怖い話らぼ −怪談・都市伝説まとめ−

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カテゴリ: 洒落怖

突然だが、私は太っているためか、イビキがかなりうるさいらしい。 

先日、伊豆の温泉へ社員旅行にいったのだが、
私が夜中にふと目を覚ますと、ホテルの部屋の中には誰もいなかった。
どうやら同部屋の軟弱な後輩達は、私のイビキに耐えかねて、他の同僚の部屋に避難したようだ。 
まぁいいわ。さて、小便でもするかね~と、トイレに向かうが部屋の電気が灯かない! 
(後で気付いたが、部屋のキーを挿してないと電源が入らないタイプの部屋で、
 後輩がそのキーを持っていってしまっていた) 
ちょっと怖いので、ドアを開けたまま、暗やみのトイレで座って小便をする事にした、いい年の私。 

・・・しばらくすると部屋の方から、
「ヒタヒタ・・ヒタヒタ・・」と、部屋のなかを裸足で歩き回る音が! 
なるほど。私は後輩がイビキの仕返しに、私を驚かせてやろうとドッキリを仕掛けてきやがったな!と考えた。
さすが我が後輩達よ。 
だがね!俺はもっとズルイし賢いんだ。返り討ちにしてくれよう。

一人でニヤニヤしながら、そ~っと音を立てないように、部屋のドアから廊下へ脱出。

私達が泊まっている部屋は、一階の角部屋。非常口から外に出れば、簡単に部屋の外に廻りこめた。
私は後輩達に気付かれないように、窓の方に近付き、そっと部屋を覗きこんだ。 
真っ暗な部屋の中、立っている人影が確認できた。

私は深呼吸をしてから、思いっきり窓をガタガタさせて叫んだ! 
「ゴルァ!!」
すると私に気付いた人影が、物凄い勢いでこちらに、スーッと平行移動で近づいてきた! 
あれ・・ビビってない?・・・つーか後輩じゃない!?
「うわぁ!?」
・・・見ると、おぼんを手にした和服姿の女中さん?下を向いたままこちらに突っ込んでくる! 
ヤバい!人間じゃない。
私は驚き、裸足のまま猛ダッシュで逃げた!
走りながら振り返ると、女がおぼんをカタカタ震わせながら追い掛けてくる!! 

もう後は無我夢中で逃げて、他の同僚を叩き起こして部屋に入れてもらった。 
しばらくドアの前を、カタカタ音が行ったり来たりするのが聞こえたが、やがて静かになった。 

翌朝。部屋からいなくなった後輩にこの話をした所、こう答えた。 
「イビキは関係ない。
 先輩の寝ている顔をずっと覗き込んでる女がいた。
 だから怖くなって逃げた」と。

数日前に居間でテレビを見てたら、玄関チャイムを激しく連打されました。 
けたたましい呼び出し音に、俺はちょっとキレぎみに玄関に向かったんですが、
我が家の玄関の扉はすりガラスになっていて、外に立っている人の背恰好くらいは判るもんだけど、
いつもはモザイク調に見える来訪者のシルエットが、その時はなかったんですね。 
あれ?確かに鳴ったよな。とかって鍵を外して玄関の戸を開けたのに、そこにはなんにもいない。 
庭にも庭から伸びる細い道路にも、それどころか、その一つ向こうの国道にさえも人っ子一人居ないんですね。 
子供のいたずらかな?と俺は大して気にも留めずに、居間に戻る事にしました。テレビの続きが気になったんです。

そしたら、さっきまで熱心に洗濯物を畳んでいた母が、居間の入り口に仁王立ちして、
何故か俺を睨んでるじゃないですか。 
俺があまりの形相にビビりつつも何事かと聞くと、母は意味不明な事を言い出したんですね。 
「あんたさっき開けちゃったでしょう?玄関」
「開けたけど?」
当然のように俺が答えると、母は呆れた顔になり、そっぽを向いてしまいました。 
訳の分からん女だと思いつつも、コタツに潜った俺の意識は、気になっていたテレビの続きに集中して行きました。

それから30分くらい経ったでしょうか。テレビは終り、母は台所で夕食を作っていました。 
後ろから日本食の良い匂いがしてきます。
今日の夕食は親子丼だろうと勝手に予想をつけ、
喉の渇いた俺は、台所の偵察がてらに冷蔵庫から緑茶のペットボトルを取り出して、キャップを捻ります。 
いざ飲まんとした時、母が後ろの方で何か言いました。
水音に掻き消されて最後は良く聞こえなかったけど、
多分「あんたが開けちゃったから入ってk@hwm;p」とか言う、俺の行動に対する不満の愚痴だったようです。 

その日の夕食は俺の予想通り親子丼で、俺は何事もなく無事に夕食を済ませ就寝しました。 

次の日の朝、いつもは爽やかに訪れるはずの目覚めが、何故か一向にやってきません。 
むしろ、身動きがとれないほどに息苦しいくらいでした。
もしやこれが金縛りという奴か!と、臆病な俺は一瞬でガクブルし、それでも正体を見極めるべく薄く瞼を開けました。
弟でした。隣の布団で寝ている筈の弟が、最高に不機嫌な顔で、俺の腹部を脚で圧迫しています。 
通りで苦しい筈です。俺は怒りも露に飛び起きて、不機嫌な弟にこの狂行の理由を問い質しました。
すると弟は、訳の分からない言い訳を始めました。 
「お前の所為で俺は一睡も出来なかった。謝るならお前さんの方だ」
(゚д゚)となった寝起きの俺に、弟はさらに、
「お前が入れたのに、何で俺の所に来るのか全く訳が分からない」
と、電波な発言をかましました。 
俺としましては、何も連れて来たつもりは無いし、なんでそんな物でお前が睡眠不足になるんだと釈然としません。
しかし寝起きだったからか俺は、「何それ、どっから来たの?」と、知性の欠片も無い反応を返してしまいました。
弟はそんな俺に呆れ果てた様子で頭を振り、
「そこから」と、俺の布団の丁度頭の左にある入り口のドアを指差しました。 
そこでまた俺は(゚д゚)です。
そして全く状況の飲み込めない俺を差し置いて、弟は朝食を食べるべく、さっさと台所に下りて行ってしまいました。
俺も何時までも部屋で一人、上記のような顔をしている訳にも行かないので、とりあえず弟の後を追います。 

居間に行くと、弟はカップラーメンを貪りながら、疲れた顔をして母と話をしていました。 
母は俺の存在に気付くと、またあの呆れた顔をし、
「ほらみなさい。あんたが開けたから入って来ちゃってた。
 まだ居たらどうするの。●●(弟名)も困るし、母さんも困るんだよ」
と、一気に捲し立てました。

母の話による、とどうやら俺はあの時、何かを家の中に入れてしまったようです。 
そして弟が言うには、それは夜部屋に入ってきて、夜中じゅう弟の横に居たらしいのです。 
ぞっとしました。おばけとかオカルトな方面にじゃありません。家族にです。 
俺の目にはおばけなんかは見えません。
見えたのは居ないものを居ると言い、それに魘されキレる壊れた家族でした。 


居間を後にした俺は、一人寂しく部屋に篭り、
精神に変調を来たしてしまったに違いない、母と弟の行く末を思いました。 

鬱状態のまま夕食の時間を迎え、俺は気まずい心情で飯を食い、また部屋に篭りました。 
部屋に篭ってみたものの、
いつもは弟と笑って見ているバラエティー番組も、母につきあって仕方なく見ていたドラマも、
一つも楽しくありません。

家に居るのも哀しくなり、俺は近所のレンタルビデオショップに行きました。 
暫くそこで時間を潰しましたが、結局何も借りる気がせず、
入り口横の自販機でお茶だけ買って、その場を後にしました。 

家に帰るまでの道が、かなり長く感じられました。それでも暫く歩くと、我が家の明りが見えてきます。 
家族はあんなに壊れてしまったのに、こうやって外から眺めると、いつもと何ら変わらない明りを灯していて、
母と弟の言動が脳裏に蘇り、俺はなんだか泣きたくなりました。 
最初の方で書いた通り、我が家の庭からは細い道路が伸びています。
俺はそこを歩いていた訳ですが、そこまで来ると、
部屋の明りで暗い外からは、カーテン越しの家具のシルエットとかが見えたりします。 
弟は部屋に戻っているようで、俺の部屋からは薄黒い人型のシルエットが見えました。 
もう少し歩くと部屋の影はさらに濃く見え、
弟はどうやら着替えをしているようで、上着を着るような動作をしています。 
俺は下を向いて歩きました。弟を見たくなかったからです。
街灯に照らされた足元ばかりを見て歩いて、細い道から庭に入りました。足取りが重くなってきます。
窓を見上げると、弟はまだもたもたと服を着ていました。 
居間からはテレビの音声と笑い声。母と父、弟が笑っています。 
そこで俺は、やっと異変に気付きました。俺に弟は2人いません。 
つまり居間に家族が集まっている今、俺の部屋には誰もいない事になるのです。 
窓を見上げました。それはまだシルエットだけで服を着ています。いや、服を着るような動作を続けています。 
家の中には確かに何かが居たのです。俺は玄関に飛び込みました。 
最後に見上げた窓の中では、まだそいつが腕をぶらぶらさせていました。

俺はそのあと弟に付いてきてもらって、部屋を確認しに行きました。 
部屋の中では、勿論誰も服を着ていたりはしませんでした。 
その日は何事も無く眠れました。と言っても、俺は死ぬほどガクブルしていて、ろくに眠れはしなかったのですが。 

そしてつい先日の話です。こんどは母の部屋に来たそうです。 
と言っても、金縛りにあったとかそう言うのではなく、鏡に映ったと言うのです。 
俺には良く分からないしはっきりと見えもしないのですが、そいつは確実に我が家に今もいます。 
何よりも一番不思議なのは、あの服(上着)を着る時のような動作です。 
腕をぶらぶらさせながら肩を揺らすあの動作は、思い出しただけで今でもぞっとします。 

札内川での話をひとつ。(今兄貴に聞いた)

兄貴が友達とそこで泳いで遊んでた。
その時、川上から人が流れてきた。
最初それを見て、「あ、人が溺れてる」と思った。
でも一切体を動かしていない。
同じようにそれに気づいた友達と、
「意識がないのかもしれない」
「流れが速くなってるところへ行ったらもう助けられない!」
「流れが遅いところだから、泳いでいける」
「助けようよ」
っつー話になった。
で、一番泳ぎが達者だった兄貴が行くことになった。
なんとかその人のところまで泳いで手を伸ばし、その人の腕を掴んだ。
が、振り払われた。
「え?」と思っていると、
「これでいいんだ。いいんだ」って途切れ途切れに言われた。
兄貴が呆然としてると、その人は流れの速いところまで自分で泳ぎ、また動かなくなり流されていった。

その日の夕刊に、札内川で自殺したって記事が載ってた。
怖くないけど、切なくなったよ。

20年以上前、小学校低学年の頃の体験談。 

両親の田舎が瀬戸内海にある島なんだけど、毎年夏休みになると帰省してた。 
東京育ちの自分には、綺麗な海やら山やらで遊ぶのが物凄く楽しかった。 
一番楽しみだったのは、東京ではデパートくらいでしかお目にかかれないカブトムシやらクワガタやらを、
近くの山でザクザク捕まえられる事。 

その山には結構大きめの池があって、子供だけで行く事を禁止されてたんだけど、
貴重なお盆休みの、しかも早朝から虫取りなんかに付き合ってくれるような大人がいなかったんで、
その日も朝4時前から、一つ年上の従兄弟と一緒に山に突撃。 

暫く二人で夢中になって虫取りしてたら、どこからかシュッシュッて感じの音が聞こえる。
最初はなんか虫とか鳥の声だろと気にしてなかったけど、よく聞いてみると、どうも子供のすすり泣きっぽい。 
同じように虫取りにきた子供かな?まだ薄暗いから転んでケガでもしたのかな? 
と思って、従兄弟と一緒に泣き声のする方向に向かっていったら、
池の淵で、3~4歳くらいの子供がシクシク泣いてる。 
周りには誰もいない。流石にこんな小さい子が一人でいるっておかしいだろ? 
と子供心に思ったんだけど、それより妙だったのが、
その子の腰の辺りに括られた帯みたいなヒモが、池の中にまで延びてる。
そのヒモを目で追ってみると、何かがプカプカ浮いてる。
そこからもヒモが延びてて、少し先に同じように浮いてる物に繋がってる。
そんな感じで、数珠繋ぎに1.5m間隔くらいで、合計6個の何だかわからん物が連なって池に浮いてる。 

なんだこりゃ?と思ってたら、それまで弛んでたヒモがピン!と張って、子供が池に引っ張られてく。 
あっ!と思ったその瞬間、体が動かなくなった。視界の端で、従兄弟も同じように固まってるのが分かる。 
金縛りとかって概念がなかったから、軽くパニクってた。 
やばいやばい、あの子何に引っ張られてんだ?もしかしてワニ?ワニって日本にいたっけ? 
じゃ妖怪だ!助けて鬼太郎!(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 
そんなアホな事考えてるうちにも、子供はどんどん池に向かってるんだけど、
その動き方に何か違和感を感じる。
人間が歩く時って当然足が動くはずなのに、その子は一切足を動かしてない。 
氷の上を滑るように、ゆっくり池に向かってる。 
アホな自分は、やっぱ妖怪パワーで引っ張られてる!という結論に達したんだけど、
流石に従兄弟は一つ年上だけあって、リアルでこの世の者じゃないと気付いたんだろう。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と唱え始めてた。 

結局、子供が完全に池の中に消えたと同時に体が動くようになり、一目散に山を下りてった。 
家に帰って、大人達にさっき見た光景を話したんだけど、興奮してるもんだから要領を得ない。 
大人達も、最初はどっかの子供が溺れたんじゃないかと思って、慌てて消防団とかに連絡しかけたんだけど、
オレが「妖怪の仕業だ妖怪の仕業だ」って妙な事言うから、少し落ち着かせて、オレから細かい話を聞き出した。
そしたら信じられないって顔しながらも、何か思いあたる節があるのか、
オレと従兄弟を庭に連れ出して、塩を振りかけ始めた。 

一応消防団には連絡して人を見に行かせたらしいけど、特に何もなかったらしい。 
結局その後は、大人達にどうだったか聞いても、寝ぼけて夢でも見たんだろってはぐらかされるだけ。 

何年も後にようやく聞き出したのは、件の池で何十年も前に、ある一家が入水自殺をしたって事。 
時間帯はやっぱり3時~4時位だった事。(近くの民家の人が、子供の泣き声を聞いたらしい) 
その人数が7人だった事。
その際に、全員がヒモで体を繋いでた事。
地元の人達の間では、その池は別名『七人心中の池』って呼ばれてる事。

俺が体験してきた、本当に本当の話を書かせてもらいます。 

前に住んでた家の話なんだけど、そこはどこにでもある田舎の普通の一軒家。 
周りが親戚だらけって言う、田舎にはよくある光景な訳さ。

俺が小学生の頃に爺さんが亡くなった。小学生だからあまり覚えてはいないんだが、まぁ大往生だったらしい。 
んでね、その3年後に婆さんが亡くなった。 
この時も小学生だったから、病名や死因は覚えてない。 
ただ、母さんとかが、自宅の布団で泣きまくってたの覚えてる 


んで、その3年後に、生まれたばかりの妹が死んだ。 
妹はもう1人いて、そいつは元気。次に生まれた妹が亡くなったのね。 
何回も見舞いに行ったのと、たまに自宅に帰れる日に一緒に寝た事、
あと、火葬場で燃やす所にガガーっと妹の棺が入ってく時に、母が気絶したの覚えてる。 
この頃から、ちと母の元気がなくなったよ。 

んでね……また3年後。
父が亡くなった。これはハッキリ覚えてる。 
熱でぶっ倒れそうでもガンガン二日酔いだろうと、絶対仕事休まなかった父が、「腹痛い」って理由で休んだんだ。
次の日は仕事に出かけたんだが、早退してきたらしい。 
病院行きたがらない父を、母が涙ながらに説得して病院連れてった。

台所で母に、「父さんが、○子(死んだ妹の名前)と一緒の病気になっちゃった…」って言われた。 
俺も妹もキョトンとしてたと思う。 
病名は癌。

そこから父の入院生活が始まり、みるみる痩せていった。
父の面影がなくなった頃、息をひきとった。
死ぬ直前、本当に直前、家族に心配かけまいと満面の笑みを見せた父は、今でも俺の自慢だし、誇りだ。 
その日は家族3人で、涙枯れるまで泣いた。


父の葬儀が終わり、大分バタバタが落ち着いた。 
母は父のいる仏壇の前から全く動かなくなった。
仕事→仏壇の前→睡眠の繰り返し。
これは後で聞いた話だが、ずっとどうやって死のうか考えてたらしい。 

文章に起こすとすぐ気付くんだけど、これ、実際体験すると分からないんだ。
そう…3年ごとに死んでるんだよね、俺の家族。 
月日まで全く一緒って訳じゃない。でも綺麗に3年ごと。 

俺はそれに気付いて母に言った。
母は狂った様に、霊媒士(?)みたいな人を何人も呼んでた。 
「前世が酷い事をしてた」とか、「霊の通り道だから」とか、ありもしない事ウダウダ言ってたよ。 
結局ね、原因なんてわかんなかった。
でも、次は順番的に母か俺が…みたいな怖さがあって、引っ越す事にした。


んで、その家を空き家として人に貸す事にしたの。
もちろん、そう言った事がありましたって話はしてある。
そこに人が付いてから3年後に、そこに住み始めた家族のお父さんが亡くなった。 
さすがに気持ち悪いって事で出ていかれた。
後で聞いた話で、お払いに来た霊媒士の方が、どこかの葬儀の最中に大口開けて、そのまま亡くなったらしいです。

結局原因はわからない。
今でも家族3人は元気で暮らしてるし、その家は今でも空き家で存在してるって事。 
怖いから2度と近付かないけどね。

俺のじいちゃんが住んでた田舎の実家には、結構でかい倉が2つある。
家自体もそこそこ大きいんだが、
そのうちの倉の一つは、俺が田舎に住んでた小学生くらいまでの時に、なんども中に入って遊んでた。
中はなんかの農作業器具だの米袋だの、色々置いてあったりしたけど、別に普通の物置って感じだった。
倉の中もそこまで暗くなくて、
俺が街に引っ越した後も、家族で実家に里帰りした時は(中学生くらいまでだけど)その倉に入れてもらって遊んでた。
もう一つ倉があるのは知ってたけど、別にそれまではあまり気にしなかった。
ただ、じいちゃんが「あの倉は入っちゃいかん!」と子供の時からずっと言ってたのは覚えていた。
その倉の扉の前にもでかい南京錠がかかっていて、その倉の扉が開いたのを俺は見たことがなかった。
ある時、おふくろに聞いたが、おふくろもそこの倉には入った事がないらしい。
昔からじいちゃんに止められてたそうだ。
その倉は結構古い物らしいが、いつから建ってるのかは俺は無論知らなかった。
2つある倉は同じ形だし、外から見ても変には見えない。
それで、実家に来たある年、そのじいちゃんの言葉を思い出して、じいちゃんにそれとなくあの倉について聞いてみたが、
じいちゃんは「あの倉は・・・ ・・・出る・・・からな・・・」と言って、それっきり口を噤んでしまった。
「・・・?出る?」
・・・俺がその後何度聞いても、じいちゃんはそれっきり答えてくれなかった。
ただ、「あの倉は、開けん方がええ」・・・最後にそう言った。

そして、俺が大学4年になった年、就職先も決まり、少し落ち着いたころ、じいちゃんが亡くなった。
葬儀が終わり実家には誰もいなくなり、実家自体もそろそろ古くなっていたので、
夏ごろ、ついに実家を取り壊す事になった。
無論、2つある倉も一緒に取り壊されるらしい。
・・・俺はあの倉が気になっていた。
そこで、取り壊す前に、あの倉の中を見たいと両親に相談をしてみた。
親父はあまり乗り気じゃなかったが、おふくろは理解をしてくれ、開けるだけでも開けてみようという事になった。
倉の扉のカギはじいちゃんが持っていたらしいが、実家中を探しては見たものの見つからず、
業者を呼んで開けてもらう事にした。
業者さんは「でっかい倉ですねえ」とか言いながら、作業に取り掛かり、カギをなんとか開けてくれた。
扉は開きにくかったが、皆で力を入れて開くとついになんとか開いた。
目の前に一面真っ白な世界が広がっていた。
・・・真っ白に見えるくらい、倉の中が白い蜘蛛の巣まみれになっていた。
それも、ばかでかい蜘蛛の巣が複雑に絡み合って、倉の奥が見えなかった。
俺はこんなでかい蜘蛛の巣を今まで見たことがなかった。
親父もおふくろも業者も、みんな唖然としていた。
「こんなでかい蜘蛛がいるのか・・・?」

その後、業者さんが人を呼んで、時間をかけて倉の蜘蛛の巣を全部取ってもらった。
意外にも蜘蛛の巣をはった蜘蛛は見つからなかった。
倉の中も、もう一つの倉と同じで、物が置いてあるだけの単なる物置だった。
別に変な物はこれといって見つからなかった。・・・あの蜘蛛の巣以外は。

今はもう、実家も倉も取り壊されて無い。
だが、俺はあのじいちゃんが言っていた、「あの倉は・・・出る・・・からな」という言葉が今でも気になっている。

俺が高2のときの話。

あるサークルの仲間20人くらいで、N県の山にキャンプに行った。 
二日目の夜にキャンプファイアーをして、そのままそこで飲めや歌えで大騒ぎしてた。 

日付も変わったころ、酒も食い物も底をつき、しかしまだ飲み足りないということで、
買出し班が結成されることになった。 
買出しに行くのは、車で来ていて酒を飲んでいなかったAがまず決まったが、 
Aが「一人で行くのはいやだ」と言い出したので、ほかに三人、じゃんけんで決めた。 
ここではAのほかに俺、B、Cとする。ちなみに全員男。 

キャンプ場を出ると、俺たちはAのボロいブルーバードで、山を大きく迂回するように下に降りていった。
下山は特に何もなく順調で、山のふもとにあるマイナーなコンビニで酒と菓子類を買い込み、
再び山へと戻っていった。 


しばらく走っていると、助手席で地図を見ていたBが、「近道がある」と言い出した。 
その近道って言うのは、大きく回りながら走っている道じゃなく、山の真ん中をショートカットする道だった。 
みんなで地図を見て、確かに近道だと確信したので、俺たちはその道に入っていった。 

その道をしばらく行くと、左手に神社か寺かの白い壁が見えてきた。下は砂利道。 
こんなとこに寺社があるのかと見ていると、その壁沿いの数十メートル先に人影が見えた。
(最初に見つけたのはAだった)
ゆっくり近づいてみると、とんでもないものが見えた。 

男が三人、女が一人いる。二人の男が女の足を一本ずつ持ち、ひきづっている。 
もう一人の男は、その二人の前に立って、先導するように歩いていた。 
女は両足を引きづられているので、頭が砂利道にがんがんあたっている。 
俺たちはびっくりして声も出なかった。 
そのときは、それが霊とかそんなもんじゃなく、なにかやばい事件を目撃したとしか思ってなかった。 

するとCが、「降りる」と言い出した。
俺は内心絶対いやだったが、そのCっていうのが、柔道の県大会で3位になるほどの有段者で、
人数もこっちのほうが多かったし、負けることはないかなと思っていた。 

車を止めて、懐中電灯を持って後ろからついていった。 
前の三人(と一人)は、壁沿いにずっと歩いている。
女をひきづっているので、歩くスピードはかなり遅かった。 

5分くらい(もっと短い時間だったかもしれないが)歩いていると、左手の白い壁が終わる地点が見えてきた。 
前の三人が、白い壁を壁沿いに直角に曲がるのが見えた。 
俺たちもすぐその角にきて曲がった。
しかしいない。何も見えない。どこかに消えたとしか思えなかった。 

俺たちは、持ってる懐中電灯であたりを照らし出した。 
近くにはとりあえず何もなかったので、奥を照らした。 
するとそこには、懐中電灯の光で白く照らし出された、無数の墓石が並んでいた。 

それを見た瞬間、俺たちは弾けるようにして逃げ出した。みんな泣きながら走った。 

車に戻って、思いっきり飛ばして、なんとかキャンプ場までたどり着いた。 
残ってたみんなにその話をしたのだが、当然のことながら信じてもらえない。 
「車の中で作ってきた話だろ」としか言われない。 
しかし、あんまり泣き叫ぶので、テントに一人ずつ別々に入れられて事情聴取された。 
細かいとこまで聞かれたが、当然全員の話は一致している。 

俺らが見たのはそれだけで、翌日以降なにもおかしなことはなかった。 
今でもあれが何だったのかわからない。 
しかし、あそこにいた4人は、全員確かに同じものを見ていた。

僕が彼に出会ったのは、高校1年生の時のことです。 
一応政令指定都市ですが、都心ではありません。
家から歩いて3分以内に何軒かコンビニはありますが、全部ローソンです。 
小洒落た雑誌に載っている服を買おうと思うならば、30分電車に乗って遠出しなければなりません。 
僕が育ち彼と出会ったのは、そんな街です。 

彼は全くもってごく普通の少年に見えました。彼は黒田硫黄のファンなので、黒田くんと呼んでおきます。 
高校1年生にしては背が高く、色が白くて肌が綺麗な、ちょっと優男風の見た目で、
高校生らしく浮かれ騒ぎが好きで、ノリとテンションで生きているようなところがあり、
よく喋る、ごく普通の同級生でした。 
今お話しようとしている事件?を境目に、僕と時々話すようになるまでは、
それほど気になるというほどの存在ではありませんでした。 


229 :本当にあった怖い名無し:2006/04/03(月) 15:33:15 ID:aOHQPdOQ0
それは体育祭の直後だった記憶があるので、一学期の終わりのことだったと思います。 
クラスの奴らの顔と名前もほぼ一致して、中学時代の友人たちとだけ親しく話をする時期も終わった頃でした。 
初夏の夜ももう更け、高校生が出歩くにはやや遅い時間、僕はその一帯では一番の繁華街を歩いていました。 
理由は何だったかもう覚えていませんが、ちょっと何かを買いに出かけたのが、存外に遅くなってしまった、
といった程度の用事だったのだと思います。 
片側二車線の道路の脇にしつらえられた歩道の横には、びっしりと灯りをいっぱいに点した店舗が並んでいます。 
交差点と歩行者用横断歩道の周囲で途切れたところ、横断歩道を渡りきってすぐのガードレールに、
腰を凭れさせるようにして、アコースティックギターを肩から提げて鳴らしている男がいるのを、
僕は信号待ちをしながら眺めていました。 
別段珍しいことではありません。
その日も、そこへ差し掛かるまでに何度となく見た光景ですが、
彼は声を張り上げて歌を歌うでもなく、中腰になって全力でギターをかき鳴らすわけでもありません。 
ただガードレールに腰掛けて、ギターを鳴らしているだけなのです。 
どことなく何かを待っているような感じだなあと思いつつ、
横断歩道を渡りきったところでギター男の顔を見てみると、それは件の黒田くんでした。 
彼は確かにクラスでもやかましい方ではあるのですが、
熱心に音楽を語ったり、バンドをしている風の見た目でも雰囲気でもないので、
僕が面食らったような顔をしていると、あちらも僕と同じような顔をしています。 
「バンドなんかやってるんだ?」と僕が言うと、黒田くんはちょっと照れたように笑って、
「そうでもないんだけど、夜フラフラしてギターを弾くのが好きなんだよ」といったようなことを言っていました。
僕が持ち前の図々しさで、「何か弾いてみてくれ」とねだると、
黒田くんはやっぱり少し照れたように笑ってから、カーペンターズの『sing』を弾いてくれました。 
ギターを弾くことはかっこいいと思っているけど、自分には到底無理だと思っている、平均的な高校生だった僕に、
「おおー」「超うめー」と、心から言わせるに充分な演奏を披露した後、
黒田くんは「恥ずかしいから秘密にしといてくれ」と、やっぱり照れたように言って、僕はそれを承諾しました。 

お喋りな僕にしては珍しく黒田くんのギターのことを誰にも喋らないまま、夏休みに入ってすぐのことでした。 
その頃仲の良かった友人から、「肝試しに行かないか」と誘われたのです。 
オカルティックなものにさして興味のなかった僕が、ついていこうと決めたのは、
当時好きだった女の子がメンバーにいると聞いたからでした。 
肝試しといっても、
繁華街の真ん中の交差点で数ヶ月前に死亡事故があり、以来その下に亡くなった親子が立っている、
といった、よくあると言ってしまうにもありがちな噂を確かめにいこう、といった可愛らしいものでした。 
少なくともその当時の僕たちには、可愛らしくて胸踊る冒険だったことは確かです。 

週末の夜、時間は11時を少し回った頃だったと思います。僕らは連れ立って件の場所へと向かいました。 
繁華街の真ん中、交差点の脇、少しネオンが途切れたところ。 
向かうにつれて僕は、それが黒田くんがギターを弾いていた場所だったことを思い出しました。 
高揚していた気分が見る間に萎えていきました。
本当に出るとしたら、あんな場所で黒田くんがギターを弾き続けているというのもおかしな話です。 
彼の性格ならば、もし何か見たとしたら、次の日にはクラス中に話が広まっているはずです。
しかも、尾鰭背鰭がたっぷりついて。 
すっかり肝試し方面への興味が失せてしまった僕は、
好きだった女の子の後姿でも鑑賞していようと、視線を上げました。 
彼女の髪の向こうに見えたのは、件の交差点でした。黒田くんのひょろっとしたシルエットが見えます。 
やっぱり何も出るはずないじゃないか。バカらしいな。 
他のメンバーにとっては、思いもかけずそこにいた黒田くんと、
黒田君のギターにすっかり注目が集まってしまったのを尻目に、僕は完全に白けてしまいました。 


231 :本当にあった怖い名無し:2006/04/03(月) 15:36:06 ID:aOHQPdOQ0
「ここ、幽霊出るんでしょ?怖くない?」 
「え、俺何も見ないよ。肝試しみたいな感じの奴ら、他にもちょくちょくここ通るけど、皆白けて帰ってくもん」
『幽霊なんて出ないよ』と笑う黒田くんにつられて皆が笑うわけですが、今度は逆に僕のほうが怖くなっていました。
『え』と言ってから、『俺何も見ないよ』と続ける間に、彼は僕のほうを伺うようにちらっと見たのです。 
黒田くんがここでギターを弾いているのを、それも恐らくは毎晩のようにここにいるのを知っているのは、
その時点では僕だけだったのでしょう。 
その僕を警戒するように見てから、『何も出ないよ』と彼が言った理由は分かりません。 
それでも僕は直感的に思ったのです。黒田くんは何かを知っていることを。 


その後、せっかく集まったのだからと、カラオケに行くメンバーと別れて、僕は家に飛んで帰りました。 
一学期の最初にもらったきり、家の電話の横に吊るしておいたクラス名簿を引っ張り出して、
黒田くんの電話番号を探します。
かけようかかけまいか迷いつつ、視線が番号を見つけると、
すぐにPHS(当時高校生が持たせてもらえるのはPHSでした…)を持って部屋に引っ込みました。 
なぜか震えて仕方ない指先で番号を押すと、階下から姉の呼ぶ声がします。
「黒田くんって子から電話!!」 
その瞬間、この後何度となく黒田くんと味わった恐怖の中でも、最大級の恐ろしさが体を駆け巡りました。

階下まで何とか行って、コードレスホンを受け取ったのはいいのですが、
とてもではなく恐ろしくて、ひとりきりで黒田くんと話す気にはなれません。
会話を聞かれることを承知で、姉と弟、父のいるリビングの端で、受話器を耳に当てました。 
『ああ、俺。ごめんな、遅くに』
真夏に冷や汗をたっぷりかいて、歯の根も合わないほどに震えている僕とは裏腹に、
いつも通りに黒田くんは話しかけます。 
『何してた?』とか、『俺も今帰ったところでさ』とか、
しばらく当たり障りのないことを言い続けていてくれましたが、
僕が何も言わないので、やがてちょっと困ったような声音で言いました。
『さっきのことだけどさ。お前にはもう一回見られちゃってるんだよな。だから話すよ』


233 :本当にあった怖い名無し:2006/04/03(月) 15:37:32 ID:aOHQPdOQ0
『死んだ人っていうのは、自分が死んでること分かってなかったりするんだ。
 分かる暇もなく死んじゃったりすると、呆然としてずっとそこに残っちゃったりする。 
 ただ、すごく大事なものだったり、すごく大事なことだったり、そういうのがあったことは覚えてる奴が多いんだ。
 あそこにいたのは、小さい女の子の親父さんだ。女の子はいない。 
 親父さんは『死ぬ』って認識する前に、『大事な可愛い小さな娘が血を流してる』ことを心に刻んじゃった。 
 小さな娘の一大事の前じゃ、自分が死んでるなんてことは些細すぎるのかな。 
 娘を助けなきゃ助けなきゃとは思うけど、どこに助けを呼んでいいのか分からない。 
 自分たちの目の前を、たくさん人が通っていくのは見えるみたいで、ずっと必死に助けを呼んでる。 
 でも、誰も振り向いてくれないんだ。たまに振り向いてくれる人がいても、皆怖がって逃げちゃうんだ。 
 それって、どんな気持ちなのかな。 
 あの親父さんは、この世で一番大事な命が、自分の腕の中でゆっくり息絶えていくのを、ずっと感じてるんだ。 
 それって、どんな気持ちなのかな…?

 俺があそこで何をしてたかって?いや、だからさ。親父さんとずっと話してたんだ。 
 『たすけてくださいたすけてください。わたしのむすめをたすけてください』
 って、あの人泣きながらずっと言ってるんだ。 
 だから俺は、『もうすぐ救急車が来ますよ』『娘さんは助かりますよ』……って。 
 何時間かそうしてたら、
 親父さんやっと『ありがとうございますありがとうございます』って泣くのやめるんだけど、
 次の日行くと、やっぱり俺の顔見て『たすけてくださいいいいいぃい!!』って叫ぶんだ。 
 だから、毎日あそこにいる……。 
 気休めでしかなくても、いつかあの親父さんが、娘さんはもう助かってるんだって分かって傍に行くまで、
 出来たら一緒にいて、『救急車呼びましたよ』って言いたいんだけどなあ?』



そう言って彼は電話の向こうで、やっぱり困ったように照れたように笑いました。 
別段目立つこともなく、本当にごく普通にクラスに溶け込んでいた黒田くんは、
目立つこともなく、ごく普通にすることに対して、ものすごく骨を砕いていたように思います。 
真夏の道端に何時間も普通に立っているために、
面白半分で来る僕らみたいな奴に、『俺はずっとここにいたけど』と、ごく普通に言うために、
中学生の時に始めたのだというギターは、相当うまいと僕は思っています。 

『ブーンが精神病になったようです』で、カーペンターズの『sing』を久しぶりに聞いて、書き込んでみました。 
当時の雰囲気をそのまま伝えたくてあれこれした結果、超長文になってしまいました。申し訳ありません。

2年前とある特別養護老人ホームで、介護職として働いていた時の話です。 

そこの施設は、はっきり言って最悪でした。
何が最悪かと言うと、老人を人として扱わず、物のように扱う職員ばかりで、
食事も薬とかおかずをご飯に混ぜたり、入浴は水のようなお風呂で、乱暴な介護で、
抑制も日常茶飯事でした。 

職員の給料とか待遇はよかったんですが、
あまりにもひどい老人さんの対応の仕方に、心ある人は我慢できず、辞めていく人も多かったです。
そのため、毎日のように人はいなく、職員全員がいらいらしてる状態で、 
ひどい職員は、そのストレス発散を老人にして、怒鳴ったりすることもたびたびありました。

その酷い職員の中でも、特に酷い職員がいまして、老人さんに暴力を振るっていました。Aと呼ぶことにします。
Aの暴力はいつも酷くて、顔以外の場所を叩いたり蹴るなど。
Aは元ヤクザをやってた人で、みんな見てみぬふりで、暴力によって怪我をしても、うまく隠蔽されました。
俺もAが怖くて注意できず、今思えば情けない話です・・・orz 

Aが暴力をする老人の対象は、認知症や言語障害でしゃべれない人でした。
その中で言語障害のBさんは、Aにされた暴力の内容を、日記に書いてました。
そして、その日記を別の職員に見せて助けを求めるも、無視されました。
Bさんは身内の人もいなく、4人部屋でも周りの老人は認知症が酷く、自分がわからない状態で、
AにとってBさんは、最高のカモだったのです。 

そんなある日、早朝Bさんは急変して、病院に行くも亡くなられました。 
Bさんが亡くなった夜に、Aは急な心筋梗塞にて亡くなりました。
まるで後を追うように・・・

次の日、Bさんのベットを片付けていた時に、
本当はいけないことなんですが、Bさんの日記を見させてもらいました。
Aにからの暴力の内容や、怒りが書かれてました。
Bさんが亡くなる前の夜に書かれた、最後の日記を見てぞっとしました。
『あいつを地獄につれていく』

その後すぐ職場を辞めて、違う仕事に転職しました。

転職してから一ヶ月後、交通事故に遭いました。全治三ヶ月。
もしかして、日記の内容を見て呪われてしまったのではないか、と思ってしまうこともありますが、
これは偶然であると、自分に言い聞かしてます。 

最近ですけど、怖い夢を見ました。
地獄みたいなところで、Bさんが笑いながらAを、木刀のようなもので殴っている夢を・・・

まあ大丈夫とは思いますけど、これを見て、もし何か災いが起きたらすみません。

昔の話だが聞いてくれ。

飲み仲間達と心霊スポットへ行こうと言う話になり、
男2人女2人のベタな編成で、ベタな地元の怪トンネルに行く事になった。
トンネルにまつわる噂もよく聞くもので、クラクションを鳴らすと霊が出る。手形がべったり車につけられる。
そんな都市伝説的なものだったので、たいして期待もせず、
ワイワイと騒ぎながら、Aの車でトンネルへ向かった・・・

一番はりきっていたのはAで、昔からの親友でもある。
手形がついたらすぐ判るようにと、洗車までしてきたオカルト好きだ。
B子とC美は飲み友達で、とくに霊感もなく、ノリで参加したようだった。
俺は友達とはいえ、女の子とはしゃぎながらのドライブに満足していた。

軽くビールを飲みながら田舎の山道を走り、30分ほどで問題のトンネルに到着。
さすがに雰囲気は満点で、Aがトンネルに入る前に、自慢の怖い話をして盛り上げる。
クラクションをピーピー鳴らして気合いを入れると、徐行しつつトンネルへ進入していった。
中は明かりがついてるにもかかわらず、妙に薄暗い。 

全員口数が少なくなってきたところで、
Aが「よし!ここら辺でクラクションいくか?」と嬉しそうに言う。
女の子達は「怖いね~」と言いつつ嬉しそうだ。ドキドキしながらAを煽る。

Aは「いくぞ~!」と言うと同時に、クラクションを鳴らした。
すると「プヒ~ン」と、ありえない程なさけない音がトンネル内を響いた。
全員大爆笑で、「何この音??ww」「面白すぎww」と、雰囲気ぶち壊しで大笑い。
ハマッタ俺達は、クラクションを連打し337拍子をしてみたりと大爆笑。
「プップヒップヒヒーン」と、鳴らせば鳴らす程なさけない音が響く。

しかし、異変はこんな大爆笑の中、突然起こった。
突然全員が笑うのやめシーンとなった。
あれ?と思い後部座席の女の子達を見てみると、口をぱくぱくとさせて笑っている。というより、顔が笑っている。
俺の耳がおかしいと気がつくのに、時間はかからなかった。
まったくの無音で喋っているつもりだが、自分の声すら聞こえない絶対無音。
AやB子C美に大声で助けを求めたところ、
全員同じ現象が起きたらしく、口をぱくぱくさせながら、ジェスチャーで耳が聞こえないと訴えてきた。
Aがガクガクと振るえながら、大急ぎで車を走らせる。
俺は絶対無音の中恐ろしくて、後ろも振り返れなかった・・・ 
何か見てしまいそうで怖かったからだ。

トンネルを抜けても無音は変わらず、あ゛ーあ゛ーと騒ぐも何も聞こえない。

10分程走り山道を抜けたあたりで、「治った?」とB子の声が聞こえ、異常な現象が終わったと確認できた。 
B子とC美は、後部座席で怖かったとワンワン泣きじゃくり、
情けない事に俺も、安心したのかボロボロと涙を流していた。
Aはトンネルから出る時点で泣いていたので、全員で泣きながらのドライブとなった。

やっとコンビニを発見し、ホットコーヒーを買い落ち着いたところで、
全員でさっき起きたことについて口々に語りあった。
俺とB子、C美が興奮しながら、何も聞こえなくなった事を熱く語っていると、
Aが「俺、お前等おかしくなってすげー怖かった」と、また泣き出した。
実は、何故かAだけは何事もなく聞こえていたらしく、
笑っていた俺達が、突然大声で「あ゛ーあ゛ー」「何コレ?何も聞こえない」「助けて!」などと言い出し、
全員狂ったんじゃないかと思い怖かったんだと、涙ながらに打ち明けた。

その後、とくに何事もなく日々を過ごしているが、
今でもトンネルを通ると思い出し、洒落にならないほど怖いといっている。

集団自殺(及び自殺未遂)がありました。男女6名位。 
一酸化炭素中毒で死のうというやつですが、死んだのは3人。 
生存者の話では、ネットで知り合って共同で自殺しようというもの。 
このお話は生存者の一人、A子さんにまつわるものです・・・。 

病院で意識を取り戻したA子さんに、警察が事情聴取をしようとすると、 
A子さんは私は何故ここにいるのかと、逆に警察の人に尋ねました。 
警察は「君は自殺を図って死に掛けたのだ」と一連の事件について説明すると、A子さんがたがた震えだします。 
A子さんは自殺の記憶など無く、そのようなネットへの書き込みをした覚えもないのです。 
しかし、実際にはA子さんのパソコンからの書き込みが確認されました。 
現場には自筆の遺書も発見されました。 

実はその10日ほど前から、A子さんは妙な行動をとることがありました。 
弟や母親が言うには、やけ食いをしたとか、いきなりA子さんが壁を殴り出したとか。
しかし、A子さんにはどれも記憶がなく、そういえば最近意識がなくなることが多かった・・・。 
不気味な絵や言葉が自筆で書かれたノートが机の上に置いてあったり、 
自分の腕にリストカットのあとがついていたり。 

頭の良い皆さんならもうお分かりでしょう、これは二重人格という奴です。 
どうしてこの人格が突如A子さんに現れたのか?原因はわかりません。 
母子家庭ですが、特に虐待やいじめなどといったトラウマとなる経験もありません。 
数日前から突如に生まれたものです。 
このもうひとつの人格は日常でA子さんになりすまし、自殺しよう(A子さんを殺そうと)行動するようになります。
あるときA子さんはまた意識を失い、気がつくと暗い森の中。
ここは一体どこなのかわからぬまま必至に森をさ迷い歩き、
命からがら森を抜け出し、通行人に助けを求め保護されました。 
そこは富士の樹海でした。 
あるときA子さんは再び意識を失いました。今度は本格的なリストカット。 
母親が発見し、病院で一命をとりとめました。 

今まで3度死にかけ、3度とも何とか死なずにすみましたが、単なる悪運なのでしょうか? 
『もう一人のほう』の自殺はどうも爪が甘いような、絶対死ねる方法をとっていないような・・・。
しかし確実なのは、A子さんの意識を失う時間が確実に長くなってきたということです。 

その後A子さんは失踪します。 
今のA子さん果たして『どっちのほう』なんでしょうか。 
というより今、生きているのでしょうか?

実際にあったお話です。 

怖い話が好きで、自宅の近所であった自殺の話を、少し脚色してネットで公開したそうです。 

その夜、投稿に対するレスを確認していると、突然電話が鳴りました。 
自分が投稿した文章を、電話の向うで朗読しているそうです。か細い女の人の声で。 
これは自分の文章だとスグにわかり、きっと個人情報を得た人間の、悪質なイタズラに違いないと思いました。 

ところが、脚色部分から、次第に朗読する女の声質が変わり、かすれた声になり、男の声に変わってゆきました。 
しかも、脚色した内容とはかけ離れた、実際にあった自殺の内容になっていったのです。 
投稿した内容は、自殺者が女性、首吊り、文語体。 
変わって行った内容は、自殺者が男性、首吊り、口語体。 
実際にあった自殺は、男性、首吊り。

怖くなって電話を切り、無意識に手を合わせて「南無阿弥陀仏」を繰り返したそうです。 
自分の家には仏壇も無く、そんな習慣も無いのに。

今でも、女性から男性へと変容してゆく時の声が、耳について離れないそうです。

伯父の高校時代に、伯父が好きだった娘がいた。
高校卒業後は、たまに同窓会で顔を合わせる程度の付き合いだったが、
数年たって、その娘が親の進める縁談を受けて結婚し、夫の仕事の都合で遠くに引っ越したことを聞いた。
と同時に、その子もずっと伯父のことが好きだったが告白することができなかった、と聞いた。

20年ほどが過ぎ、地元で家業の書店を継いだ伯父の元に、その子の訃報が届いた。
40代初めにして進行ガンで亡くなったそうだ。


その子が亡くなって数ヶ月経ったある日。
店先で数人の若い女性の「きゃーかわいい!」という嬌声が聞こえた。
何事かと見に行ったら、店の前で仔猫が後ろ足で立ってちんちんしている。
女性の話だと、道を歩いていたら仔猫の鳴き声が足元で聞こえ、
みたら本屋の前で白い仔猫が、こちらを見ながらちんちんしていたそうだ。

その後も白い仔猫は幾度となく店先に現れては、道行く人に呼びかけるように鳴き、
店に誘い込むように後ろ足で起ってちんちんをするようになった。
客寄せ仔猫みたさに店を訪れる客が増え、大型店舗に押されぎみになっていた伯父の書店は、しだいに客足が戻ってきた。
最初のうちは「どこの猫だ、捨て猫か」ぐらいにしか思っていなかった伯父も、
1ヶ月も経つ頃には仔猫に情が移り、餌やミルクをやるようになり、小さな頭や背中をなでてやるようになった。 


伯父はある日、仔猫の背中をなでてやっているうちに、
全身白い仔猫の左脚後ろだけに、木の葉の形のような茶色のぶちがあることに気がついた。
同時に早逝したあの子の左足のふくらはぎにも、木の葉型の薄茶色のあざがあり、
それを気にしていたあの子は、ほとんどスカートをはくことがなかったことも思い出した。
伯父は「客商売で動物は…」とずっと迷っていたのだが、
思い切ってその仔猫を飼うことに決め、猫によくある名前をつけた。
その呼び名は、高校時代の伯父が内緒でつけていた、あの子のあだ名だった。

ずっと独身だった伯父は、小さな本屋で猫と一緒に暮らし、一緒に歳を取っていった。
この話は、病床の伯父が猫を心配して世話を私に頼んだ時、伯父本人から聴いた話だ。
伯父は50代半ばで早すぎる死を迎え、葬儀のあとに年老いた猫もまた姿を消した。

大叔母の話だが、その昔夢遊病だったらしい。 
もしくは狐憑き?なのかも知れないが、とりあえず夢遊病ということにして進める。 

目が覚めると、なぜか川原に立っていたり、山の中にいたりということがあり、 
曽祖父(以下、父)に相談してみた所、とりあえず家族で交代で見張る、ということになった。 
ただし曾祖母(以下、母)は体が弱かった為に不参加。

初日は父が見張り、大叔母が起き上がったところで、
顔の前で手を振ったり前に立ち塞がったりして、本当に寝てるか確認した後で、体を揺すって起こしたそうだ。 
翌日は大伯父(以下、兄)で、父と同じ様にした。 
もちろん大叔母(以下、姉)は、起き上がったことなど覚えていなかった。 

その次の日は祖母(妹)の番。
妹は先の二人と同じく、本当に寝ているかどうか確認した後、 
姉を起こさず、この後何をするのか見てみようと思い立った。 
姉は寝間着のまま裸足で外に出て、少し立ち止まり、 
クルッと向きを変えて、ちょっと離れた牧草地の方へと歩き出した。 
月も出てない夜で、外灯も無く真っ暗な中を、妹は石ころだとかに躓きながらやっと付いて行ってるのに、
姉は確かな足取りでしっかりと歩いていく。 
何となく、ふらふらとした感じを思い描いていた妹は、随分驚いたそうだ。

牧草地に着くと、姉は何かを探すようにぐるぐると歩き回り、やがてそこの真ん中あたりで立ち止まった。 
少し離れた所で見ていた妹は、次の行動を待ったが、どれだけ待っても全然動かなかったので、姉に近寄った。 
顔に手をかざして、寝ているのを確認したものの、
ここで起こしては、自分が言いつけを破ったことがバレると思い、
何とか寝たまま家に連れ帰れないものかと考えたが、担いで帰れるほどの力は勿論無い。 
結局起こすしかないかと、肩に手をかけようとしたその時、姉の手がスッと妹の方に伸びた。 
何事か分からずに、何となくその手をとってみたが、姉に特に変化は無く、そのまま寝息を立てている。 
手を掴んで軽く引くと、姉はそのまま付いてきた。方向を変えるとそれにあわせて寝たまま歩く。 
家族にバレると怒られると思い、妹はそのまま姉を引いて帰った。 

自分の番が来るたび、妹は姉について行く様になった。 
姉の行く場所は一定しておらず、ある日は橋の袂、ある日は田んぼと向かい、 
ぐるぐると何かを探すように歩き回って立ち止まる。 
姉の手を引いて帰り、汚れた足を拭いてバレないように体を揺すって起こす。 
そんな日々が一月ほど続いたそうだ。

夢遊病は一向に改善されず、拝み屋を呼ぼうかという話も出ていた。 
妹自身も、最初の方こそ探検気分で面白かったりもしたのだが、
この頃では、有り体に言えば飽きてきており、次に一緒に行った後は、部屋から出る前に起こそうと思っていた。

そして、妹が最後だと決めていた日。 
姉はいつもの様に起き上がり、いつもの様に裸足で外に出て立ち止まり、どこかを目指して歩き出した。 
妹はほとんど惰性で後を付いていったのだが、進んでいくにつれて疑問が持ち上がった。 
今までは家の周囲、少なくとも歩いて行ける場所にしか向かわなかったが、 
今歩いてるこの道は、歩きだと3時間ほどかかる街への道だ。 
横には線路が通っており、家の近くと街とを結んでいる。このまま街まで向かうのだろうか? 
妹は帰りの時間も考え、ある程度まで行ったらとにかく引っ張って帰ろうと考えた。 

姉はそのまま進んでいき、不意に立ち止まった。 
妹は驚き周りを見回したが、特に何があるわけでもない。 
強いて言えば、線路の向こうにトンネルが口を開けているくらいだが、
ただの道の途中で、特定の場所という訳じゃない。 
今日はこれで終わりかと、姉の手を取ろうとした瞬間、姉は弾かれた様に走り出した。一直線にトンネルへ向かって。
道と線路を隔てる藪を突っ切り、線路の敷石を踏みしめ、一直線に。 
妹は外のよりもいっそう深い闇の中を、姉の足音だけを頼りに進んでいった。 

間もなく、「キイィィィィィ!」という叫び声が前方から聞こえた。姉の声だ。 
何かあったのかと急いで進むと、出口の半円状の『夜』と、トンネル内の『闇』との差で、 
姉の姿がかろうじてシルエットとして浮かび上がった。
姉は天を仰ぎ、歓喜の声を上げていたように見えたそうだ。 
そして姉は壁に近づき、そこを引っ掻き始めた。何かを掘り出そうとしているようにも見える。 
姉は時折唸り声を上げ、コンクリートの壁を一心不乱に掻き続ける。 
怖くなった妹は、いつもの様に手を引いて帰ろうとするが、姉は取り合わない。
それでもなお手を取ろうとすると、「キイ」とも「ガア」とも聞こえる声で威嚇してきた。 

妹は急いで家へ戻り、家族を叩き起こして事情を説明した。
父と兄は、納屋から縄を持って飛び出していった。 
妹は案内する為に自分も行くと言ったが、場所さえ分かれば良いと押し留められた。 
自分の好奇心の為に姉がおかしくなってしまったと後悔し、姉が無事で帰ってくる事だけを祈った。 
仏壇の前で手を合わせる妹に、母は一晩中寄り添っていてくれたそうだ。 

夜が明け、日も高くなってきた頃、兄だけが帰ってきた。 
母と何事か話していたようだったが、それが終わると出された食事にも手をつけず、ボーッと目の前を見つめていた。
どうなったか聞いてみるが、「もう終わったから」としか言わず、しばらくして自分の部屋へと戻った。 
母に聞いても何も答えてくれなかった。 

数日して姉とともに帰ってきた父も同じで、姉は何かがあったこと自体覚えていなかった。 
姉の指先には包帯が巻かれており、爪が剥がれ肉が削げて、骨まで見えていたそうだ。 
その後、姉の夢遊病は無くなり、日常が戻った。

誰からも説明は聞けず、たまにトンネルへ行って確認しようかと思うこともあったそうだが、 
あの夜の体験が恐ろしく、結局一度も行くことはなかった。 

祖母は言う。
「何があったんだろう。あれはなんだったんだろう」と。
「怖いけど知りたい。でも、あれを思い出すと、頭の中で姉の叫び声が響くんだ」と。

私の母方の祖母は、以前産婆をしていました。 
以前といってもかなり昔で、今から50年前くらいになると思います。 

「どんな子も小さい時は、まるで天使のようにかわいいもんだ」といって、幼い私によく話をしてくれました。 
とても楽しかった。
熱いお湯、清潔なシーツと毛布の用意を忘れないこと、赤ちゃんが生まれたときの感動、お母さんの泣いて喜ぶ姿。
そういう場に居合わせられる事が、産婆をしていて本当に幸せだということ。 
幼い私に聞かせるので当然の事なのですが、
祖母は産婆という仕事の明るい部分だけを、おもしろ可笑しく聞かせてくれました。 
そんな祖母も、1年半前に亡くなりました。 

最近になって、祖母の思い出話を笑って出来るようになった母に、
「そういえばおばあちゃん、よく産婆の話をしてくれたよね」
と私が言ったところ、この仕事の暗い部分について母から聞くこととなりました。 
そのお話をしたいと思います。 
これは私の母が、今から10年くらい前に、直接祖母から聞いた話です。 

その日も祖母は、今にも生まれそうな産婦の家へ行って、朝から出産の手伝いをしていました。 
この産婦さんは、出産の時だというのに風邪をこじらせており、周りの人はとても心配していました。 
祖母の他にはSさんという、当時35歳の産婆さんも手伝いに来ていて、
「家が近いし何かと人手もいるでしょ」と、親切な人でした。 
Sさんとは何度か一緒に仕事をしたことがあったので、とても心強かったようです。 

産婦のご家族や近所の人も、今か今かと待っていたのですが、昼になっても夜になってもなかなか生まれません。 
そこで、みんな一旦落ち着こうということになりました。
祖母とSさんは相談し、
「夜は私たち産婆が近くについて、代わり交代に眠るようにします。任せてください」
と、ご家族に話しました。
産婦の母親は、「私もそばに」と言ったらしいのですが、
祖母とSさんは、
「気疲れしていらっしゃるでしょうから、それにその時はすぐ起こします」云々ということで、了解を得たそうです。

2時間ずつの交代で、祖母がSさんから番を受け、また2時間経ち、今度は祖母がSさんに番を預けて、
そしてまた2時間経ち・・・を何度か繰り返しました。
祖母は、風邪の熱が夜中にあがるかもなぁと心配していましたが、思ったほどあがらなかったので、
このまま無事に乗り切れーと祈っていたんだそうです。 

祖母は、産婦さんの苦しい陣痛の声で目が覚めました。
ぱっと見ると、既にSさんは真剣に分娩の手助けをしていました。 
祖母は何となく違和感を感じながら、急いで取り上げの手伝いに加わりました。
物音に気づき、産婦の母親が起こしに行く前にとんできました。
(その地域?村?では、母親以外の家族は分娩する部屋に入らない、という暗黙の了解みたいなものがあったという。
 他の家族は、別の部屋でひたすら待っている) 
母親は娘の手を握っていました。

そしてSさんが赤ん坊を取り上げ、どうにか無事生まれました。 
産婦さんも意識がはっきりしていたので、産婦の母親と私の祖母がホッとしていると、Sさんが言うのです。 
「この子、目ん玉が無いわ・・・」 

祖母は、頭半分母親から出てきた時の赤ん坊の顔を、確かに見たといいます。 
顔、指の本数などは、取り上げた産婆が必ず確認する事なので、今回確認するのはSさんだったのですが、
祖母はついいつもの癖で、確認したんだそうです。
確かに目は開いていなかったが、下にはちゃんと眼球のもり上がりを確認していた、と。 


赤ん坊の母親は半狂乱になって、うつ症状に陥ったが、
何年後かに見た時は、可愛がってその子を育てていたと聞きました。 

祖母は「ずっと言い出せなかった」と、私の母に打ち明けました。「万が一自分の見間違いだったらどうしよう」と。
しかし今でも、
「Sさんがあの赤ん坊の目を、故意に潰したのではないかと、疑わずにはいられない」と母に言ったそうです。 
あの時、祖母が産婦さんの陣痛の声でぱっと目が覚めたときの違和感は、後に冷静になって考えると、 
「Sさんはなぜ私に一言、『起きて』と声をかけてくれなかったのか」ということだった。 

Sさんが一方的に、その産婦さんに何か恨みを持っていたのではないか、 
それとも、祖母の思い違いで、その子は本当に障害児として生まれてきたのか、 
今となっては何も分からないそうです。

仕事で付き合いのあるMさんから聞いた話。 

Mさんは、地方へ出張によく出る。
釣りが趣味のMさんは、その先々で時間を見つけては、
海が近ければ磯へ、山が近ければ渓流へと、釣り糸を垂らしていた。 

とある日、たまたま時間が空いたMさんは、土地勘のない出張先にて、
どこかいい釣りのポイントは無いかと地図を眺めていた。
ほどなくして、近くの山に目標を定めたMさんは、車に乗り込み、助手席に地図を広げるとアクセルを踏み込んだ。

特に道に迷うことも無く、目的の山に到着したMさんは、山道を更に奥へと上っていった。 

しばらく進むと、山道の右側が斜面、左側が崖の様になっており、その崖下数メートルに川が流れていた。 
この辺りにしようか…
道路から外れ、停車すると車を降りた。
耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえてくる。
どこから川まで降りようか…
Mさんは崖に近づいた。 
少々雑草やら木々が邪魔しているものの、傾斜は緩やかであり、川まで降りるのはそれほど苦ではなさそうだった。

視線を木々の間に見える渓流へと移したMさんは、ある物を目にした。 
少々流れの速い渓流だが、それほど深くは無いのだろう。
直径40~50センチ位の石が、所々に水面から顔を出していた。 
岸から2メートル位離れているだろうか?その石の上に、山中には不釣合いなスーツ姿の男性が立っていた。
こんな山の中でスーツに革靴かよ…。
男性は直立し顔を下に向けたまま動かない。
何してるんだ…?
Mさんは足元に気をつけながら少し崖を下り、再び川に目をやり驚いた。 

男性はさっきと同じ直立した姿勢だが、立っている石が違う。
先程男性が立っていた石から1メートル程離れた、別の石の上に移動している。 
………。
しばらく眺めていると、おそらくは苔等で滑りやすくなっているであろう別の石の上に、俯いたまま男が飛び移った。
しばらくするとまた別の石の上へ…。 
あぁ…やばそうだな…。
何度か『そういうもの』に遭遇したことのあるMさんは、
渓流に立つ男性が、この世の人ではないかもしれないと思った。 

Mさんは釣りに行く道中、地元の人を見かけると必ず声を掛けるようにしている。 
近くに河川があることは調査済みなのだが、あえてこう聞くのだそうだ。 
「この辺りに釣りの出来そうな所はありますか?」と。 
ほとんどの場合、近くの河川を教えてくれるか、
「川はあるけどそんなに釣れないよ」とか、そんな返答があるのだが、 
中には「この辺りにはないねぇ」とか、
「近くにはあるけど…あそこは地元の人でも近よらならいから、よしておいたほうがいいよ」
ということを言われる事がある。 
そういった返答の場合、Mさんは余計な詮索はせず、早々に引き上げるようにしているのだそうだ。 
そういった忠告を無視して、ろくなことにあったことがない。 

今日はこの辺で誰にも会わなかったしなぁ…。
Mさんは石の上を飛び移る男性をしばらく見ていたのだが、諦めて帰路に着いた。

5年くらい前の話かな?
ある晩、就寝時は普通にベッドで寝てたんだけど、
目が覚めたら知らないビルの屋上にいて、柵を乗り越えようとしてた。パジャマで、裸足のまんまで。
柵の錆びたところかなんかで手擦りむいてて、その痛みで目が覚めたんだけど、
起きるのがもう数秒遅れてたらアウトだった。
洒落にならないほど怖いって言うか、本気で寿命が縮む思いだったよ。
しかもビルがあったのは私の全然知らない町で、
交番に駆け込んで聞いたら、自宅のある川崎市から品川近辺まで移動してたことが発覚。
そんなに歩いたのか自分!?(時間的に終電後だった記憶が)

その後、始発を待って旦那に回収してもらって事情を話し、
脳神経科と精神科に診てもらったんだけど、脳の方は特に異常なし。
精神科の方では、一応夢遊病だろうけど…と歯にものが挟まったみたいな診断をもらった。
自殺願望も疑われたけど、思い当たる理由はこれっぽっちもなし。薬もアルコールもキメてなかったし。

その後、しばらく寝るのが怖かった以外は特に異常は起きてないけど、
あんなわけのわからん死にかけかたをしたのは、後にも先にもこれきり。
というか、これきりにしてほしい。今思い出しても全身にやな汗が出ます。

祖父が未だ子供の頃の話。 

その頃の祖父は毎年夏休みになると、
祖父の兄と祖父の祖父母が暮らす、田園豊かな山麓の村に、両親と行っていたのだという。 
その年も祖父は農村へ行き、遊びを良く知っている当時小学校高学年の兄と、
毎日毎日、朝から日が暮れるまで遊んでいた。

ある日、田んぼ沿いの道を、兄と虫網を持ちながら歩いていた。 
幼かった祖父は、眼前に広がる見事な青々とした稲達に感動して、
思わず「すげえ。これ、全部が米になるんか」と声に出してしまったのだ。
すると「そうじゃ。この村の皆が一年間食べる分じゃ」と言いながら、祖父の麦わら帽子に手を置いた。 

しばらく二人でその景観を見ていると、不意に兄が口を開いた。 
「なあ、健次(祖父の名前)。『眠り稲を起こすな』って知っとるか?」 
突然の質問に祖父は戸惑いながらも、首を左右に振った。 
「『眠り稲』は、この村に伝わる合言葉みたいな物でな。
 『稲が眠ったみたく穂を垂れても、病気じゃないから変に心配はせんでいい』っちゅう意味らしいんじゃ」 
「へえ」と、祖父は驚きと納得が混ざった様な返事をする。
この稲が全部眠る事があるのかと思うと、なんとも言えぬ不思議な気分になったという。 

その夜、晩飯を食い終わり、祖父が縁側で心地よい満腹感を感じていた時、不意に兄から声がかかった。 
「健次、花火せんか?」
振り向くと、大きな袋を掲げた兄が立っている。 
祖父はすぐに「うん」と返事をした。
この年の子供達は、家の中では常に退屈している様な物である。 
二人は履物をつっ掛け、「ぼちぼち暗なってきたから、気ぃ付けえや」の声を背に、外へ出て行った。 

田んぼ沿いの道を、花火を持ちながら歩く。 
赤や黄の火花に見とれながら、度々着火の為に止まる。

そのまま一帯を散歩しようかとなっていた時だった。 
祖父が特別大きい花火を喜んで振り回していたら、近くの民家の窓が開き、祖父さんが怒鳴った。 
「くらあ!餓鬼共!そないな物振り回して、稲が燃えて駄目になりでもしたらどないしてくれる!」
いきなり知らない大人に怒鳴られて、祖父は勿論、兄もびっくりし、涙目になって逃げだしたという。 
祖父は今でも、家に帰り着いてから兄が、
「糞親父。今に見とき」と呟いたのを覚えているという。 

――深夜、祖父は自分を呼ぶ声で目を覚ます。 
目を開けると、徐々に輪郭を持ち始める闇の中に、兄の顔が見えたという。 
「なあ、面白い事考えたんじゃ」
一体何をこんな夜中に思い付いたのだろう。 
「今からあの糞親父の田んぼ行って、案山子を引っこ抜いたるんじゃ。健次も来るか?」 
祖父は余りに驚き、必死で首を振って拒否した。
「そうか、行かんか。それでもええんじゃ。けだし、大人達には俺じゃって事、ばらしてくれるなよ?」 
祖父は頷いた。
兄は一人で行って来るのだろうか? 

兄が部屋を出て行く気配を感じたのを最後に、また祖父は深い眠りに落ちて行った。 

――翌朝。
何か悪い夢を見た気がする。 
祖父は目を擦りながら、家族が待つであろう一階へ降りた。 
異様に静かだ。というより、誰もいない。 
祖父は嫌な予感がした。 
兄が取っ捕まったのじゃないだろうか? 
寝間着のまま急いでわらじを履いて、外へ駆け出した。 
田んぼ沿いの道を走る。

やがて例の農家が近付くと、異様な人だかりが見えた。 
嫌な予感はますます強まり、人だかりを必死でかき分けて、祖父は田んぼを見たという。 


――そこには、案山子があった。 
いや、それは兄だった。 
両足を田んぼの泥に突っ込み、両手をバランスでも取る様に水平にしている。 
口からは涎が垂れ、目の焦点はあってない。 
「兄やん……?」
祖父はそう言うのがやっとだった。 

家族は兄を家に引きずる様にして連れ帰り、深刻な顔で話始めた。 
「眠り稲を起こしよったな…」 
「あれは気が触れてしまってるのう…」 
幼い祖父には、なんの事か分からない。

結局祖父には何も分からないまま、その年は早く地元へ帰り、
もう毎年兄の住む農村に帰る事はなくなったという。

『眠り稲を起こすな』
この言葉の真意を祖父が知ったのは、兄の葬儀の為に最後に農村へ帰った時。 
これが意味するのは、決して稲が穂を垂れても~という事じゃない。 
『草木も眠る丑三つ時、田んぼに行ってはならない』という、村の暗黙の了解の様な物だったのだ。 

丑三つ時の田んぼに行った兄。
タブーを犯してしまった兄に、あの夜何が起こったのかは分からない。
もしかすると、化け物に襲われたのかもしれない。 

とにかく、人間には想像すらできない様な正体を持つ伝承は、
日本のあちこちに、ひっそりと息を潜めているのだという。

不思議な記憶と言うか、今でも鮮明に覚えてる記憶。 

小学校五年生の夏休み、
家の裏手にある大きなグランドで、夏休みの自由研究である『身近にいる昆虫リスト』を作ってた。 
するとグランドの隅、地面がコンクリになってる場所で、下水道に通じるだろう錆びた鉄の扉を見つけた。 
興味本位で取っ手をつかんで開けてみると、下に続く梯子が見える。 
それを見た俺は冒険ごっこがしたくなり、すぐさま家に帰って懐中電灯をとってくると、
ワクワクしながらその梯子を下りた。 

下に着いてみると、床は金網になっており、更に下には暗渠があるらしく、小さく水音がしてた。 
イヤな臭いがしなかったので、下水ではないと思う。 
通路は後ろと前の2方向に伸びており、とりあえず正面に歩くことにした。 

懐中電灯で足下を照らし、ワクワクしながらしばらく歩くと、(たぶん20mぐらい)
目の前に鉄格子が現れて、行き止まりになっていて、すぐ脇には上に伸びる梯子が設置してあった。 
「もっと、凄い物が見れると思っていたのに…」と、ガッカリしながら梯子を上がった。 
「歩いた距離からして、道路を挟んだ反対側の空き地あたりでも出るんだろう」
と、予想をしながらふたを開けて地上に出ると、降りた場所と同じに出て、おまけに夕暮れ時だった。 
入ったのは昼過ぎのはずなのに。

なんだか怖くなってきて、とりあえず家に帰ろうとグランドを後にしたんだけれど、何か変。
何というか、風景が微妙におかしい。 
大まかなところは見知った近所なんだけれど、
いつも駄菓子を買ってた雑貨屋が、見たこともない民家になってたり、
公民館が病院になってたりした。 
道路標識も、見たこと無い変なマークになってた。 

急いで家に向かってみると、やっぱり微妙に変だった。 
庭には巨大なサボテンが花を咲かせてるし、
スポーツカーを縦に縮めたみたいな妙なデザインの、赤い車が駐車場に止まってた。 
玄関の脇にはインターホン代わりに、下向いた小さなレバーが飛び出してるし。 
四つ足の髭の生えたキリンみたいな置物が、扉の両サイドに立ってた。 
でも、やっぱり自分の家なんだ。
細かいところは違うけど、どう見ても自分の家だった。 
表札もちゃんと自分の名字だったし… 
なんか、間違い探しをしている気分になった。 

玄関から入っていくのが怖くなって、家の裏手に回って、台所の窓から中をのぞくと、
居間で、紫の甚兵衛を着た父親と、何故か学校の音楽教師が仲良く話していた。 
それ見た俺は、当時プレイしてたドラクエ3の事を思い出した。 
あのゲームって、裏世界ってあったじゃない。アレを思い出して、「裏世界に来てしまった!」と思った。 

慌てて元のグランドに戻って、さっきの地下通路に降りて、元来た道を引き返した。 
ほんとに冷や汗かきながら、必死で走ったよ。遅れると二度と戻れない気がして。 

で、入ってきたと思われる扉から出て、無事に戻ってきた。 

この出来事があってから、怖くて怖くてグランドに近づけなくなった。グランドの方を見るのもイヤだった。
あれに関わると、何かの拍子にまた裏世界に行ってしまって、
今度は戻れなくなるんじゃないかと、気が気じゃなかった。 

グランドを避けて生活している内に引っ越してしまって、結局アレが何だったのか分からずじまいだった。 

でも半年前に、仕事で近くを通る機会があったので、まだあるのかと寄ってみた。 
半分駐車場になってしまってたけれど、グランドはまだあった。 
でも、当時の恐怖感とかフラッシュバックして、やっぱり近づけなかった。 

て、俺の体験。読みづらい長文でごめんね。
もしかしたら、夢か何かを勘違いしてるのかもしれないけど、何故かかなり細部まで覚えてる。

マジ話なんだけど誰も信じてくれない。

友達との飲み会の後、自分の家に帰ろうとした。
帰り道、近くの公園を通れば家まで早く帰れるなって思って、近くの公園を通った。
そしたらさ、公園の砂場の近くに何かいんの。
何だろう?って見ると、猫の群集。猫が20匹ぐらいいんのよ。
オレは『あぁ、猫が会議するっていうのは本当なんだなぁ・・・』って思って公園を通ってたら、
「缶詰毎回同じで飽きる」とかって声がした。
ビックリして当たり見回したんだけど、周りには猫しかいないワケよ。
えっ?そら耳か?と思ったら。
「うちのご主人ねぇ、この前Hな本をお母さんに見つかって怒られてたんだよ」って声が聞こえたのよ。
そしたら、「アッハッハッ」とか談笑が聞こえんのよ。
猫の方見ると、何か笑ってるような感じなのよ。
オレ、ダッシュで逃げた。
んで、家に帰って布団に包まって寝たよ。
今のは夢だ夢って思いながら。

アレは、オレが酔ってたとかじゃなくて、絶対に猫が人間の言葉で話してたに違いない。

ちなみに、自分も猫を飼っている。
あの出来事があってから、うちの猫に「オレの恥ずかしい出来事とかはあまり他所で話すなよ」って言い聞かせてる。
そう言うと、うちの猫はキョトンってしてるけど・・・猫かぶってると思う。

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