怖い話らぼ −怪談・都市伝説まとめ−

怖い話をまとめたサイト。2ちゃんねるやホラーテラーの怖い話、意味がわかると怖い話、実話の怖い体験談、都市伝説などを毎日更新。3ヶ月に1度は怖い話のランキングも作成。

カテゴリ:ほんのり怖い話 > ほんのり怖い話1-30


ほんのり怖いかどうか分からないですけど、書かせてもらいます。 

俺ね、物心ついた時から“薪”がどうしてもダメだったんです。あの木を割った棒きれが。 
どうダメだったかと言うと、
例えばドラマ(北の国からとか)で薪が出ると、物凄い嫌悪感というか吐きそうになって。
リアルで見ることは殆どないから実害は少ないんだけど、
アニメやドラマで薪が出ると気持ち悪くなって、すぐにチャンネルを替える。
この状態がかれこれ20年以上。 

でも、何で薪がダメなのか、自分でも理由が分からないんです。気がつけば薪を嫌悪してて。 
そういうのって気味悪いでしょ?だから何度も親と兄貴に聞きましたよ。 
「俺が薪を嫌悪する理由知らない?俺が小さい時に何かあった?」って。 
でまあ、予想通りというか、親も兄貴も「知らない」と。
それでも食い下がると、「しつこい!」ってキレられる。
でもね、雰囲気で分かるんですよ。親も兄貴も絶対何か知ってるって。
俺ももう31だから、ちょっとやそっとの事では動じないし耐える自信もあって、 
だから機会がある度に聞くんだけど、相変わらず「知らない」の一点張りで、
ああ俺はこのまま訳も分からず、薪を嫌悪して生きて行くんだなあって思ってたんです。 

その薪を嫌悪してた理由がね、分かってしまいました。3日前のことです。 
話は今から一週間前に遡ります。居酒屋で友達と飲んでいたときの事。
たまたまその友達の知り合いがやってきて、一緒には飲まなかったんだけど名刺をもらった。
その人精神科の先生で、人柄も良さそうだったから、
「後で聞いて欲しい話があります」ってお願いして、2日後に連絡を取ったんです。 
聞いて欲しい話っていうのは、もちろん薪の事。
なるべく細かく説明して、「もう20年以上も続いてるんですが、精神的な理由なんでしょうか?」って。
先生が言うには、「おそらくそうでしょうね」と。

「何とかして思い出す事はできませんか」と訊ねると、
「誘導催眠なら出来る可能性がありますけど、覚悟が必要な場合も多いですよ」とのこと。 
(催眠についてちょっと補足です。
 心理学を専攻した人は催眠“術”とは呼ばず、誘導催眠とかヒプノセラピーと呼ぶらしいです。
 科学的に説明できるものなので“術”ではないと) 
その先生も(Nさんと呼びます)一通り誘導催眠について学んだそうで、
「もしどうしても思い出したいなら、成功云々は置いといて、プライベートでやってみてもいいですよ」と。 

そんなわけで3日前、Nさんの仕事が終わった後自宅にお邪魔して、静かな部屋(リビング)で誘導催眠をやってもらいました。

Nさん曰く、
「浅い催眠状態の時は自分の話した言葉をちゃんと覚えてるけど、
 ○○(俺)さんの場合は退行催眠に誘導しなければならず、
 退行催眠→深い催眠状態になるので記憶が飛ぶことがある。
 なので、一部始終をテープで録音しますね」

そして、俺は誘導催眠を受けて色々話しました。(時間にして3時間!Nさんありがとうございます) 
ただ、Nさんの言うとおり、退行催眠が始まってからはほとんど何を話したか覚えてないんですよ。 
なので催眠が解けたあと、「理由は分かったんでしょうか?」とNさんに聞いてみました。 
Nさん、すごく悲しそうな顔して(というか泣いてました)「ええ・・・」と。
その顔に不安を覚えながらも、「テープいただいてもいいですか?」って聞くと、

「いいですよ。
 ただね○○さん、精神科医の立場から言わせてもらうと、
 これは思い出さなくてもいい部類の話なんだと思います。
 僕たちの仕事は患者さんの心の病を取り除くことであって、心の闇を突きつける事ではないですから」と。
「それでも知りたいですか?」との問いに、少し考えた後「はい」と答え、テープをもらいました。 

以下、退行催眠が始まってからのやり取りです。
テープ聴きながらなので、ほぼ原文で書けます。 

15歳 
N「○○くん、あなたは薪が嫌いですか?」 
俺「嫌いです」 

10歳 
N「○○くん、君は薪が嫌いかな?」 
俺「嫌いです・・・」 

7歳 
N「○○くん、君は薪が嫌いかな?」 
俺「嫌いです・・・」 

6歳 
N「○○くん、君は薪が嫌いかな?」 
俺「嫌いです・・・」 

5歳 
N「○○くん、君は薪が嫌いかな?」 
俺「きらいじゃないです」 


48 :本当にあった怖い名無し :2005/11/05(土) 18:07:28 ID:FDe9EqMh0
6歳に戻る 
N「○○くん、きみは薪が嫌いなんだよね。どうして嫌いになったのかな?」 
俺「・・・・・・」 
N「理由をお兄さんに教えてくれないかな?」 
俺「やだ」
N「どうしてかな?」 
俺「こわいもの(涙声)」 
N「大丈夫だよ。お兄さんが傍にいるから。ね、怖くないよ話してごらん?」 

20秒弱の沈黙

俺「あのね・・・」 


6歳の俺が語った事で全て思い出しました。事の顛末を書きます。 

俺の実家は栃木の田舎なんです。
家は日本昔話に出てくるような純和風の家で、家もでかけりゃ土地も広い。 
俺がまだ幼かったころ、俺は母さんの手伝いをよくしてました。
風呂はガスだったけど、うちのじいちゃんが「ご飯は薪で炊け」ということで、ご飯はいつもかまどで炊いていたんです。

俺が幼稚園から帰ってきて夕方になると、母さんが「○ちゃん、薪おねがいね」と言って駕籠を渡してくる。 
俺は駕籠を受け取って、母屋から50mくらい離れた薪小屋に走って、その日のお気に入りを10本くらい選んで駕籠に入れる。
そしてまた母屋まで走って、母さんに「はいっ」って渡す。 

母さんが薪をかまどに入れて新聞で火を付けて、薪がぷすぷす燃えてくると、
ご飯が炊き上がるまでの間、俺をおんぶして唄を歌いながらゆっくり家を一周してくれた。
俺はそのおんぶが楽しみで、母さんの背中が心地よくて大好きでした。 

夕飯になると家族が全員揃う。
俺はそこで「きょうもね、ぼくが薪をえらんで運んだんだよ!」と自慢げに話す。
じいちゃんもばあちゃんも父さんも「○ちゃん偉いね。だからこんなにご飯がおいしいのね」って褒めてくれて。
それが嬉しかった。 

6歳のとき、幼稚園から小学校になっても薪を運ぶのは俺の役目で、
夕方になると母さんに駕籠を渡されて、薪小屋まで走る。
その日もいつものように駕籠を渡されて、薪小屋まで走った。
薪小屋は4畳くらいの四角い小さな小屋で、戸を開けると左右正面に薪がずらっと積んである。
だから実質の広さは1畳くらいしかない。 

その日も当たり前のように戸を開けた。 
俺から見て真正面、狭い小屋の中で、近所のお兄さんが首を吊って死んでいた。 
狭いから距離なんかほとんどなくて、ほんとうに目の前でぶら下がっていました。 
青いパジャマ姿で目を見開いて口からは涎を流して、下には小便らしき水溜り。 
ちょうど物心がついた時期に、人の死をこんな形で見てしまった俺は半狂乱になったんでしょう。 


51 :本当にあった怖い名無し :2005/11/05(土) 18:09:53 ID:FDe9EqMh0
俺の叫び声に何事かと家族全員が駆けつけてきて、兄さんの死体を発見して大騒ぎになって。 
その後は警察やら近所の人やらが来て、田舎での首吊り自殺なもんで、地域では大変な騒ぎでした。 
そして俺はと言うと、少しおかしくなってしまってて、
ほとんど口を開かなくなり、夜中に突然大声で泣き出したりと、手に負えない子供になってしまった。 

そんな孫を不憫に思ったじいちゃんが、俺を母方のおばあちゃんの家に1年間預けた。学校は休学。 
(この辺の記憶は全くありません。母から聞いた話です)
その間に薪小屋とかまどを潰した。 

そして1年後、実家に戻ってきた俺は、件の事件をすっぱり忘れてた。 
実際は忘れてたんじゃなくて、
極度のストレスとトラウマによって心が破壊されるのを防ぐために、自分で記憶を封印してしまったんですね。
でも全ては封印出来なくて、薪を見ると理由も分からず凄まじい嫌悪感を抱くようになったと。 

これが事の顛末です。 


52 :本当にあった怖い名無し :2005/11/05(土) 18:10:38 ID:FDe9EqMh0
ここからは余談です。 

人間の脳って凄いなと思いました。
フラッシュバックっていうのか、思い出した瞬間、鮮やかな映像と記憶が蘇った。
お兄さんが着ていた服、小屋の様子、当時の家族の顔、風景、まるで昨日の事のように。 
鮮やかな記憶のまま封印したから、出した時も鮮やかだったんだろうか。 

とまあ、今は落ち着いて書けてますけど、思い出した時は軽いパニック状態になりましたよ。涙がボロボロ出た。
思い出して良かったという気持ち、思い出さなければ良かったという気持ち、 
お兄さんの死を悲しむ気持ち、お兄さんを憎む気持ち、郷愁と懐かしさ、後悔、恐怖、
色んな感情が溢れ出して来て、1時間以上も大声で泣いてしまった。
6歳の時の俺と、今の俺の感情がリンクしてしまったのかなあ、なんて。 
 
それで、昨日のことなんですが、母にね、全部話しました。 
一応前置きとして、ショックだったけど耐えられたこと、気を使ってくれて感謝してること、 
あと、あのおんぶしてもらってた幼少時代、ほんとうに幸せだったこと、などなど。 
母は静かに嗚咽を漏らしてました。「あれはね、誰も悪くないのよ」と。 
母が言うには、お兄さんが自殺して俺がおかしくなってしまって、
それを知ったお兄さんの両親が、毎日うちに土下座して謝りに来たらしいです。
俺がおばあちゃんの家に引き取られてからも、それはしばらく続いたらしくて。
「だから思い出しても○○さんを恨んじゃだめよ」と母は言った。 

それから色々話したんですけどね、割愛します。昨日10年ぶりに母の肩を揉みました。 

以上です。 
霊の話じゃなくてすんません。
オカルトと言うより心理学や精神世界の話かも知れないんですが、
25年間も記憶が飛んでたっていうのが自分的にはオカルトかなあ、なんて。

引用元:ほんのりと怖い話スレ26 
このエントリーをはてなブックマークに追加

仕事帰りの電車の中で携帯いじってたら、隣に座った黒人っぽい外人の男の人がずっとこっちを見てたんです。 
 
睨んでたわけではないのですが凄く見つめられてたので、携帯嫌いなのかな?と思いバッグにしまいました。 
手持ち無沙汰になったのでボーっとしてたら、その隣の外人さんに「ドコノエキデスカ?」と声をかけられたんです。
 
私は意外に上手い日本語にびっくりして、ああ、話しかけたかったから見てたのかと思い、

「○○駅ですよ。そちらは?」と聞くと、外人さんは「○○○○○デス」と国の名前をいわれました。 

意味がわからなかったのかな…?と苦笑してたのですが、その国がちょうど『あい○り』で旅している国だったので、

「遠いですね!」と、番組で見た風景を思い出しながら喋っていました。 

なんの仕事をしているかとか、趣味はなんだとか、本当に色んな話をしました。 

男性は、車のディーラー?みたいな事をしていると言っていました。 

上司とそりが合わないとか愚痴をこぼしていたので、日本のサラリーマンと変わらないなと微笑ましくなりました。

男性が降りる駅がだんだんと近づき、話もヒートアップしてたのですが、男性が急に「デンワバンゴウヲオシエテクダサイ」と言ってきたので、さすがにコレはやばいんじゃないかと感づき、いやですと言おうと思ったのですが...

今まで親しげに話してきてたので失礼かなと思い、やんわりと断ろうと思い、

「携帯変えたばかりで番号覚えてなくって」と言うと、

男性は「ソレ、ボー○フォ○デスヨネ?メニューオシテ0オセババンゴウデマス」と、この場ではいらない程の詳しさを披露。 
 
内心、終わった…と思いながら番号を教えたのでした。

まあしつこかったら着信拒否すればいいし…と、その時は簡単な気持ちだったのです。 

その夜さっそく電話が。内容は上司の文句。私も心当たりがある内容だったので少し会話をしました。 

『マタ、ソウダンシテモイイデスカ?』と言うので、「はい」と言ってその日は終わりました。 

次の日は仕事中に電話がかかってきていました。

しかし、仕事で疲れていたので、折り電はしないで寝てしまいました。 
それからは毎日のように電話はかかってきていて、仕事中に電話がとれない私はさすがに辟易して、着信拒否をしてしまったのです。 


そんなことも過去になりつつある一ヵ月後のこと。急に自宅に警察が来たのです。

「Kさんですか?」

確かに私の名前です。
「○○さんを知っていますか?」

その名前はあの黒人の外人さんでした。 

神妙な顔で言い出した刑事さんの口から意外な出来事が。 

「○○さんは二日前から行方不明になってまして、とある事件の容疑者なんですが…」 

話を要約するとこうだった。 

二日前、外人男性の上司が殺されたというのだ。

上司の自宅近くに外人男性の車があり、その車の中に携帯があったというのだ。 

その携帯のメモには、

『Kさんがいけない。相談にのってくれるといったのに』と、英語で書かれてたというのだそうだ。 

それを聞いて私はゾッとしました。

何回も電話をかけてくれたのに…それを無視したからなのか?

混乱した私に刑事が言いました。 

「そして、そのメモにあなたの住所が書かれていたので…」 

耳を疑いました。男性に住所まで教えた覚えはありません。 

本当に怖くなって、刑事に男性と知り合ってからいままでのことを話しました。 

刑事は「とにかく何かあったら連絡するように」と言い残して帰っていきました。 

しかし私は、この住所がバレているのと、恨まれているらしい事で恐ろしくなって、

男性が逮捕されるまで友人宅に泊めさせてもらいました。 

それからすぐに男性は逮捕されたらしいですが、いまだにこの家が誰かに見張られているようで空恐ろしくなります。
 
もう絶対に気楽に番号を教えない…と心に誓いました。


引用元:ほんのりと怖い話スレ 27
   

このエントリーをはてなブックマークに追加

2年前の夏、友人4人で海に行ったとき、一人が「どうせなら今夜は肝試しをしよう」と言ってきた。
 
「別にいいよ」と返すと、「じゃあ、○○岬でいこう」と、車で30分ぐらいかけてわざわざ移動。

ビールも飲んでいたしテンションも高かったからさして苦にならず、騒ぎながら○○岬の神社へ到着。

「霊感もないし、別に怖くねーw」とか言ってたけど、友人の一人が突然ぐずりだした。

「あぁなんか見える・・・」とか言ってた。 

そういうの全く信じていなかったから、「はいはい、見える見えるw」とか言ってたんだけど、 

そいつが指差す方を見ると、確かに何かが動いている。ふらふらというかゆらゆらというか。 

根が小心者の俺は怖くなったから、やっぱりやめようかと声をかけようかと思っていたとたん、 

「やめろー!やめろー!」と確かに2度、神社の奥から叫び声が聞こえてきた。 

友人たちもびっくりして急いで車に避難、その場を離れた。 

帰り道、「さっきは、やばかったな」なんて話していると、

「実は逃げるとき肩を引っ張られた」とか、「俺は足が異様に重かったとか」言い出して、「まじかよ」と俺。

この時点で完全にびびってた俺は、「さっきあの『やめろー』って言葉の前、実は俺やめようかと思ってたので、見透かされたみたいで怖かった」と言うと、友人たちは「そんな言葉聞いていない」と言った。 

「え、俺ら一斉に逃げ出しだのは、声が聞こえたからじゃねーの?」と言うと、 

「動いてたやつが突然大きく広がって消えたから」とか、「神社の横に女の子が見えたから」とか、みんなばらばら。

結局なんだったんだってことになり、結論も出ないまま帰宅した。

引用元:ほんのりと怖い話スレ25
このエントリーをはてなブックマークに追加

私の家族は、自由奔放な父と、明るく誰からも好かれる母。 
どこにでもいてる三人家族でした。
あそこに住むまでは。 

今から12年前に引っ越した、3階建ての赤黒いマンション。
その辺りは晴れてても、淋しい雰囲気でした。 
部屋は3LDKの一階。私の部屋は和室。窓は大きいのにとても暗かった。 

初めて見た時の事は覚えてないけど、真っ赤な着物を着た女が毎晩、布団の周りをウロウロしてました。 
毎日電気をつけて全身に布団かぶって寝てたんですけど、ちょっと隙間あけてみると女も覗いてる。 
大体そこで記憶はとんで、起きたら汗びっしょり。風邪ひきやすくなったのもその頃からです。 

転校してすぐ友達も出来、私の母親がとても明るく優しかったので、いつも家に友達が遊びにきてたんですが、 
誰かが来るとラジカセがついたり声が聞こえたり、皆でちょっとした肝試しみたいなことをしてました。
色々ありすぎたので省きますが、気になったのは、みんな家に来ると絶対寝るんです。 
誰かから聞いたんですが、そうゆう空間にいると眠くなるらしいです。詳しくは知らないんですけど。

家族に異変があったのは、私が中学に入ってすぐでした。 
クラブが終わって家に帰ると、部屋が真っ暗なんです。 
いつもは母が晩ご飯の用意をして、『おかえりー』って言ってくれてたのに、その日は誰もいない。晩ご飯もできてない。
とりあえず電気をつけようとしたけど、つかない。
電球買いにいったんかなと、自分の部屋入ると母親いるんですよ。
ベットあるのに、床にうつ伏せなって動かない。 
「お母さん?」って声をかけると普通に起きてる。 
「なあに?」 
目は何か虚ろでいつもと全然違う。 
「何て、何してるんよ?」 
「・・・・」 
「ってかご飯は?」って聞いたときでした。 
「うるさいいいいいいぃぃぃぃ!!!」 
母は急に立ち上がって私の髪の毛を掴み、びびって倒れた私のお腹を何度も蹴りまくった。 
何が起こったのかわからなかった。 
首しめられ、「おまえが悪いんや」やらなんか叫んでたけど、その時の私は放心状態だったと思う。 

それからは地獄でした。 
母は毎日、仏壇とか窓に向かって「入ってくんな。殺すぞ」って一人で喋ってた。 
きついのが、夜一人で外に出て、線香を道路にずっと並べていくんです。 
泣いて止めても、「姫は私がまもります」とか、「おまえで最後。だから大丈夫」とか、意味不明でした。 
今まで元気だった母が急に別人のようになり、悲しくて恥ずかしかった。 

高校に入ってすぐ引っ越し、母は精神病院へ、父は刑務所へ。
後から聞いたんですが、あの辺りは霊道が通ってて、マンションの裏には小さい祠があるらしいです。 
あと、うちの父の家系が呪われてるという話も聞きました。 
私で最後って事らしいんですが、もしかしたら母が守ってくれたのかもしれないです。 

長いし文章下手でごめんなさい。
 

引用元:ほんのりと怖い話スレ25
このエントリーをはてなブックマークに追加

小学生の頃、けっこう手酷くいじめられてた。 
その頃のことはあまり思い出したくないんだけど、ちょっと気になることがひとつ。 

いじめられてた当時、それでも仲良くしてくれてた友達がいたんだ。S君。 
S君と遊びに行った場所は今でも覚えてる。学校の裏の山とか、近所にあった底なし沼とか。 

学年も変わり、やっとクラスの人とも少しは打ち解けられるようになる頃だったか、 
親の仕事の都合の引っ越しがあり、その小学校を転校し、中学にあがると同時に元の住所近くに戻った。

中学生になったらS君と会えると、ちょっと楽しみにしてた。 
でも、いざ中学に通うようになってみたらS君はいない。 
彼も転校したのかと思い、同じ小学校出身の人に聞いてみた。 
…ところが、返ってくる返事が驚くようなものばかりだった。 
誰ひとりS君の存在を覚えてなかったんだ。 
いじめられてた自分よりも、よっぽど同級生とも打ち解けていたのに。友達だって自分よりも多かった。
それなのに、S君のことを覚えている人が誰もいない。
卒業アルバムも見せてもらったんだが、なんでだかS君はその中にはいないし、 
転校したのかとも思ったんだけど、それでもひとりくらいは覚えていそうだし… 
そこまで考えて、ふと思った。 
最初からS君なんていなかったんじゃないか? 
いじめられた自分が、淋しくて想像で造り出した架空の人間だったんじゃないか? 
…それじゃ、あの時自分はひとりで虚空に向かってしゃべって笑ってたのかな。 
いや、でも一年間同じクラスだったんだよ、S君の顔は今でも覚えてる。 

中学を卒業してからもう何年も過ぎたんだけど、いまだにS君の所在は不明。 
自分の妄想上の友達だったのか、実在した同級生だったのかどうかも不明。 
いずれにせよ、あの頃一緒にいてくれてありがとうと伝えたい。

引用元:ほんのりと怖い話スレ25
このエントリーをはてなブックマークに追加

三鷹駅と東小金井駅の間の、踏み切りでの話。 
この話は、この駅の近くにある大学に通う学生が体験した本当の話である。 

彼はその日、部室で仲間と麻雀を行っていた。俗にいう徹満。
深夜3時過ぎにやたらと喉が渇くので、近くのコンビニに買出しに行くよう先輩から命じられた。
大学入り口すぐの踏み切りを渡った所にコンビニがある。 
踏み切りは当然、深夜の為に開いた状態。
彼が渡ろうとすると、突然踏み切りが降りてきた。 
この時間に電車?と線路の左右を見るが、電車の光は無い。 
潜って渡ろうとすると・・・子供の声が聞こえた。 
「ダメだよ!!大変な事になるよ!!僕はもう嫌なんだ!!」
周りには誰もいない。
しかし、はっきりとこの言葉を繰り返し聞いたという。
彼は怖くなり部室に飛んで帰った。当然先輩からは怒られた。

やがて麻雀が終わり、仮眠を取り、翌朝の講義に備えた。 
そして、コンビニへ先輩と一緒に買出しに行くと、いつもの様な開かずの踏み切り状態であった。
反対側には、踏み切りが開くのを今か今かと待つ人であふれていた。

やがて踏み切りが開くと、一斉に人々や車の往来が始まった。 
その時、彼は見た・・・あの子だ。深夜に声をかけたのはあの男の子だ。
彼は渡りながら、先輩に「あの男の子です。深夜話した声」。
先輩は、「何馬鹿な事言ってるの。寝言は寝てから・・・」と言っているうちに、その男の子とすれ違った。 
「やっぱり見えてたんだね。僕はもうここで事故を起こしたくないんだ」と二人に言ったという。
二人が振り向くと、男の子はスーッと消えてしまった。
「お前、今の見た?・・・」と先輩。
「はい、嘘じゃないですよね・・・」 
その後、買い物もせずに部室に飛んで帰ったそうです。 

数日後、心霊番組でその付近の話を取り上げていた。 
霊能者によると、この場所で踏み切り事故で亡くなったご老人がいて、孫を非常に可愛がっていたそうだ。 
その後、子供(男の子だけ)の踏み切り事故が立て続きに発生した。 
悲しい因果だが、亡くなられたご老人のお孫さんもこの場所で亡くなった。 

その後、事故は発生していないとのこと。 
彼は花束とお線香を月に1度、卒業するまでお供えしたという。

引用元:ほんのりと怖い話スレ25 
このエントリーをはてなブックマークに追加

俺の職場での話。 

俺の職場の先輩は面倒見がいいし、仕事もスゲーってほどじゃないけど確実で、取引先からも指名で仕事が来たりする。
 
ただ、ちょっと困ったとこは、異様に家族のことを大切にしてること。 

奥さんや娘さんのことを話し出すと止まらなくって、

休日明けなんかは家族と何をやった、どこへ行ったってことを写真を見せびらかして話してる。 

それだけならいいお父さんで済むんだけど、問題は奥さんと娘さんが既に他界されてること。 

それ以外は本当に頼りになる人で、仕事にも支障がないから、みんな触らないようにして過ごしてる。

で、いつぞやの忘年会のこと。 
 
その年は割とデカイ仕事が成功したこともあって、忘年会はかなり豪勢だった。 

先輩もいつになく上機嫌で、普段は絶対にしない深酒をして、終いには歩くどころか、いすに座ってるのもままならないことになってた。 
 
そんな状態だから一人で帰すわけにもいかないけど、先輩は家族が待ってるからと、帰ると言って聞かない。 
しかたなく、社長命令で俺ともう一人の同僚が送って行くことになった。

同僚は下戸で車に乗って来ていたので、その車で先輩の家まで行くことになった。 
(本当は同僚だけが送って行けと言われたのだけど、見捨てられず付いて行った)

先輩はどっから見ても酔い潰れてるってのに、いつの間にか持ち帰りを頼んでて、それをしっかり抱えてたのを覚えてる。

先輩の家に着くと、当たり前なんだけど家の中は真っ暗。

いくらか回復してた先輩は、「もう寝ちゃってるなー」と言って笑った。 

お茶くらい出すからと言うのを、とっくに日付も変わってるしと断っていると、

トタタタタタ ガチャ 玄関が開いた。

「なんだー、起きてたのか。お土産あるぞー」と、どこか嬉しそうな先輩。 

真っ暗な家に入っていく先輩に俺らは、それじゃと言って車に乗り込んだ。 

車の中でガチガチ震えてる俺ら。

「……なあ、先輩は、何と住んでるんだ?」

今でも先輩は、誰も写ってない奥さんと娘さんの写真を見せてくれる。 

ちなみに、奥さんが死んでるっていうのは、俺らも葬式に行ったから知ってる。 

というより、社員全員が手伝いに行ったんだけど。


引用元:ほんのりと怖い話スレ24
 
このエントリーをはてなブックマークに追加

大学の先輩と行ったドライブ旅行の帰り道。 
 
途中、地図を読み間違えたのか、近道しようとした俺たちの車はどこかの山道に迷い込んじゃった。 

時間は夜の8時くらいだったけど、山中なので行けども行けども暗い道が続き、運転してた先輩もナビしてた俺も(つまり一番の責任は俺のせいってことだが…)
 
完全にどこ走ってるのか分からなくなってたとき、ふと前方を一台の軽トラックが走っていることに気が付いた。 
ずっと不案内な暗い山道つづきで不安だったから、ちょっとだけ安心して、もういっそその軽トラについて行こうって事になった。

ところが、その軽トラについて行っても、なかなか山道を抜け出せない。 
それどころか、どんどん山の中に入っていくような気もする。 
それでもしばらくは軽トラの後をついて走っていたのだが、ある時ふと距離が開いたと思ったら、いつの間にか前方を走っているはずの軽トラの姿が見えなくなってしまった。
 
細い山の中の一本道、よっぽどのことがなければ見失うことなどまずありえないはずなのだが、俺たちの車の前にはただただ暗い山道が続くばかり…
 
不思議には思ったのだが、まずは山から抜け出すことが先決だと思い直し、その道をまたしばらく走り続けていた。

ところがある時、俺たちの後方に何かがついてきていることに気が付いた。

最初は何だかわからなかったのだが、よーく目を凝らしてみると、なんとそれが軽のトラックだったのである。 

勿論、それが先ほど前方を走っていた軽トラと同じ車かどうかはわからない。 

ただ、そいつはひとつ奇妙な行為をしていた。

結局その行為のおかげで、後ろを走っていることにしばらく気が付かなかったわけだが。 

その軽トラは“ライトを消して”ついてきていたのだ。 

ライトを消した状態で、果たしてこんな曲がりくねった山道を走れるものだろうか・・・? 

そんな俺たちの疑問なんかお構いなしに、きっちりと俺たちの車についてくるその軽トラの姿が、だんだん不気味になってきた。
 
やがて、「もしかしたら、“ついてきてる”んじゃなくて、“つけられてる”んじゃないか?」 という考えに至って、何だか急に怖くなった俺たちは、なれない山道にもかかわらず、出来るだけスピード上げてチギってやろうとした。

けれど、その軽トラは呆れるほど執拗に“付けて”きた。勿論ライトは消したまま・・・ 
 
先輩も俺も完全にビビってて、「どうしよう…」とか言い合うものの、どうしようもなくて仕方なく車を走らせてたら、ある所から後ろの軽トラの姿が完全に確認できなくなった。 
 
今度は見えないんじゃなく、本当にいなくなっていたんだ。 

何だかキツネにつままれたような気持ちにはなったけど、何はともあれ諦めてくれたんだろうかと少しホッとしてたら…

しばらく走った道の前方に、後ろを走っていたはずの軽トラの姿が俺たちの車のライトに映し出された。 

その瞬間、サーッと血の気が引いて、俺たちは言いようのない恐怖を感じ始めたんだけど、一方で「これは何とかしないとヤバい」とも考えていた。 
 
で、そこからしばらくは、また元のように前を行く軽トラを俺たちが付いていくハメになっちゃったわけだが、さらに走っていると、少しだけ道幅が広くなった細い山道特有の“追い越し箇所”が設けてある区間に差し掛かった。
 
その瞬間、先輩はものすごい勢いでUターンを試み、壁だのガードレールだのに車体をこすりながらもそれに成功した。

それからは一目散にもと来た道を、事故らなかったのが奇跡なぐらいの猛スピードで引き返して行ったら、やはりUターンして、今度はしっかりライトを点灯した軽トラが、案の定俺たちの車を追いかけてきた。 
 
逃げる途中にわかったのは、山道には細いが何本かの枝分かれした道があったってこと。 

どうやら、その道を利用して軽トラは俺たちの車の前に付けることが出来たんだろうが、

俺たちは無我夢中で走ってたから、そんな枝道が目に入らなかったのだろう。 

どれくらい走ったか、本当にもと来た道なのかもお構いなしに走りつづけていたら、ようやくチラホラと民家が見え始め、やがて個人経営のガソリンスタンドの明かりが目に入った。 
 
ほとんどスピードを緩めることもなくそのガソリンスタンドに滑り込み、驚いて出てきた店員のおじさんの腕をつかんで、早口に事情を説明しながら、後を付けてきているであろう軽トラのいる道へ連れて行った。 

すると件の軽トラは、ガソリンスタンドの数メートル手前で止まって、やがてきびすを返すと元の山道へと戻っていったのだ。

そのとき、軽トラのボディに書いてあった何かを目にすると、

おじさんは「ああ、○○○会の連中か…」と、さも平然と納得したのだった。 

後で聞いたところによると…

その一帯の山は、その“○○○会”(全国的に有名な某団体。○価○会ではない)の持ち物であり、
その山の中に“○○○会”の一部の人々が集落のようなものを築いて、集団生活をしているのだという。 

ただ、そこから脱走しようとするものや、その団体にいる身内を連れ戻すため侵入しようとするもの、

そして、彼らの集団生活の内部を探ろうとするマスコミの潜入取材などが頻発したため、

見回りや、あるいは威嚇の意味で、その会の連中が時々巡回しているのだそうだ。 

「まあ普段はおとなしい連中なんだよ」とそのスタンドのおじさんは言うが、

一方では、そんな彼らの執拗な追跡により、事故を起こす車も少なくないと聞く。 

俺たちも一歩間違えば事故ってたかもしれないと、そのときになって初めて自分たちの強引な運転に怖くなった。 

一頃はしょっちゅうTVや雑誌なんかに取り上げられてたその“○○○会”だが、

最近ではめっきりと話題にされることが少なくなった。 

もしかしたら、あの軽トラの“見回り”が功を奏したのかもしれない…

引用元:ほんのりと怖い話スレ25
このエントリーをはてなブックマークに追加

中学時代、自転車で塾から帰る途中。(夜の10時頃) 
 
近所に山口なんとか言う偉い人の記念公園があるんだけど、そこの前を通ったらこんな時間なのに誰かいる。 

砂場のところで変なおじさん(30過ぎくらいで、ワイシャツにネクタイというサラリーマン風)が、向こう向いてうずくまってた。
 
何か気になって、誰かに襲われでもして怪我でもしたのかと思い、(約10年前でオヤジ狩り全盛期だったから)
近づいて声を掛けようとしたら、
「違うんだ違うんだこれじゃないんだ・・・」
って呟きながら、変なボロボロの布みたいな物に一心不乱にカッターナイフ何回もザクザクザク・・・と。
うわっ、危ない人だ、と思って逃げようとしたら呼び止められて、
「なあ・・・これじゃないよな?違うよな?」って訊かれた。
そこでおじさんの顔を初めて正面から見たけど、どう見ても危ない人。
眼鏡の右のレンズが『人』って字みたいにひび入ってて、
その向こうの目は何というか、落ち窪んでるって言い方がぴったりな感じの、隈がパンダみたいに目の回り全体に広がってて、
瞳孔も開いて見えた。 
しかも、目は凶悪そうなのに、口にはにやにやした笑いが浮かんでいる。 
「わ、解りません!」って叫んで逃げた。

次の日、学校の帰りに公園に行ってみると、
小学生らしい女の子が、ブランコの近くの地面に穴掘って何かを埋めてた。
「どうしたの?」って訊くと、「猫が死んじゃってたからお墓作ったの」って。
あの時おじさんがザクザクしたの、猫だったらしい。
逃げなかったら私も切り刻まれてたかもとぞっとした。 
あと、何が『違った』んだろう・・・


引用元:ほんのりと怖い話スレ24
このエントリーをはてなブックマークに追加

毎年台風が来ると思い出すのが、会社の寮で一人暮らしをし始めた頃のこと。 

台風が直撃するというので、ベランダの物干し竿を片付けようとしたら、
物干し竿の先に汚れたハイヒールが片方だけ引っかかってた。 
寮は男子寮だし、悲しいことに俺には彼女なんていなかったので、何故こんなものがあるのか最初は理解できなかったが、
俺の部屋は最上階(5階)の角部屋だったので、隣に住む同期の友人の持ち物としか考えられず、隣に投げ返しておいた。

その後、昼ごろに隣の友人が慌てた様子で俺の部屋にきて、
「○○(←俺の名前)どうしよう、ベランダにハイヒールが!飛び降りした誰かの遺品かも!」
と血相を変えて騒ぎだしたので、
俺は『そんなわけないだろ。俺を怖がらせようと芝居してるんだな』と思い、笑っていた。 
しかし、そいつは本当に顔色が真っ青で倒れそうだったので、
次第に俺も演技ではないと感じ、俺がハイヒールをそいつの家に投げ込んだことを話した。

わけを話した当初、友人は誰の物かもわからない物を投げ入れたことに怒りまくっていたが、 
次第に落ち着き、「じゃあこのハイヒールはどこから…」と言うと黙り込んでしまった。 
友人があまりにもビビっているので、それまで何とも感じてなかった俺も気持ち悪くなり、 
1階の管理人室に落し物として持って行くことにした。 

管理人室の爺さんは新聞を読んでいる最中で、しばらく俺達の存在に気づかなかったが、 
大声で落し物だと伝えると、いかにもダルそうにゆっくりと近づいてきた。 
爺さんは「あ~落し物ね、これどこで拾ったの?」と面倒臭そうにハイヒールを眺めていたが、
俺の部屋のベランダで拾ったことと、俺の部屋番号を伝えると、突然爺さんの動きが機敏になり、 
「片方だけか?もう片方はないんか?」などとイロイロ質問を投げかけてきた。 
俺は「げ、俺が入居する前にマジで自殺者いたのかよ…」と呆然となり、友人は顔面蒼白になっていたが、 
爺さんは呆然とする俺たちを無視して、
「ちょっと屋上を見てくる。お前らはそこにおってくれ」と言い残し、部屋を出て行った。
俺たちは爺さんが戻ってくるまで、無言のまま数分間立ち尽くすこととなった。 

帰ってきた爺さん曰く、
「屋上への入り口は鍵を何個も掛けて厳重にしとるし、誰も出入りした様子はなかった。
 自殺者も“ここ数年は”でとらん」
…フォローになってないぜ爺さん。 
「自殺者と言っても一人だけ、14年ほど前のことで、ここが△△(←会社名)の寮になる前のことや。
 ワシはそん時からここの管理人をやっとるんやが、ただ、その時にな…」
急に黙り込む爺さん。
俺は耐えられなくなって、「何かあったんですか!?」と聞いてしまった。 
「自殺した日が台風の日で、遺書や靴もろとも吹き飛ばされてたんや…
 結局見つかったのは遺書と靴(ハイヒール)が片方だけでな…」 
飛び降りたのは貯水槽の横(←俺の部屋の上)あたりかららしい。
…勘弁してくれ。
「遺族の方は、靴がそろって見つからないことに心を痛めていてなぁ。うん。そんときの靴に似とるわぁ…」


そこからどうやって部屋まで帰ったかはあまり覚えてないが、
気づいた時には俺の部屋に居て、友人と二人でボーっとしていた。 

その後、友人はすぐに引越したが、俺は金がなかったので、3年ほどそこに住み続けることとなった。 
幸い恐怖体験などはすることはなかった。 
結局そのハイヒールは、遺品であったのかどうか確認がとれなかったらしいが、一応お寺で供養してもらったそうだ。
今となっては、管理人の爺さんにからかわれたのかなとも思うが、 
飛び降りた日と見つかった日が同じ台風の日ということで、考えると未だに少し怖い。


引用元:ほんのりと怖い話スレ24 
このエントリーをはてなブックマークに追加

大学2年の夏休み、男7人でキャンプへ行こうという話がでた。 
田舎に住んでたAが「とっておきの穴場があるんだよ」と言うので、車2台でAの言う山奥の渓流へと行くことになった。 

高速を3時間ほど突っ走ったあと1時間ほど車を走らせ、
山を30分ほど上ったところで、本道からそれるわき道へと入っていった。
そこは車一台がやっと通り抜けられるような狭い道で、草がぼうぼうと生えていた。 
「すげえとこだな」
「ほんと、誰もしらねーんじゃねー」
とか言いながら30分ほど車を進めると、ようやく川が見えてきた。 
周囲は山で囲まれ、とても静かなところだった。
滝(せき?)もあって川幅は20mぐらい(対岸の山までは50mぐらいか)で、ほんといいところだとその時は思ったさ。
ただ一つ気になったのは、山の中腹にある学校らしき建物だった。 

昼飯を食べ、水浴びなどしながら楽しんでいると、あっという間に日がおちた。

夜10時をまわったぐらいか。
酒とつまみがきれ、A含む3人が買出しにでかけてしまい、残り4人でまったりと時間を潰していた。 
街灯などまったくない。星が綺麗で、川の音しか聞こえない。
そんななかBがふとつぶやいた。 
「あれなんだ・・・」 
対岸の学校。そこに懐中電灯の明かりが見えた。 
「だれか肝試しか?」
「でも明かりが一つしかないぞ?」 
その明かりはこちらを一瞬照らした後、学校までの一本道をず~っと移動していき、そして消えてしまった。
あれは管理人か誰かだろうということにした。何かおかしいことは皆わかっていた。 
そこは廃校だとAが言っていたからだ。 
いつもだったらはしゃぐ所だが、その時は何故か皆黙っていた。 

12時を過ぎたころだと思う。
あまりにも3人の帰りが遅いので、2人が様子を見に行くことになった。 
車の明かりは消え、残りは自分とBだけとなってしまった。 
「ごめん。俺、先に寝ていいか?」 
Bは疲れていたのか、となりのテントへ行き、さっさと寝てしまった。 

自分は一人、火を眺めながら待っていた。
そして、それに気がついた。 

車が消えていった方。そちらの方に明かりが見えた。車のヘッドライトとは違う。 
100m以上先だが、草ぼうぼうの道を一つの懐中電灯が近づいてきてることが確認できた。 
何か嫌な感じがし、自分は火を消してテントに入り、寝袋をかぶって、その明かりをじっと見ていた。 

明かりは真っ直ぐ、ゆっくりとこちらに近づいてきた。 
さっき見た管理人か?何故こんな夜中にこんな山の中を見回ってる? 
明かりが20mくらいの距離に近づいた時、光がテントを照らした。 
見つかった。そう思った。 
自分は寝袋にくるまり、大量の荷物に隠れ、狸寝入りをすることにした。 
足音が近づき、テントの前で止まった。
ジ~っとジッパーを開ける音がし、こんな言葉が聞こえた。 
「ここにもいない・・・」
その瞬間、鳥肌がたったよ。管理人なんかじゃなかった。 
そして、そのおばあさんはBのいるテントへ行き、なんか喋っていた。 
「・・・お・・・て・・・」 
「・・・こ・・・ど・・・し・・・?」 
自分はもう一睡もできなかった。 

辺りが明るくなったあと、テントの外に出たけどもう誰もいなかった。 

車2台が帰ってきたのは、それから少したったあとだった。 
タイヤがパンクしたのと道に迷ったのとが重なって、遅くなったらしい。 
夜あったことを話したが、誰も信用してくれなかったよ。 
あまり気が進まなかったけど、予定通りもう一泊したが何も起きなかった。 

帰りの車の中で、Bに「最初の夜、ずっと眠っててよかったなー」って言ったら、
Bは「いや、おれ起きてたよ」と言う。
Bは気をつかって黙っていたとのことだった。 
Bが言うには、あの時おばあさんはテントの中に入ってきて、Bの体を揺すってきたらしい。 
何か様子がおかしいと感じ、そっと薄目を開けたら目の前に見知らぬ老婆がいたので、
怖くなってずっと寝たふりをしていたとのこと。
そして、ぼそぼそとなにか言ってたが、ただ一つ聞き取れたのはこんな言葉だったそうだ。
「私の子供たちどこへ行ったか知らない・・・?」 

あれからもう何年もたった。
あのおばあさんどうしてるかなと、夏になると思い出してしまう。 
きっとかわいそうな人だったに違いない。

熱かった青春時代。 
暑かった夏の夜の思い出。


引用元:ほんのりと怖い話スレ 24
このエントリーをはてなブックマークに追加

ちょっと長いが、実際に大学生の頃に経験した話。 

当時、塾のセンセーをしていた。 
とは言っても、あまり大きな塾でもないので和気藹々としたもので、先生同士のつながりもしっかりしていた。
まだ覚えてるのが、水曜日、数学のオッサン先生と同じ数学のニーチャン先生と俺しかいない曜日だ。
酒好きだからコンビニで酒買って来たりして、生徒がいない職員室でささやかな酒盛りをよくやった。

そんな酒盛りをやっていたある春の日に、なぜか怖い話をすることになった。 
お互いその手の話が嫌いではないので、
「よし、じゃあとっておきを話してやろう」とばかりに、ノリノリで話を始めることに。 

少し話をして盛り上がってきたときだった。
オッサン先生がふと、
「そう言えば、怖い話をするときって、そこで止めちゃいけない『数』があるそうですよ」 
いくつだっけなぁ、なんて言いながら、ともあれ今までにした話をカウントして、
俺が『正』の字をつけて記録することにした。 

怖い話って、ひとつするのに結構時間がかかる。 
結局『正 T』でカウントは止まった。 
「ラッキー7は大丈夫でしょー」とニーチャン先生が言い、オッサン先生も「そうだそうだ」と言った。
俺も7なら平気だろうと思った。 

それから、酒盛りの締めくくりにニーチャン先生が、 
「そう言えばうちの塾の校舎、建築を始めるときに作業員が死んだとか言われてますよね」と言った。ありがちな話だ。
1Fから5Fまであり、1Fには違うテナント、2Fに職員室で3~5は教室だった。 
「ジャンケンで負けたら、罰ゲームで5階まで行ってきません?」 
ちなみに細い階段と廊下は、緑の非常灯しかついていなくて普通に怖い。 
「電気もつけちゃだめ」なんて笑いながら、『罰』はどんどん増えていく。 
さすがに俺が最初にびびってしまって、「俺無理、勘弁してください」と音を上げた。 

「それじゃ、みんなで一緒にいきますか」と、折衷案を出すオッサン先生。 
それならと俺も賛同して、3人で5Fへ。 

確かに薄気味悪いが(夜の学校並に、普段人がいるはずのところに人がいないと怖いものだ)、3人もいれば大丈夫だった。
「なんも出ませんでしたねー」なんてのんきなことを言いながら、2Fの職員室に戻った。 

机にちらばったツマミやビール缶を片づけようとしていたときに気がついた。 
「あれ、8になってる」


421 :本当にあった怖い名無し :2005/04/18(月) 19:27:58 ID:XfTDaEi60
酔ってはいたが、確かに「ラッキー7」と口に出してまで確認したのに、『正 T』ではなく『正 下』になっていた。
「・・・○○先生、書き加えたでしょー!」と、そこからはお互い疑問の投げつけ合い。
でも、普段からおちゃらけてる先生たちだったのに、真剣に首を振っていた。 
記録をしていたのは俺だったので、逆に俺がみんなを脅かそうとして疑われたほどだった。
結局、怖くなって紙は破いて捨てた……と思う。
その辺は覚えてないけど、持っていてもしょうがないから。 

それで、実はもうちょっと続きがある。 


オッサン先生は、翌朝起きたらこの10数年ひいたことのない風邪をひいたらしい。本人が一番びっくりしていた。
ニーチャン先生は、家のパソコンのハードディスクがぶっとんだらしい。 
次に会ったときは、「今修理してる……」としょんぼりしていた。 

そして俺はと言えば、その日うちに帰り着いたのが夜中の2時から3時ぐらいだった。 
バッグをおろしたところで、いきなり家の電話が鳴った。
イタズラ?まさかこんな時間に売り込み電話のわけないし。
半信半疑で電話をとった。
田舎のじいちゃんが脳卒中でぶっ倒れたって電話だった。 
結局、意識が回復しなくて、それから半年ぐらい病院暮らしをしたのちに死んじまった。

話が影響したのかどうかはわからないけど、
皆さんも、くれぐれも怖い話は8回で止めないようにしてください……。


引用元:ほんのりと怖い話スレ 23
このエントリーをはてなブックマークに追加

毎年バレンタインの時期に思い出す話です。 
2年前の話をします。 

私が高校生のとき、何人かの友達と集まって(仮にA子、B子、C子)チョコ作ったのね。 
みんな彼氏持ちだったんだけど、B子だけ片思いだったの。別にブスとか性格悪いとかじゃなかったんだけど。 
だから義理チョコなんかじゃなくて、全員気合い入れてのチョコ作り。 

一応みんなで集まったけど、それぞれ何を作るかは自由だった。 
キッチンもそんな広くないから、4人も居たら効率悪いんだけど、 
判らないところやアドバイスで話し合えるし、何より好きな人のために作るっていう嬉しさでキャアキャアしてた(笑)

A子はカップケーキ、B子はクッキー、C子は生チョコを作った。
冷蔵庫で冷やしたりオーブンで長く焼いたりするから、その間は休憩ってことになったんだ。 
でもB子は「もう少し手を加えたい」って言って、キッチンに残ったの。 
やっぱり片思いの人へあげるから頑張ってるねーって、B子以外はリビングで休憩。 

少しして喉が渇いてた私は、ジュースを飲みたくなってキッチンへ向かった。 
ついでにB子を驚かしちゃおうと、こっそりキッチンを覗いてみた。 
でもB子の様子見て回れ右。
ジュースも取らずに居間へ戻ったよ。 

B子、自分の指先を切って垂れた血を、ボウルの中で練ってたクッキーの中へ入れてたんだ。
で、何事もなかったように混ぜてた。 
少ししか入れてなかったのか、後で出来上がったクッキーは見た目は普通でした。 

帰り際に指先に絆創膏してるB子を見て、A子が「どうしたの?」って聞いてた。 
「包丁で切っちゃったー」って誤魔化してたけどさぁ。
クッキー作るのに包丁なんか使わないよね。

おまじないか何かだったのかな。
恋する乙女って怖いね;
みんなも手作りチョコには気をつけてね。


引用元:ほんのりと怖い話 22 
このエントリーをはてなブックマークに追加

私の父がまだ子供だった時分の話ですので、今から60年以上昔のことになります。 

当時、長崎県S市に住んでいた父は、家族に頼まれて回覧板をお隣に出しに行きました。 
季節は夏、暑い昼下がりで、家の中から外に出るとぼうっと頭がかすんだほどだったそうです。 

通りに出ると、ふいに背後から声をかけられました。 
「おい、○○」
名前を呼ばれた父が振り向くと、少し離れたところに同級生のA君が立っていました。 
父はそのA君とはそれほど親しくもなく、ほとんど話をしたこともなかったので、
何の用かと不審に思いながらも、「なんだAか。どうしたんだ?」と訊ねると、
「ちょっと俺と一緒に来てくれないか」と答えるのです。

「今、回覧板を隣に出しに行くところだから、ちょっと待っててよ」 
「そんなのあとでいいから、早く来いよ」 
「そうはいかないよ。すぐに済むから」
などどと言いながら、父はA君の姿を見やりました。 
父の家の前の通りは長い坂道になっていて、A君は坂道の上手側に立っていました。 
そのため、何となくA君を見上げるような姿勢になってしまったそうですが、 
そのA君を見ると、ランニングシャツを着て、白い半ズボンに高下駄という格好だったそうです。 
A君はしきりに父を誘いましたが、そのわりには父のそばに来ようとせず、少し離れたところに立っているばかりでした。
父は「じゃ、急いでお隣に出してくるから!」と返事をして、 
ソッコーでお隣の玄関先に回覧板を回し、また通りに戻ってきたところ、さっきまでいたはずのA君がどこにも見えません。
前にも書いたとおり、通りは長い坂道になっていますので、あきらめて行ってしまったとしても、その姿は見えるはずなのに。

首をひねりながら家に戻ると、父の両親が話をしていました。 
「かわいそうに。それじゃ、まだいっぺんも意識が戻らないんだね」 
「○○病院に入院したらしいけど、多分もう助からないだろうねえ」 
何の話かと聞くと、A君が2日ほど前に車にはねられて頭を打ち、ずっと入院中らしいことを知らされました。 
つい今しがた知り合いの人から電話があったとのことで、
今のように連絡網もない時代、夏休み中で学校もなかったために、父もようやくこの日初めて知るところになりました。

結局、それから3日ほどしてA君は亡くなったそうです。 

父が見たA君は、父をどこに連れていこうとしていたのでしょうか? 
さほど仲がよくなかったというのに、なぜ父に声をかけたのでしょうか? 
そんなことを考えると、なんとなく薄気味の悪さを感じます。 

さて、この話には後日談があります。 
A君の家族は、そのころ父の家から15分ほど離れたところに住んでいたそうですが、 
A君の葬儀のあとほどなくして、あたらしく中古住宅を買って引っ越していきました。 
それまでは長屋みたいな狭い家に住んでいたそうですが、あたらしい家は広くりっぱなものだったそうです。
父のお父さん(私の祖父)が一度、菓子折持参で挨拶に行ったところ、
S駅のそばの高台の一等地にあり、見晴らしもよくとてもいい家だったらしいです。 

ところが、その家に越してから、何故かA君一家は次々と葬式を出すことになりました。 
A君はすでに亡くなってしまっているわけですが、 
A君の3歳違いの弟は、遊んでいる最中、家のへいの上から落ちて頭を打って亡くなりました。 
A君のお母さんは精神的な病にかかり、台所のガス台で自分の頭部を燃やして自害しました。 
A君のお兄さんは(何の病気か不明ですが)重い病気にかかり、闘病の末に亡くなりました。 

ただひとり、A君のお父さんだけは何事もありませんでしたが、
父の近所の人たちは、
「あの家に越したから、こんなことになったんだ」
「あの家にいる限りは、多分おやじさんも死ぬだろう」
などと噂していました。 

その後、A君のお父さんはとうとう家を捨ててしまい、以来行方知れずだそうです。 

何年か経ってから、父が祖父と一緒に見に行ってみると、
草ぼうぼうに荒れ果てた廃屋が、一軒ぽつんと残っているだけだったといいます。 

父はもう70歳を超えていますが、 
「今でも夏が来るたび、あのときのA君の声や履いていた高下駄を、何故か思い出してしまうんだよなぁ」
と言って静かに笑います。
生真面目で冗談ひとつ言わないような父ですが、
この話はよほど印象的だったのか、よく繰り返し私に話して聞かせてくれました。


引用元:ほんのりと怖い話スレ 23 
このエントリーをはてなブックマークに追加


結婚を期に一人暮らしのワンルーム(3階建ての1階部屋)から同じ町内に引っ越しました。 
2年くらい経ったある日、夫と散歩中に、
「前に私が住んでた部屋どうなってるかな?どんな人が住んでるのかな?」 
と、ふと思い立って15分ほど二人で歩いて行ってみると、 
路地に面した窓にはカーテンも無く、一瞬『空家なのかぁ・・・』と思い帰ることに。 
しかし、夫が覗き込み、
「ホームレスが住み付いてるよ~、すごい散らかってる。じいさんが寝てる」と衝撃的な発言。 
私は自分の思い出がいっぱいある部屋なので、そんな様子を見たくなくて覗かなかったんだけど、 
いくらなんでも不動産屋にちゃんと管理されてるだろうし、勝手に入って住める訳無いよ~と言おうとしたら、 

夫「なんか・・・おかしいな・・・」とドア開ける。カギはかかってなかった。 
私「勝手に開けちゃだめだよ~、帰ろうよ~(小心者のため半泣)」 
夫「すいませ~ん、だいじょうぶですか~?」 
爺「・・・」 
その後、K察へ通報しました。

結局、『老人の孤独死』だったわけですが、亡くなった後そう日は経っていなかったようです。
(夫談。私は怖くて見なかった) 

引越後はじめてふと思い立って見に行った以前の部屋で、
そんな現場に遭遇したのって偶然なんでしょうかねぇ


引用元: ほんのりと怖い話スレ その21
このエントリーをはてなブックマークに追加

友人ら三人でカラオケに行った時のこと。 
通された部屋は狭く、壁にそってL字にソファが置かれていた。 
モニタ側にA、L字の直角部にB、その隣のドア付近に私が座った。 
狭い部屋なので、音量を上げると話し声は聞こえにくくなる。 

曲が終わり部屋がシンとなった時、AがBに尋ねた。 
「さっき曲の途中にBちゃん笑った?」
Bが笑ってないと首を振ると、Aがおかしいなと言った。 
「若い女の声で、『うふふ』って耳元で聞こえた」 
Bの声は特徴的で、聞けばすぐに分かるし、うふふとは笑わない。 
その直後だった。
店員が部屋に入ってくるやいなや、 
「エアコンの調子が悪いので部屋を替わって欲しい」と私達に告げた。 

その店は以前からよく利用していたが、機種やマイクの調子が悪いとこっちが言っても渋々、いつもならそうだ。 
こっちがフロントに電話してもいないのに、エアコンの調子が悪いからと、わざわざ部屋に来るのはおかしい。
それに、エアコンの調子は悪くなかった。
AとBもそのことを感じたのか、腑に落ちない顔をしている。 
店員の来たタイミングがAが女の笑い声を聞いた直後だったため、余計に気味が悪い。 

その後通されたのは、最初の部屋より倍広く、機種も最新型の部屋だった。 
しらけている2人に私はふと漏らした。 
「……監視カメラになんか映ってたのかなぁ」 
その場が凍り付いた。言った後でしまったと思ったが遅かった。 

その後、盛り上がることもなくカラオケ屋を後にしたのだが、 
知人に聞いたところ、その店は白い服を着た女の霊が出るので有名らしい。 
後からAに聞くと、笑い声が聞こえたのはBからではなくモニタ側からだった。


引用元:ほんのりと怖い話スレ その20
このエントリーをはてなブックマークに追加

そのころ結婚するつもりでつきあっていた彼が、結婚をしぶりだした。 
わたしは毎日のように彼の職場に電話攻撃。
結婚するの、しないの、とせめたてていた。

そんなある日、彼がきゅうに「海を見に行こう」とやさしく言う。
ひさしぶりのことなので、いそいそとお弁当など作ってはしゃぐわたし。 

途中のガソリンスタンドで給油。
いつもは満タンにするのに、その日はなぜか10リッターだけとたのむ彼。ナゼ?
10リッターじゃ片道でカラになってしまうのに。 
給油中、後部トランクからジャッキのハンドル部の鉄棒を取り出し、
何度も振り下ろしているのがバックミラーにうつる。ナゼ?
その鉄棒をだいじそうに運転席とドアの間にしまう彼。ナゼ? 

さて、海岸に到着すると、今度は防波堤ぞいをフルスピードでいったりきたり。ナゼ? 
防波堤のコンクリートのふちギリギリで急停車すること数回。ナゼ?

その彼とついに強引に結婚。
彼には、25mプールの底を一度も息つぎしないで泳ぐという特技があることを発見。
そして数年後に離婚。

ある夏の日、実家で新聞の婦人欄の記事を読んでいた。
記事は、車が海にダイブしたとき、水中で車の窓をたたきわるための鉄棒が、最近カーマニアに売れているという話。

そのとき、今までナゼナゼと横においといた過去のことが、
電撃的速さで、ジグソーパズルのようにぴしぴしとはまっていった。 
おお、そうだったのか。死ぬかとおもった、なんて気づきもしなかった。。。


引用元: ほんのりと怖い話スレ その20
このエントリーをはてなブックマークに追加

これは12年近く前の話です。 
記憶に、誰も居ないのに階段が鳴り響く体験をした覚えがあったので、
母に聞いてみたところ、このような話を思い出しました。 

ある日の夕方、父を除く家族が居間に集まっている状態で、(父は仕事で不在) 
急に階段を誰かが登っていくような音がしました。 
普通に「トントントン」という音ではなく、「ドンドンドン」と踏み鳴らす感じで。 
始めは父親かと思いましたが、会社に行っており不在との事を母親が言っており、祖父と祖母、俺も居間に居ました。
好奇心旺盛な当時6歳の俺は、音が鳴り止んだ直後に、一人で二階へ確認に行ってしまったそうです(止めてよ母さんorz)。
記憶は定かではないが、電話の呼び鈴が鳴り響く音を背中に聞きながら、階段を上がっていった覚えがあります。 
全ての部屋を見回りましたが、二階には誰も居ませんでした。

二階から降りてくると、電話を受けた母が、
「祖母の友人が30分ほど前に亡くなったから、通夜に出かける」と俺に告げました。 
母と祖母は階段が鳴り響く前に、廊下を何かが通る気配を感じていたそうです。 
元々母は実家の方で心霊体験(?)のような事を何度も体験していたようで、慣れていたようです。 
結局、二人とも霊感があるようで、通った気配がこの世のものではないと解っていたために、 
一人で二階に行く俺を止めなかったそうです。(悪霊だったらどうするんだヲィ)

祖母は、「最後に友人が、お別れを言いに来たのだろう」と家族に告げていました。 
此処までがほんのり・・・だと思う。 


794 :本当にあった怖い名無し :2005/05/20(金) 11:09:24 ID:OzpwJsFB0
母親からこの話を聞いて、ふと疑問が上がった。 
なぜ祖母にお別れを言いに来たのに、居間には来ず階段を上って二階へ行ったのか。 
母にこのように聞くと、「どうやら私と貴方が邪魔だったみたいだよ」と。 
言葉の意味が解らないでいると、
「貴方は二階から降りてきたときに、連れて降りてきたの気付いてないでしょ?」
と、また意味不明なことを言う母。 
「あれ(祖母の友人)はね、お別れを言いに来たんじゃなくて、一緒に連れて行こうとしてたんだよ」
と、言われてやっと理解した。 
祖母は俺が連れてきた祖母の友人に、話しかけられていたそうだ。 
「独りは寂しい、一緒に来てくれ」と。 
祖母は丁寧に断ったそうで、祖母の友人も諦めかけていたとき、馬鹿な俺はこんな事を口走ったそうです。 
「婆ちゃん連れてくくらいなら俺を連れて行けよ」と。 
この時は母も祖母も驚いたそうです。
うちの家系は、父や祖父には霊感がまったくなく、母と祖母だけにあったので、男の俺にはないものだと思っていたそうです。
しかし、二人のように強いわけではなく、その後すぐに高熱を出したそうです。 
原因が解っていたため、すぐに御祓いしてもらい熱も下がりましたが、 
その一件以来、母は心霊現象などが起こると噂される所に俺が行こうとすると、過剰に反応するようになりました。
その母の反応ぶりからして、俺自身は口走った覚えはありませんが、作り話ではないなぁ、と実感しています。 

そして、疑問である「何故、俺と母が邪魔だったか」というのを母に聞いてみると、 
霊感のある人間に祖母が助けを求めるのを嫌ったため、
階段で物音を立て、足腰の弱い祖母以外を二階に誘導するつもりだったようです。 
厳密に考えると、俺が二階から連れてきたわけではなく、
母が電話に出てしまい二階に来なかったので、仕方なく降りてきたようです。 

子供の頃には霊が見えやすいなどという事が言われていますが、
正直この話を聞くと、何もない方向に話しかけている子供を楽しそうだから放っておくというのも危ない気がします。
まあ、このケースは俺が馬鹿なだけでしたがorz


引用元:ほんのりと怖い話スレ その23
このエントリーをはてなブックマークに追加

ふと思い出した、大震災の時の話です。

被害の比較的小さい地域だったのですが、当時住んでいたのは築10年程のマンション8階で、結構揺れました。 
(ピアノは固定台から外れ30cm程動き、食器棚は倒れ中身はほぼ全壊。
 台に置いていた電子レンジや炊飯器は、コンセントが引っこ抜けて部屋の端から端まで吹っ飛ぶといった状況でした)
家族全員地震に飛び起き、
もしもの時の避難にとりあえず着替えだけは済ませようとしていた時…玄関のチャイムが鳴りました。
インターホンに出てみれば友人です。
当時中学生だった私は、友人と早朝マラソンを毎日していたのですが、彼女は今日もその誘いに来たというのです。
とりあえず家に入れ、 
「え…(こんなすごい地震なのに)何で来たの?マンション揺れてなかった?」等と聞いた所、
きょとんとして、「へ、何それ?あ、何かこの家散らかってるね~どうしたの?」と、地震を知らない様子。 
しかも、エレベータで上がってきたというのです。 
彼女の家からうちまでは徒歩で10分程度。
寄り道はしなかったということなので、
逆算すると丁度揺れてる真っ只中に家を出て、余震もある中歩いてきた事になるのですが…
「ブロックとか瓦とか落ちてこなかった?」と言っても、「ううん、全然」という返事です。 
さっぱり訳がわかりません。
ですが、とりあえず今日は止めようと彼女を促し、階段で下まで降りました。 
一階ロビーで見ると、案の定エレベータは止まっていました。 
マンションの壁には幾筋も亀裂が入っています。
近所の一軒屋の瓦は3分の1程道に落ちて割れているし、道路もひび割れ隆起するなど、周囲もなかなかひどい状況です。
彼女はそれを見て心底びっくりしたらしく、「ちょっと帰るわ」と走って帰りました。 

後日聞くと、彼女の家(年代物)も被害が大きくて驚いたとの事でした。 
何故彼女が地震に気付かず、余震もある中エレベータで8階まで来られたのでしょうか…。 
鈍いだけなのか、守護霊でもいるのか、はたまた時空の歪みでも通ってきたのか。 
いずれにせよ、当時は彼女をほんのりと怖い子だと思ったのでした。


引用元:ほんのりと怖い話スレ その20
このエントリーをはてなブックマークに追加

私の高校時代の話です。(まだ昭和でした) 

野球部の部室に遊びに行ったとき、なぜかマネキンの頭部が無造作にゴロンとありました。
「何で野球部に、これがある訳?」と部員(クラスメイトね)に聞いたら、
平然と「帰ってくるんだ」と言ってました。(どこに捨てても翌朝には部室にあるそうです) 
そして「こいつ話せるんだぜ!」と、意味不明な事も付け加えました。
はぁ?・・・(固まりました) 
部員はマネキンのまだらになってる髪をつかみ上げ、「挨拶しろ!」とマネキンに言っています。
はじめは私を担いでるのかと思いましたが、彼はマジでした。 
もちろん、マネキンは話す訳がありません。
部員は「恥かかせやがって」と床に叩き付けました。
あまりの部員のマジぶりに、「いつもなら話すのか?」と聞いたところ、 
「ああ、少し片言だが話すんだ」と少々ご立腹の様子。(マネキンが話さなかったため) 
「本当なんだぜ」と訴えかけて来る彼に、私は否定出来なかった。
「・・・まぁ、部外の俺が居たからかもな」と適当に合わせた。
「このマネキン何で髪がまばらなんだ、どうせだったらお前と同じく丸坊主にしたら」と言ったら、 
部員が「そいつバリカンで丸坊主にしたんだぜ。まばらなのは伸びてきたんだ。まったくみっともねぇ」 
マネキンを蹴りながら平然と言う始末でした。

野球部に遊びに行ったのは、これが最初で最後でした。

永久欠番のマネキンに聞きたい。
なぜ君は野球部に帰るんだ?


引用元:ほんのりと怖い話スレ その23
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ