怖い話らぼ −怪談・都市伝説まとめ−

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タグ:地方の風習の怖い話

私の家には奇妙な風習がありまして、何故かよく宴会を墓場でやることがあります。 
墓場は自宅の裏山にあり、基本的に私の家系の墓しかありません。 
唯一近くにあるのは道祖神さんの碑があるだけでして、
周囲には桜や柊、榊の木が植えてあり、春には花見などを行うのか慣例になっています。 

私の奇妙な体験は、私が高校生に入学したての頃でした。 
自宅からかなりの距離にあり、電車と自転車を乗り継いで帰宅する頃には、すっかり日が落ちているのが基本でした。
もう桜も終わりの頃でしたが、山間にある自宅のまわりはまだ気温が低く、桜の花も満開に近い咲き方をしていました。
その日は曇りだったのか、月明かりがほとんど無い夜でした。 
なのにはっきりと、桜の花だけは綺麗に見えていたのを覚えています。 
新しい学校に入って間もなかったため、夜道に慣れていなかった私は、
ところどころにある街灯を頼りに自転車を漕いでいました。 
十分に道は知り尽くしているし、問題もない。 
そう思っていたのですが、慣れない道は時間ばかりが過ぎていってしまうように感じられて仕方ありませんでした。

かれこれどのくらいこうしているのやら……
普段なら30分くらいで着くはずなのに、一向にたどり着けません。まだ山道に入って半分も行っていない。 
街灯の明かりを見つけ、その下で自転車を降りて少し息をつくことにした私は、何気なく自分の腕時計をのぞいてみました。
ところが、デジタル式の時計の表示板には何も映っていなかったのです。 
私は首を傾げました。たしか、電車の駅で見たときには正常に動いていた筈なのですが……。 
気味が悪くなり、自宅への道を急ごうと自転車に跨りました。 

そして再び山道を登り始めたのですが、不思議な事に、それから進んでも進んでも自宅にたどり着けないのです。 
道はよく見知った山道。
しかもほとんど一本道で、迷うわけが無いと言うのに、どうしてか自宅の明かりすら見えないのです。 
これはどうにもおかしいと感じながらも進み続けたのですが、結局自宅にたどり着けず、
途中の街灯の下で再び小休止することにしました。 

そこにはたまたま大きな桜の木があり、街頭の光をうけて一際白く輝いていました。 
自転車を降りて深呼吸し、時計を再び覗き込んでみたのですが、やはり表示板にはなにも映らず、
途方にくれていたその時でした。 
風は無かったのですが、枝がさざめくような音がしてきたのです。 
その音は次第に大きくなり、風も無い、枝も揺れてなどいないというのに、周り中から聞こえてきだしたのです。 
正真正銘気味の悪くなった私は、急いで自転車を漕ぎ始めました。 

しかし、さざめきは遠ざかるどころか次第に近くなり、しまいには耳のすぐ傍で聞こえてくるようになっていました。
私にはその時の音が何かの笑い声のようにも聞こえたので、さらに気味が悪くなり、必死で自転車を漕ぎ続けました。
ですが、その直後。不可解な事に、私は急ブレーキをかけてしまったのです。 
私自身はかけたつもりは無かったのですが、そのためにバランスを崩し派手に転んでしまいました。 
擦り傷と打撲の痛みよりも、耳元でやかましく鳴るさざめきのほうが気味が悪く、私は思わず耳を塞いでしまいました。
ですが、さざめきは耳を塞いだと言うのに、耳のすぐ傍で鳴っているようにやかましく、
気が狂いそうなくらいの音量で鳴り続けました。 

どのくらい時間がたったのか。 
何時の間にか意識が飛んでいた私は、もうさざめきは聞こえませんでした。 
いつものように静かな夜の中で、目の前には桜や柊、榊の木が立っている風景でした。 
私はどこをどうしたのか、自宅ではなく墓場の中で、墓石に寄りかかるように眠っていたのでした。 
次第に鮮明になる意識とともに、私は慌てて手を合わせて、墓石に寄りかかって眠っていた非礼を詫び、
自宅への帰路に着きました。
そして、今度は数分もかからずに到着できたのです。 

自宅で祖父母にその話をすると、大笑いされ「狸にでも化かされたんじゃろ」と言われてしまいました。 
しかし、なんで墓場で眠っていたのか…いまだにそれだけは理解できません。 
以後、このときのようなことはありませんでしたが、 
山道で狸を見かけると、どうにも苦手で避けてしまうようになりました。


引用元:ほんのりと怖い話スレ35

これは大学生の頃、年末に帰省した時の体験談です。

私の地元はそこそこの田舎で、駅付近こそビルが多く立ち並んでおりますが、少し離れると田畑が多く広がっています。
私の実家も田畑に周りを囲まれる、といった形です。

その日の夕方、確か夕飯よりは前だったと思います。
私は某通販サイトで頼んだ品物の代金支払いの為、コンビニに行っていました。
代金の支払いだけだとちょっと迷惑かなと思い、缶コーヒーもついでに買って外へ出ました。
猫舌なものでゆっくりコーヒーを飲みながら、手持無沙汰な感じで周りを見ていました。
新しい家がいくつか建っているものの、田畑が多く昔と景色はそう変わりません。
と、稲刈りも済んでおり、稲の付け根の部分しか残っていない田に、人影?が見えました。
犬の散歩か案山子だろうかとしっかり見直してみると、どうも違うようでした。
その時の私にはそれが何なのか判別が付きませんでしたが、それは『馬』だったのでしょう。
判別が付かなかった、というのは遠目にはわからなかったということではありません。
顔のつくりが大体わかる程度の距離でしたから。
それで、なぜ判別が付かなかったかというと、馬としての原型を留めていなかったのです。
下半身と言うべきか、後半身と言うべきか、とにかく胴の後側半分が消滅したような形だったのです。
そして顔は、目玉辺りから何か黒い液体のようなものが垂れているような感じでした。

怪談こそよく読みますが生まれてこの方心霊現象の類に遭遇したことのない私は、それが何なのかまったく分からず、 
コスプレか何かだとしても気味が悪いと思いつつ、飲みかけのコーヒーをゴミ箱に入れて急いで自転車で家まで帰りました。
途中、何度か振り返りましたが、追いかけてくるようなことはありませんでした。

夕食時になり、母親に対し地元の怪談話について聞いてみました。
もしかしたら心霊系の話かも…と、期待や興味が恐怖より大きかったのだと思います。
例の馬については、母親に心配させたくないという思いからか話しませんでした。
母の知っている話で関係のありそうな話はありませんでした。
「自殺のあったマンションで霊が出る」 
「山の方にある○○会社の社宅は以前病院だったのでヤバい」 
「近くに行くと無性に首を吊りたくなる木」
という感じのラインナップで、これはこれで興味を惹かれますが、実際行くと怖そうなので行きたくはないです。
今思い返せば、母親は市内とはいえ今の家に嫁いで来た身、地元の話はあまり詳しくなかったのかもしれません。

それから夜までは特に何もありませんでした。
奇妙な体験で妙な物だとは思いつつも、もう一度同じ場所まで確かめに行く勇気も無く、 
いつも通り二階の自室でゲームをしたりネットサーフィンをしていました。

すると実家で飼っている犬が、「クゥーン、クゥーン」と鳴き始めました。
野良猫か野良犬でも来たのかと思っていると、鳴き声に別の音が交じります。
「ドン、デン、ドン」と、和太鼓の音です。
おかしい、と私は思いました。
私の地元では神輿と太鼓を使った祭があり、祭の前や期間中は街のあちこちで太鼓の音を耳にします。
しかし、祭の開催時期は秋なのです。
それに祭の期間内でなければ、直前の時期の練習も近所迷惑なので夜までやりません。
私には、その音が段々近づいているように感じられました。
遠くで聞こえるような音から、身体に響いてくるような音となっていきます。
そこまで大きな音になっても、別の寝室の母親が起きた様子が無いのも不可解でした。
(中学生のころまでは、夜起きて少し物音を立てていると起きてきて怒られていたので)
私はカーテンを少し開け、外を見ました。
家の周りの街灯は少なく、何も見えないはずでした。
庭に紫にぼんやりと光る何かがありました。
光っているというよりは、それの周囲がランプのような紫の光で照らされているようでした。
そして、照らされている物は、先ほど見た『後ろ半分の無い馬』でした。
 
私はすぐにカーテンを閉め、窓と逆側の壁際に座り込み、きょろきょろと部屋を見回しました。
その馬が窓から入ってくるのではないか、と思えてならなかったのです。
太鼓の音はずっと鳴り続けていました。
家の周りをあの馬がぐるぐると回っているのではないか、と思いました。
ノートPCやゲーム機を手元に手繰り寄せ、とにかく気を紛れさせようとしましたがうまくいかず、 
少し間をおいては窓や部屋の角、ベッドの下等も気になってしまい、どうにかなりそうでした。

それから2、3時間程度後でしょうか、しばらくすると太鼓の音が小さくなっているのに気付きました。
どんどん音が小さくなり、完全に聞こえなくなっても外を見る気は起きませんでした。
結局、確認したのは日が昇ってからのことでした。
庭におかしな箇所はありませんでした。

朝食時に母親に夜のことを聞きましたが、特に何も聞かなかったようでした。
太鼓を使う行事の話も聞いてないそうです。

実家の近所には神社がありました。
こういうものを相談するのは神社なのか寺なのかよく分かりませんでしたが、 
調べてみると『お祓い』は神社でするようなので、とりあえずこの件を駄目元で相談してみることにしました。

社務所を訪ね、神主さんに事情を説明すると、不思議そうな様子でした。
神主さん曰く、 
「その馬のことは知っているが、貴方に目を付けた上に家までついてくるのはおかしい」 
とのことだった。
しかし体験したことは事実なので、どうにかならないかと聞くと、 
「それなら、ひとまずお祓いしておきましょうか」 

あっさりとそう言われてびっくりしました。
少し時間がかかるが問題ありませんかと言われて、大丈夫だと答えると、 
神社の賽銭箱の奥にある椅子の沢山置いてある場所まで案内されました。
初詣の際に、よくその場所で幣を振っている神主さんを見かけた覚えがありました。
調べてみると、厄年の厄払いをする場所のようです。

お祓いにはそれほど時間がかかりませんでした。
何かを唱えながら私の前で幣を振っていたような感じでしたが、 
こういったことに詳しくないので何を言っていたのかなどは分かりませんでした。
「終わりましたよ」と神主さんが言っても実感が湧かず、え?と間抜けた返事をしてしまいました。

お祓いが終わり、社務所でお茶を出していただきながら、馬のことについて聞いてみました。
「貴方の見たそれは、『尻切れ馬』というものです」 
その名前には聞き覚えがありました。
詳しい内容は覚えていませんが、小学校の文化祭での発表でその名前を聞いた記憶があります。
神主さんが言うには、尻切れ馬は「夜遅くまで遊んでいる幼い子供を追いかけ、攫ってしまう存在」だそうでした。
話を聞く限り、子供が早く家に帰ってくるよう親が創作し、語ったもののように思えます。
神社には、
『尻切れ馬に目を付けられた子供がいたら、尻切れ馬にお願いして攫わないでおいてもらいなさい』
といった話が伝えられており、
先ほどのお祓いも実質『お願い』だったそうです。
幽霊や呪いの類ではなく神様のようなものなので、『お願い』でないと聞き入れてもらえないそうです。
神主さんが知っているのはその辺りまでで、これ以上のことは知らないようでした。

その後は特に異変はありません。
在学中には毎年実家に帰省していましたが、それ以降尻切れ馬に遭遇したことはありません。
結局、
『幼い子供ではない自分がなぜ出会ったのか』『なぜ家まで来たのか』『何が目的だったのか』
といったことは分かりません。

終わってみればそう怖くない話ですが、夜中は絶対にカーテンを開かないようにしています。
太鼓の音が聞こえなくとも、カーテンを開けると尻切れ馬がいるのではないかと思えてならないのです。


引用元:何でもいいから怖い話を集めてみない?Part4

怖くなかったらすまん。 
自分ではものすごく怖いから、誰かに聞いてほしいだけ。 
じいちゃんの予言の話。 

じいちゃんは私が小学6年生に上がる直前に死んだ。 
百か日も過ぎた頃、仏降ろし(ほとけおろし)というものをやった。 
「えんじっこ」と呼ばれるイタコのような人が、亡くなった人の霊を死後の世界から呼び、霊の言葉を代弁するのだ。

代弁する時の言葉はえんじっこによって違うようで、その時は古典で使われてるような言葉で話してた。

いざ仏降ろしが行われると、最初に降ろされたのは、じいちゃんを連れて行ったという御先祖様。 
そこからもう一人降ろしてからじいちゃんが降ろされた。 
その頃には、その場にいた家族、親戚はみんな泣いてた。 
だが、えんじっこがじいちゃんからの予言を言い出した途端、周りの空気が凍った。 

予言は以下の二つ。
1.家族内で1年以内に2人入院する。
2.じいちゃんにゆかりのある人が近いうちに事故死する。

そしてこの予言は本当になる。 
私と父親が仏降ろしから1年以内に入院した。 
じいちゃんが生前お世話になっていた、出稼ぎ先の会社社長が交通事故で亡くなった。 

じいちゃんすげーな、ってくらいにしか思ってなかったんだが、 
あの予言には続きがあったそうだ。

じいちゃんはあの日、仏降ろしに来ていた人達の死ぬ順番も言っていたのだという。 
子どもだった私はえんじっこが何を言っていたのかわからなく、最初の二つの予言しか教えてもらっていなかった。 
なぜ今そんな話が出てきたのかというと、つい先日、私の前に名前が出されていた人が死んだからだ。 
順番も今のところ当たっているらしいから、このまま行くと危ないかもしれない。


引用元:何でもいいから怖い話を集めてみない?Part4

俺は今は大きなデザイン事務所に勤めてるんだけど、 
専門学校を出てしばらくは、学校から勧められた冠婚葬祭会社で写真加工のバイトをしていた。 
葬式の場合は遺影用としてスナップから顔をスキャンしてスーツ姿にしたり、 
結婚写真の場合は全体的な修正などの仕事が多かった。
あとは写真に関係ない細々した雑用。 

ある20代の若い男性の葬儀で、アルバムから遺影用の写真を選ぶのに自分も加わったけど、 

そのあとで60代と思われるご両親から呼び止められて奇妙な依頼をされた。 
それは故人となった息子の結婚写真をつくってほしいという話で、 
未婚のまま病気で亡くなった息子が不憫でならない、なんとか空事でも結婚式を挙げた写真を残したいが、 
そういうことはできるものかと尋ねられたんだ。
まあ、できるかどうかは素材の画像が揃ってるかどうかで決まるんだけど、 
会社で正規に請け負う仕事とは違うんで、その場での即答は避け正社員の先輩に相談した。

先輩は「それはムサカリだろう」と言って続けた。
「東北のほうでは、結婚前に亡くなった男性には、架空の結婚式を挙げた絵を描いて寺社に納める風習があって、
 それをムサカリという。
 おそらくそうしたことをしたいんだろうね。
 もうすっかり廃れたと思ったが、まだあるとこにはあるんだね。
 いや、会社としては引き受けられないよそんなの。
 ただ、お前が個人として依頼を受けるのは関知しない。
 ま、やめといたほうがいいと思うけどね」
まとめるとこういう話だったが、
俺は、いかにも心苦しいというように頼みを切り出してきた父親の姿や、
葬式中ずっと泣き続けていた母親の姿を思い出して、引き受けようと決めた。 

ご両親と話を進めていき、故人の新郎は成人式に紋付袴で写した写真があるとのことで、 
それを流用させてもらうことにし、ご両親には盛装していただいて新たに撮影することにした。 
金屏風の前に新郎新婦がいて、その両脇にご両親という構図を考えた。 
で、問題は新婦なんだ。
俺としては和服の花嫁姿はどっかからひっぱてきた画像、
顔はちょっと面倒だけど、目や鼻など顔のパーツ一つ一つをコラージュして、
全体としてはこの世にいない女性像をつくろうと思ってた。

ところがご両親は、ぜひともこの写真を使ってほしいと一枚の紙焼きを出してくる。
新婦の顔はどうしてもこの女性の顔にしてほしいと言って、必死の形相になっている。
それをスキャンで取り込むのは簡単だけど、俺は先輩から言われた言葉を思い出した。
「ムサカリ絵馬は、言い伝えではまわりの参会者はいいけど、新郎新婦の顔をまだ生きている人にしちゃいけない。
 また、生きている人の名前を入れてもいけない。 
 それをやると、その描かれた人には冥界からのお迎えが来るんだ。
 ・・・馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、
 東北の○○県のあたりには、そういう力を今でも顕すことができる神社が残ってるというぜ」
俺はおそるおそる、生きている人はまずいんじゃないですかと聞いてみた。
しかしご両親が言うには、その写真の方も亡くなっていて、生前は婚約関係にあったのだと。
その女性が亡くなったのが原因で息子も病気になったようなもの、
どちらも故人だし、あの世ですでに一緒になっているのだろうが、正式な式として地元に報告できればうれしい、
と切々と述べ立てられ、俺は半信半疑ながらこれも承知してしまった。
謝礼として10万円いただいた。 

写真はできあがり、最後の最後に息子さんの名前とご両親から聞いた女性の名前を同姓にして画像に入れ、
絵馬にしやすいようパネルにして手渡した。
自分として出来映えは満足のいくものだった。
ご両親はうれしそうに、「これを持って地元の○○県に帰ります」と言った。
その帰省先が先輩の言っていた県だったのでちょっとギョッとしたけど、深くは考えないことにしていた。 

それから2週間ほどして、地方新聞に事故の記事が載った。
被害者は即死で、なんと病院の前で救急車にはねられたということで、こちらの地域ではいろいろ問題になった。
その病院はこれまで書いた息子さんのご遺体を搬送してきたところで、 
新聞に被害者の女性の写真は載らなかったが、名前は俺が画像に入れたのと同じだった。


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N県S村に、牛ヶ首という場所があります。私の祖母がその近郷出身です。 
小学生の頃にその祖母から聞いた、牛ヶ首近辺であった昔々の話です。

祖母の曽祖母の弟にあたる人が、金貸しをやっていました。(江戸時代らしいです)
私にとってはご先祖さまなんですが、残念ながら名前はわかりませんので、仮に太郎さんとします。
太郎さんは、高利貸しであったらしく、あまり評判は良くなかったようです。 

 ある夏の日、太郎さんは小僧さん一人をお供につれ、貸した金を取り立てるため、山中の集落に出向きました。
集落の人たちに貸していたお金の取り立てが、どのように行われたかははっきりとは伝わっていません。
ただ、山の集落の人たちは酒席を用意し、かなりお酒を勧めたそうです。 
そして太郎さんは酔っ払って、お供の小僧さんと一緒に、夜の山道を帰ったということです。 

で結局、太郎さんと小僧さん、二人とも家にもどることはありませんでした。
そのまま行方知れずとなりました。
山の集落の人たちに尋ねても、
「お金を返し、酒を飲んで別れた後のことはわからない」と、皆が答えたそうです。 

残された家族は、山の集落の人たちではなく、ふもとの村人たちにお願いして、山の中を捜してもらいました。
そして、帰り道とは逆方向の崖の下で、太郎さんの遺体をようやく見つけることができたそうです。
遺体はすさまじい形相をしていました。 

最終的には、夜の山道で酔っ払って落ちたんだろう、とされましたが、
帰るべき家とは逆方向にある崖から落ちたなんて妙な話だと、噂になったそうです。 
さらに、取り立てた(山の集落の人々が払ったといってる)お金は、結局どこからもでてきませんでした。
また、お供の小僧さんがずっと見つからないのは、
神隠しだとか、主人を殺して金を奪い逐電したんだとか、いろいろと噂になったそうです。 

わたしは、この話を初めて聞いた小学生の時から、
きっと小僧さんも、×のXXの人たちに殺されたんだと思っています。

山の集落は過疎のため、昭和40年代中ごろに廃村となっています。


引用元: ∧∧∧山にまつわる怖い話Part1∧∧


洒落怖を読むといろいろと奇妙な地方の風習が出てきますが、 
わたしも子どもの頃に土地神への捧げものとなった体験があります。
そのときのことを書いてみます。 

わたしの住んでいた所は今は合併で市の一部になりましたが、約三十年前の当時からすでに過疎の進んだ山村でした。
秋祭りにしては遅い十月の初めに、『おさっしゃ』と呼ばれるお祭りがありました。これは漢字にするとどの字を当てるのか未だにわかりません。
これが正式な名前なのですが、村の大人達は里にいるときにはこのお祭りのことを『おかえし』とも呼んでいました。 

里からやや外れた山中まで四百段ほどの丸木を据えた山道が続き、古いお社があります。 
そこは二間四方ばかりの小さな社殿一つだけで、
ここ何十年も改築などされておらず、柱などはそうとうに傷んでいました。
ご神体は社内にはなく、背後の深い山々がご神体そのものであるようでした。 
当然、神職も常駐してはいません。
社の前は草木が刈られて小さな広間となっておりましたが、 
そこに神職はじめ村の主立った者が集まって、土地神へ捧げるお祭りをとり行うのです。 

そのときに社前で舞を舞う男の子が一人おり、『にしろ』と呼ばれていましたが、
これもどのような漢字を当てるかはわかりません。
そして次の年の『にしろ』にわたしがなったのです。 
『にしろ』は前年の祭りが終わった十二月に十一歳の男の子の中から選ばれます。
自分で言うのもなんですが、『にしろ』に選ばれるのは顔立ちの優しい、体つきの華奢な子です。
そして選ばれたその日から、『にしろ』は女の子として育てられます。
髪を伸ばし、女の着物を着て、村長のお屋敷の一間を借りて過ごします。 
学校へはその一年は行きません。
義務教育なので行かなくてはならないのですが、村立小学校でも問題にはせず一年間欠席扱いです。
そして学校の勉強をしない代わりに、お祭りで舞う踊りを習います。
神職が笙の笛、古老がひちりきなどを担当し、
陽気ではあるものの、現代の音楽に比すればずいぶん間延びした曲を演奏します。
生まれつき鈍かったわたしは、習い覚えるのにずいぶんと苦労したことを思い出します。
村長のお屋敷から外に出ることはできませんが、毎日のように両親や祖父母が会いに来てくれました。
ただ学校の友達とは会うのを禁じられていたため、それは寂しく感じました。 

早いもので一年が過ぎ、『おさっしゃ』の前日となりました。この頃には家族との面会もできなくなっていました。 
髪はもう肩の辺りまで伸び、自分で鏡を見てもまるきり女の子でした。その日は水垢離をして眠ります。 
いよいよ当日となれば、朝から薄化粧を施されます。
昼中は村は農作業をするものもおらず、平日でも学校も昼には終わります。 
お神輿などの神事は特になく、村人の多くは提灯を掲げたりして家でお祀りをしています。
神職達はこまごまとお祭りの準備をします。 
わたしは昼時に神餅を少し食べさせられただけです。
そして夕暮れになると、巫女のような着物を着せられた『にしろ』は、
『にご』という竹で編んだ大きな鳥籠のようなものに入れられ、丸木を組んだものの上に乗せられ、
男衆二十人ほどに担がれて、かけ声と共に山道をお社へと向かいます。
このとき女や子どもは山に登ることはできません。 
山道の途中途中にはたくさんの幟が立てられ、お社前の広場には煌々と篝火が焚かれています。
『おさっしゃ』はまず、神職の口上から始まります。
村人の中にも意味のわかるものは少ない、日本語とは思えないようなものです。
その後に神への贄が捧げられます。酒と御幣と数日前に村人が仕留めた一頭ずつの鹿と猪です。
そしてまた祝詞のようなものがあり、わたしは『にご』から出されます。
ここで一年間習い覚えた踊りを披露します。
わたしは無我夢中で踊り、なんとか一つも間違えずに終えました。
周りを囲んだ男衆から口々に「よい出来だ」「今年はよい」などの声が聞こえます。 
そうして踊り終えたわたしは、茶碗一杯の御神酒を一息に飲むように命じられました。 

そして一同はこれで帰ってしまうのですが、『おさっしゃ』はわたしにとってはまだ続きます。
明日の朝、里で一番鶏が鳴くまで、このお社の中に一晩こもって過ごさなくてはならないのです。
雪の降る地方ではないのですが、十月の山は寒く、
薄い白い肌襦袢を着て過ごすので、寝ることはほとんどできないという話を事前に聞いていました。
わたしは初めて大量に飲んだ酒のために体が火照り、まだ寒さは感じず、
何もない社殿の中の山側の壁にもたれていました。
神職がわたしの側に来て、
「ちょっと怖い目をするかもしれないが心配ない。
 何も危険なことはないから、けっして逃げ出したりせずしっかり務めてくれ」
そう言って、外に出て扉に錠をかけたようでした。 
板のすき間からわずかに見えていた篝火が消され、男達の声も消えました。
お社の中は灯りもなく真の暗闇となりました。
外はほとんど風もないようです。 
不思議と怖いとは感じませんでしたし、危険があるとも思いませんでした。
なぜなら、これまで毎年代々『にしろ』を務めた人たちは、村を出た人以外はみな健在であったからです。
ただし『にしろ』としてこのお社の中で経験したことは、
絶対に人に言ってはいけないし、また聞いてもいけないことになっていたため、
どのようなことが起きるのかはわかりません。
かすかに木の葉がさやぐ音が壁を通して伝わってきます。 
三時間ばかり過ぎ寒くなってきました。これでは寝ることはとうていできません。
一枚だけ与えられた薄い白絹の布にくるまり、壁にもたれて膝を抱えていると、
ふっと真っ暗で何も見えないのに社殿内の空気が変わったのがわかりました。
それと同時に社殿内がものすごく獣臭くなり、何者かがいる気配がします。それも二頭の息遣いに聞こえます。
身を固くしていると、あっという間に白絹をはがされ、わたしの体は宙に浮きました。 
ひょいと足首をつかんで持ち上げられたのだと思いました。 

そして肌襦袢も脱がされ、体中をまさぐられる感触があります、それも毛むくじゃらの手で。
何本もの手で全身をまさぐられています。 
わたしは怖ろしさで声も立てられず気が遠のいていくのを感じましたが、そのとき獣のうなり声が聞こえてきました。
そしてこれは声に出した会話というのではなく、直接わたしの頭の中に意味として入ってきたものです。 
「これは見目よいと思うたがおなごではない」「おなごではないな」
「またたばかられたか」「今年もたばかられたか」
「酒と獣肉はもろうておこうぞ」 
「これは返そう」「うむ、返そうか」
そしてわたしの体はどーんと床に投げ出され、今度こそ本当に気を失いました。 
そして次に目覚めたのは小鳥の声、そして朝のまぶしい光でした。
社殿の扉が開いており、神職達が迎えにきてくださっていたのです。
これで話は終わりです。


引用元:何でもいいから怖い話を集めてみない?


 
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