をしちゃいました。
「おお、これは!!」驚く神主さん。
「!!?」息を呑むオレ。
「いい刀だ!これは見事ですな!!!」
思いっきり力が抜けますた。
神主さんが言うには、ご利益うんぬんというより、ご先祖様を敬う心を大切にする為にはこういうものがいいらしいです。
・・・・・なんだったんだ、オレ馬鹿みたい。
そう思ったら急に恥ずかしくなってきました。
「でもこの刀を貰ってすぐに(ちょっとウソついた)白ヘビが現れたんですよ!」
「ならご先祖様と繋がりのある白蛇(はくだ)様かもしれませんね。神棚に一緒に奉納したらどうでしょう」
「そりゃいーーわねぇ!」と母。
もうスキにしてくれ。

そんなわけで神棚も完成。奉納式(って言うのか?)も終了。
いまも刀はしっかり神棚に奉ってあります。

俺一人でオカルトしてたって話です。
ほんとに鬱・・・・・・・・・

小学生の時、塾の先生に聞いた話です。

その先生は現役の大学生で、その大学の友人に妙な体質の人がいたそうです。
仮にAさんとしますが、彼はごくたまにものすごく胸騒ぎするときがあるそうです。 

正月前、先生の部屋で二人で飲んでいた時に、
急にAさんが真っ青な顔をして額から大汗をかき出したので、先生がどうしたのかとききました。 
Aさんはそれには答えずに、部屋の電話を取り上げて、懐から手帳を取り出し、
そこに書かれた親しい友人の連絡先に、片っ端から電話をし始めたんです。(当時携帯はなかった) 
しかも、電話して何を言うかといえば、 
「今どこにいる?そうか。今日は○○(この町の名前)から絶対に出るなよ。理由は後で説明するから」
何人か電話にでなかった人もいました。 

かけ終わって、先生は彼に説明を求めました。 
Aさんが胸騒ぎを覚えるときには、自分に親しい友人で自分の近くの場所にいない人が、必ず死ぬんだそうです。
この時は、いち早く本州に帰省していた人が、実家近くの交差点で事故に遭い亡くなったそうです。 
 
時間的には、彼の胸騒ぎ後 二時間ほどたった時でした。

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