怖い話らぼ −怪談・都市伝説まとめ−

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タグ:海にまつわる怖い話


もう10年前に遡りますが、ふとしたきっかけで俺は水中写真に興味を持ち、 
「じゃ、ダイビングから始めよう」と、とある四国のショップで講習を受け、機材も取り揃えました。
同じ時期にダイビングを始めたO夫妻と知り合い、
その縁で仲間も増え、楽しくダイビングライフを堪能していました。 
O夫妻、特に御主人の方と俺は、若い頃に同じ様にヤンチャしていた時期があり、
まるで兄弟の様に意気投合してしまいました。 
何度も3人で近県の海に潜りに行き、様々な生き物を見る。そんな楽しい日々でした。 

そんな楽しい日々が崩壊する時がやって来ました…。
A夫妻という結構お金持ちの御夫婦と知り合い、瀬戸内海で一緒にボートダイビングをする事になりました。 
Aさん(夫人の方)は俺よりも10歳以上年上でしたが、小さくて上品なご婦人。 
御主人は「ダイビングをしたい」と言う夫人の為に、
船舶免許を取り、ダイビング用のボートまで買ってしまったという愛妻家でした。 

新品のボート(小型のクルーザーと言っても良いかもしれません)で、静かな瀬戸の小さな島々を巡り、
気に入った場所があれば、そこに潜ってダイビングを楽しむ…。 
そんな楽しい週末が半年以上続いていたのですが、俺が仕事の都合上どうしても参加出来ない日があったのです。
その日は瀬戸内海でも一番大きな島に行き、ダイビングを楽しもうという予定でした。
なんでも、潮の流れが緩やかな場所と速い場所が隣接していて、
緩やかな方には大きなヒラメなどがいて、近寄っても逃げないので写真も撮りやすい。
流れが速い方では、運が良ければ回遊魚の群に出逢えるという話。 
とても行きたかったのですが、どうしても休めません。
仕方なく俺はO夫妻に、「次に行く時の為に、しっかりロケーションしておいてよ~!」と言付けて、仕事に行きました。 

そして、その夜の事です。
ダイビングに行けなかったのが非常に残念だった俺は、嫁と呑みながら軽く愚痴っていました。
そこに俺の携帯電話が鳴りました。
「ははぁ~ん。O夫妻が今日の自慢話をしようと掛けてきやがったな?」 
嫁と顔を見合わせて、笑いながら電話に出ました。
「もしもし?楽しかったかい?」 
軽い嫉妬を込めて電話に出た俺の耳に届いたのは、Oの悲鳴に近い叫びでした。 
『A夫人が溺れて行方不明や!』
突然の事に吃驚しましたが、とりあえずOを落ち着かせて話を聞きました。

Oの話によると、A夫人も含め5人で一回潜った後、昼食を摂ったそうです。 
午後からは皆「流れの速い方に行ってみようよ」と話していたそうですが、
いざ潜る直前にA夫人が、「私は少し疲れたから、岩場でのんびり潜るわ。皆で楽しんできて」と言い出しました。
Oは「1人じゃ危ないですよ、俺が一緒に潜ります」と言ったのですが、
A夫人は「大丈夫よ、何度も来ているし。貴方は初めてなんだから楽しんできて。私に気を遣わずに」 
と、どうしても聞かなかったそうです。
御主人も同調するので、Oは仕方なく「単独なんですから、無理しない様に」と言い残して、4人で潜ったそうです。
4人が潜る時にボートの上からニコニコと手を振って、
「行ってらっしゃい、気を付けてね~」と、A夫妻が見送ってくれた。
そして、それがA夫人を最後に見た瞬間でした。 

約50分後、4人が上がって来た時、船上にはA主人1人だったそうです。 
Oが「あれ?奥さんは?」と聞くと、御主人は「あの辺りを潜っているよ」と指差しました。 
しかし、水面には泡が見えません。
Oが「泡が見えませんよ、大丈夫ですかね?」と言うと、
御主人は「空気ケチって呼吸を抑えているんだろう。さっきは泡見えていたよ」と一言。 
御主人が見ているんだから大丈夫だよなと、Oは機材の片づけをし始めました。 

さっきの海の様子をお互いに言いながら、雑談混じりに機材を片づけ、ビールを飲み始めたそうです。
そしてOが気付きました。俺達が潜ってから、もう1時間30分は経ってるよな?
OはA主人に聞きました。
「奥さん、俺達の後どれくらいして潜りに行きました?」
御主人は「すぐだったよ、5分位じゃないかな?」
Oは「いくら消費が少なくても、時間が経ち過ぎてますよ。見に行きます」
と、シュノーケリング(エアタンクを背負わずにシュノーケルだけで素潜りする事)の準備をして、
もう1人の男性と、A夫人が潜っていたであろう場所を探しました。

しかし、何処にもいません…。 
海中の透明度も10m先を見るのがやっと。二人は岩場沿いを何度も探したそうです。 
一度はエアタンクを使って…とも考えましたが、すでに全部使ってしまっています。 
夕日が傾くまで必至に探しましたがA夫人を見つける事が出来ず、
警察と海上保安庁に連絡をし説明した後、俺に電話をしてきたらしいです。 

次の日、俺は会社の上司に事情を話し、休暇を貰ってA夫人捜索に加わりました。 
泣き叫び、「早く娘を探して~!」と懇願するA夫人の母親を見て、胸が詰まりました。 

不可思議な事が起きたのはその日でした。
捜索に加わった友人全てが、右足に怪我をするのです。 
程度は色々なのですが、積み上げたタンクに挟まれて捻挫する奴。デッキで滑って金具で足を切る奴。 
飛び込む時にフィン(足ヒレ)の留め具を船の縁に引っかけてしまい足を折る奴…。 
A夫人と仲の良かった友人全てが、なにかしら右足に怪我をしてしまいました。 
しかし、気にしてもいられません。
俺も船に乗り込む時に足を挟まれて軽い捻挫をしていましたが、
早く探してあげたいという気持ちから、必死で潜りました。
他の奴等も同じ気持ちだったでしょう。 

何日も探し回りましたが、結局A夫人は見つからないままでした…。 
俺は嫁の反対もあり、ダイビングを辞める事にしました。
仲の良かった友人を、大好きな海で失ったのですから、気持ちもすっかり萎えてしまいました。
今でもあの時の仲間が集まれば、「何故、皆右足を怪我したのか?」という議論になります。
「A夫人が溺れた時に右足を怪我した」という奴もいれば、
「危険だから来るなというメッセージだろう」と言う奴もいますが、未だに謎です。 


ここまで読んで、「怖くないじゃん」と、思われた方も多いでしょう。
ですが、俺が本当に怖いと思ったのは、ここから先の話なのです…。 

A夫人が行方不明になってから1ヶ月後、O夫妻は離婚しました。原因はO夫人の浮気でした。 
離婚後、O夫人が走ったのはA主人の元でした。
なんと、2人はA夫人が行方不明になる以前からデキていたそうです。
そして、A主人は事業が立ち行かず、かなりの負債を抱えていたそうです。 

そして半年後、A主人とO夫人は倒産寸前の会社を捨て、有るだけの金を持ち、
とある海外の有名ダイビングリゾートへと逃げました。
そして今、そこでダイビングショップを開き、悠々自適に暮らしています。 
勿論、A夫人の保険金(当然億単位)も、行方不明から何年か後にA主人に支払われました。 
情けない事に、会社の負債は息子と親族に押しつけ、自分は逃亡してしまったのです。 

上記の話は、俺がA夫妻の息子から直接聞いたので、想像でも何でも無い事を述べておきます。 
どうでしょう?生きている人間のエゴの方が、幽霊よりも俺は怖ろしいと感じました。 
それに、誰も見ていない海の上で、A夫妻に何があっても目撃者すら居なかったのです。 
保険金殺人…。という言葉も頭に浮かびましたが、証拠も何もありません。 
関係者は皆生きていますので、場所はハッキリとは書けません。質問も勘弁して下さい

普段付き合いのいい同僚が、何故か海へ行くのだけは頑として断る。 
訳を聞いたのだが余り話したくない様子なので、飲ませて無理やり聞き出した。 
ここからは彼の語り。ただし、酔って取り留めのない話だったので、俺が整理してる。 


まだ学生だった頃、友人と旅に出た。たしか後期試験の後だったから、真冬だな。 
旅とは言っても、友人の愛犬と一緒にバンに乗って、当てもなく走っていくだけの気楽なもんだ。 

何日目だったか、ある海辺の寒村に差し掛かったころ、既に日は暮れてしまっていた。 
山が海に迫って、その合間にかろうじてへばり付いている様な小さな集落だ。 
困ったことに、ガソリンの残量が心もとなくなっていた。 
海岸沿いの一本道を走りながらGSを探すと、すぐに見つかったのだが、店はすでに閉まっている。 
とりあえず裏手に回ってみた。
玄関の庇から、大きな笊がぶら下がっている。 
出入りに邪魔だな、と思いながら、それを掻き分けて呼び鈴を鳴らしてみた。 
「すんませーん。ガソリン入れてもらえませんかー?」 
わずかに人の気配がしたが、返事はない。 
「シカトされとんのかね」 
「なんかムカつくわ。もう一度押してみいや」 
「すんませーん!」 

しつこく呼びかけると玄関の灯りが点き、ガラス戸の向こうに人影が現れた。 

「誰や?」 
「ガソリン欲しいん…」 
「今日は休みや」 
オレが言い終える前に、苛立ったような声が返ってくる。 
「いや、まぁそこを何とか…」 
「あかん。今日はもう開けられん」 

取り付く島もなかった。諦めて車に戻る。 
「これだから田舎はアカン」 
「しゃーないな。今日はここで寝よ。当てつけに明日の朝一でガス入れてこうや」 

車を止められそうな所を探して集落をウロウロすると、 
GSだけでなく、全ての商店や民家が門を閉ざしていることに気付いた。 
よく見ると、どの家も軒先に籠や笊をぶら下げている。 
「なんかの祭やろか?」 
「それにしちゃ静かやな」 
「風が強くてたまらん。お、あそこに止められんで」 
そこは、山腹の小さな神社から海に向かって真っ直ぐに伸びる石段の根元だった。 
小さな駐車場だが、垣根があって海風がしのげそうだ。
鳥居の陰に車を止めると、辺りはもう真っ暗でやることもない。
オレたちはブツブツ言いながら、運転席で毛布に包まって眠りについた。


何時間経ったのか、犬の唸り声で目を覚ましたオレは、辺りの強烈な生臭さに気付いた。 
犬は海の方に向かって牙を剥き出して唸り続けている。 
普段は大人しい奴なのだが、いくら宥めても一向に落ち着こうとしない。 
友人も起き出して、闇の先に目を凝らした。 
月明りに照らされた海は、先ほどまでとは違って、気味が悪いくらい凪いでいた。 
コンクリートの殺風景な岸壁の縁に、蠢くものが見える。 
「なんや、アレ」
友人が掠れた声で囁いた。 
「わからん」 
それは最初、海から這い出してくる太いパイプか丸太のように見えた。 
蛇のようにのたうちながら、ゆっくりと陸に上がっているようだったが、不思議なことに音はしなかった。 
と言うより、そいつの体はモワモワとした黒い煙の塊のように見えたし、実体があったのかどうかも分からない。 
その代わり、ウウ…というか、ウォォ…というか、形容し難い耳鳴りがずっと続いていた。 
そして先ほどからの生臭さは、吐き気を催すほどに酷くなっていた。 
そいつの先端は、海岸沿いの道を横切って向かいの家にまで到達しているのだが、もう一方はまだ海の中に消えている。 
民家の軒先を覗き込むようにしているその先端には、はっきりとは見えなかったが、明らかに顔のようなものがあった。 
オレも友人も、そんなに臆病な方ではなかったつもりだが、
そいつの姿は、もう何と言うか「禍々しい」という言葉そのもので、一目見たときから体が強張って動かなかった。
心臓を鷲掴みにされるってのは、ああいう感覚なんだろうな。 
そいつは、軒に吊るした笊をジッと見つめているようだったが、やがてゆっくりと動き出して次の家へ向かった。 


「おい、車出せっ」 
友人の震える声でハッと我に返った。 
動かない腕を何とか上げてキーを回すと、静まり返った周囲にエンジン音が鳴り響いた。 
そいつがゆっくりとこちらを振り向きかける。
『ヤバイっ』
何だか分からないが、目を合わせちゃいけないと直感的に思った。 
前だけを見つめ、アクセルを思い切り踏み込んで車を急発進させる。 
後部座席で狂ったように吠え始めた犬が、「ヒュッ…」と喘息のような声を上げて、ドサリと倒れる気配がした。 
「太郎っ!」
思わず振り返った友人が、「ひぃっ」と息を呑んだまま固まった。 
「阿呆っ!振り向くなっ!」 
オレはもう無我夢中で友人の肩を掴んで前方に引き戻した。 
向き直った友人の顔はくしゃくしゃに引き攣って、目の焦点が完全に飛んでいた。
恥ずかしい話だが、オレは得体の知れない恐怖に泣き叫びながらアクセルを踏み続けた。 


それから、もと来た道をガス欠になるまで走り続けて峠を越えると、まんじりともせずに朝を迎えたのだが、 
友人は殆ど意識が混濁したまま近くの病院に入院し、一週間ほど高熱で寝込んだ。
回復した後も、その事について触れると激しく情緒不安定になってしまうので、 
振り返った彼が何を見たのか聞けず終いのまま、卒業してからは疎遠になってしまった。
犬の方は、激しく錯乱して誰彼かまわず咬みつくと思うと、泡を吹いて倒れる繰り返しで、可哀そうだが安楽死させたらしい。 

結局アレが何だったのかは分からないし、知りたくもないね。 
ともかく、オレは海には近づかないよ。 


以上が同僚の話。 
昔読んだ柳田國男に、笊や目籠を魔除けに使う風習と、海を見ることを忌む日の話があったのを思い出したが、 
今手元にないので比較できない。

海が近いせいか、漁師さんの迷信みたいな話を近所でよく聞かされた。 
『入り盆、送り盆には漁をしてはいけない』とか、『海川に入ってはいけない』とか。 
でも、この話はうちの近所だけじゃなくても一般的みたいだけど。
この話もそんな話。お盆じゃなくて地元のルールのようです。初めてヤバイと思った体験です。

釣りが好きな僕が友達Nを誘って海に行こうとしたら、
船は持ってるけど漁師を引退した友達の爺さんが面白そうに、
「今日から明後日まで、峰ノ州の方に行ったらいかんぞ。助けられんからな」
と、わざとらしく語りかけてきた。だけど目だけは厳しかった。 
峰ノ州と言うのは、地元で呼んでる浅瀬のことです。知らない人が見たら只の磯にしか見えません。 
友達Nが「わかってるよ、釣れなかったら帰ってくるから」と返事だけして、僕とNは釣りに出かけた。 

釣り場まで自転車で15分ぐらいで着いた。
ホントは原チャで来たかったのだが、
Nがまだ免許を持っていなかった事と、ガソリンを入れに行くのが面倒だった為チャリにした。
釣り場には4駆と見慣れない大学生風の2人組みが、何か釣りのような事を先にしていた。
ちょうど例の峰ノ州の手前の防波堤で(2~3百メートル先が峰ノ州)、暇そうにタバコを吸ったりしていた。

僕とNは少し遠慮しながら、横でいつものように釣りをはじめた。
すこし離れてるとはいえ、見慣れない2人組みはこっちの様子が気になるようで、しばらくして話し掛けてきた。
少しパーマのかかった人あたりの良さげな片方が、
「こんちわ、ここ釣れるの?ゼンゼン駄目なんだよね」 
警戒させない声だった。 

もう1人は、隣のNの仕掛けに興味があるみたいで、ジロジロと竿先や仕掛け入れを観察していた。
それから2人とも色々と面白い話しをしてくれ、缶コーヒーまで貰った。

2~3分ほど話してみると、その大学生2人組みの仕掛けが、この場所ではまったく不向きだというのがすぐに判った。
僕らはその2人が釣りたい魚が目の前の峰ノ州によくいる事を知っていたのと、
その仕掛けが峰ノ州なら向いているだろうと思った。 
だから、良くしてもらった御礼になればと思って、峰ノ州の場所の事を話した。 
その時は、もうNの爺さんが言ってた事なんかどうでもよかった様に憶えている。 
子供が行くわけじゃないし、大学生といったらもう大人なんだし、と思っていたんだと思う。 
その日、僕とNも釣れなければ峰ノ州に行くつもりでいたぐらいだ。 

二人はクルマに荷物を積み込むと、「ありがとね、行ってみるわっ」と言い残してさっさと行ってしまった。
僕はあの二人に狙いの魚が釣れるとは思えなかったけど、可能性が高くなった事に少しだけ満足していた。
Nにいたっては、「釣れないようなら手伝いに行くかな?」と言いながら、貰った缶コーヒーをん飲んでいた。

それから2~30分たっただろうか?
遠く、峰ノ州の磯先に先ほどの二人の姿が見えた。竿を持って歩いている。 
さらに、しばらくしてこっちに手を振っているのが判る。「釣れたんだろうね」っとNが手を振る。
それから僕とNも自分達の釣りが忙しかったので、あの2人組みの事は忘れていた。

少し日が傾き始めた頃、気が付くと天気は曇り空に変わっていた。
グレーの空を映す海は、あまり綺麗とは言えない。 

僕が紐で結んだバケツで海水を汲んで水換えをしていると、Nが「あれ?みて!見て!」と峰ノ州の方を指差す。
「何?」
僕はバケツの紐を引きながら、峰ノ州を見た。 
「!!」
例の二人組みが、僕らから見てありえない場所、海の上に立っている。更にその先に歩いてる様にも見えた。 
点の様にしか見えない2人だが、だんだん小さくなっていくのが判る。 
遠くに移動していると言うよりも、沈んで行ってるように見える。事実、上半身しか見えない。 
点の片方が振り向いたのが見えた。ハッキリしないが、慌てて戻ってるようだ。 
もう一人はまだ振り向かない。
僕とNは多分、家を出る前の爺さんの言葉を思い出していたと思う。 
僕とNは黙って、手元の道具を片付けながら様子を見守った。
一人はもう頭だけになった。そして潜るように消えた。
Nが「爺ちゃんの言う通りになった」とつぶやいて、放心しているのが感じられた。
僕もNもまだ携帯電話なんか持ってはいなかった。何もできないでいた。
戻っているように見えた男が、何度か海に転ぶのが見えた。 

そして僕は、もがく男が波の表面から、複数の白い手のような物に絡め摂られて沈むのを見た。
Nも見えたと言っている。
3回ほど頭を出して、それを覆い引き擦り込む様にして、灰色の波が缶コーヒーをくれた大学生を隠してしまった。
僕とNは唖然としていた。
時間にしてみれば3~4分の事か、長くても10分ぐらいかもしれない。

とり合えず、僕は自転車で近くの家まで警察と救急を呼びに、Nはその場に残って見守る事に。
その後の事はあまり憶えてないけど、警察と消防署に事情聴取されて、そのまま僕とNは帰った。 
消防署の人が、「後で何かあったら電話するから、電話番号を教えて」と言う言葉が耳にまだ残ってる。 

実際に1人目の死体が揚がったのが、2日後だったと思う。もう1人は揚がらずじまい。
その日の事は地元でしかニュースにならなかった。 

今でも思い出すが、あの『白い手』は絶対に見間違いなんかじゃないと思う。 
Nが爺さんに峰ノ州に行ってはいけない由来を聞いてみても、爺さんもよく知らないようで、
「ただ、あそこは昔から、この季節は行ってもいい事がないから、もう行くな」とだけ言われたようだ。 

何年かしてNの爺さんが、「普段見えん物が見えると人間、奥まで行くから帰れんようになる」と言っていた。 
Nがその後、好奇心で峰ノ州まで行こうとしたが、どうしても途中から足がすくんで動けなかったらしい。 

特に言われはないけどそんな場所があって、
ひょっとしたら僕とNの身代わりになったあの2人には、今でも申し訳ないと思っています。


引用元:ほんのりと怖い話スレ その19


海には皆さんも御存知の通り、妙な生き物が沢山いるみたいですが、
その中の一つにであったという、父の話を一つ・・・

「ようけ魚見てきたけど、いろんな海にはもっと凄いのがおるだらぁなあ。多分まだ100分の1も見てないけん」

 と、苦虫を噛み潰したような顔をする父。 
これは父が、自分が出会った最初で最後の魚(?)の話。

ある年のお盆も過ぎた頃、父と父の友人はイカ釣りに出かけました。 
(もうこの頃は、同じ時刻に毎日行きます。だいたい夕暮れ前に出て、10時前後に戻ってくる) 

その日、父はいつもより早く帰ってきました。
どれ位釣れたのかと見てみると、なんとゼロ。 
大漁の時は、他の同じ規模の船の倍、他の船が水揚げがナシでも、何かしらの成果で帰ってくる、
地元でその道の人の中では有名な父です。 
はっきり言ってあり得ません。 
私は何かがあったのだと思いました。(船のトラブル?海が時化てきた?・・・) 

すると父は、コップに冷や酒を注ぎながら語りだしたのです。


その日はとても良い凪ぎで、外海にでてもあまり波も無かったそうです。 
イカ釣りは、仕掛けと明かりが命だといいます。
船の照明をこうこうと焚き、その光に海中の虫や小魚が集まり、それらにイカが・・・と。 

そしていつものように明かりを焚き、いつものようにいろんな物が集まって来たので、
頃合をみて仕掛けを下ろしました。 
その時、友人が何かを発見して父を呼んだそうです。 
まだ何メートルか下にいるそれを、父と友人は暫く眺めていました。 
『それ』は暫く時間をかけて、ふわ~っと海面近くまで上がってきて、
やっとその姿らしき物がハッキリしてきました。 

皆さんは、カワハギという魚を御存知でしょうか?なかなかユニークで顔はかなりマヌケです。 
そしてこの魚は釣り上げると分かるんですが、「ブィ、ブィ」というような鳴き声を発します。


『それ』は、そのカワハギを真横にしたような姿で、目もおかしな位置に付いているのが見てとれます。 
(ヒラメやカレイのような位置ではなく、ちゃんと両サイドに付いている) 
そして『それ』等は四匹で、一匹を先頭に綺麗なひし形の群を成していました。 
一匹の全長は40cm位でしょうか。
見たことないなぁ。気持ちわりぃ。
と思いながらも、父は自分の興味を抑えきれず、タモを持ち出しその中の一匹をすくいあげました。
『それ』はあっさり引き上げられ、船の上にほおりだすと、 
「ギギギィィィ!!」と、今までに聞いたことも無い声で鳴いています。
それもかなりデカイ。もう絶叫といっていい程の声で。 

父はその魚をジィーーーっと見てみました。 
『それ』には瞼も付いていました。二・三度瞬きらしきものをしたかと思うと、
父はおもいっきり・・・ニラまれたそうです。 
その時父は何故か直感で、「もう一匹おる」と思ったそうです。
その瞬間、船が凄い横波をくらい、ほぼ真横に90°近く一回傾きました。
父は「これはヤバいもんだ!」と感じ、急いで『それ』を海に放ちました。

凄い横波は、一度でおさまっていました。 
父は一息つき、船の周りの様子を調べ始めました。 
おかしいのです。 
さっきの魚(?)はおろか、先ほどまでいた虫やら小魚すら一匹もいません。そして海が不自然に暗いのです。 
父は悟りました。 
今、船の下には、船より大きな何かがいると。 
海でパニクると、大変な事になるのを知っている父は、
まだ何も気付いていない友人にそれを悟られぬよう、船の中央近くによび、 
「変なもんみたけん、ちょっと酒でも飲むか」と、しばしの酒盛りを始めたそうです。

そしてしばらくすると、また虫や小魚が集まり始めたのがわかり、
その後しばらく釣りをしたもののアタリもなく、父と友人は早めに帰ったとのことでした。 

「まぁ、あんなもんもおるわな」と、父は酒を片手に笑っていました。

そんな父の夢は、この歳で口にする言葉じゃないんですが、『シー・ハンター』です(ワラ 
(何処で覚えてきたのか、それ以来「カッコイイ」と連発している)


引用元:海にまつわる怖い話・不思議な話 1


「俺が死んだら骨の半分は海にまけよ」 
と、少々はた迷惑な遺言を残している、自称海の男の父。 
今回は、父が海の男になりきれない弟に、彼が初の長期航海に出る前に話していた内容から。 

弟は学歴を、全く父と同じ様に進みました。 
同じ高校、同じその上の専攻課、(西日本では少々有名な水産高校で、その上に専門学校の様な学部が二年ある)

 船酔いの酷い弟が、そのように自分と同じ道を歩むなど夢にも思わなかった父は、毎日嬉しそうでした。 

それは、弟が遠洋漁業の研修航海で、海外(目的地はハワイ)に出かける数日前のことでした。
父が弟に、何事か真剣に語っているのです。
「ハワイに着くまでに、日付変更線を赤道ら辺で越えるだら。
 その時甲帆(船の甲板での作業。もしくは、夜ならみはり等)の係りになりそうだったら、
 仮病でもいい、絶対に船外にでるな。 
 お前は船酔いが凄いけん、先生もゆるす」 
弟は不思議そうに、「なんで」と聞いていましたが、
父は「いいけん。お父さんの言うことをきけ」と、強く言っていました。 
赤道付近が、夜半になると波が荒くなると聞いたことはあるのですが、
日付変更云々は聞いたことがありませんでした。 

私はその時、なんか変な男同士の話だなぁと思っただけでしたが、妙に心に引っかかっていました。 
サボリや仮病の大嫌いな父が、そんな話を弟にしていることを。

そして、弟が帰ってくる日がやってきました。
弟は日に焼けて、少したくましくなっていたような気がします。 
そして語りだしました。

父に言われた事を妙にインプットはしていたが、
何か小細工をしてサボる前に、弟は赤道付近の荒波にもまれて、
日付変更線を越える間、船内で嘔吐と戦いつつグッタリしていたそうです。 
だから、甲板の仕事をする事もなかったと。 
ただ・・・
「その時、甲板勤務に就いてた三人が、その後揃って学校を辞めた」と、弟は少し悲しそうにいいました。 
一人は弟の親友でした。 
その親友になにかしらの理由を聞いたのは、弟が船酔いからさめた、ハワイ付近に近づく一日前だったそうです。

「お母さんがたいへんな病気になったけん、早く帰ってお母さんの面倒を見ないけん」
弟は思い詰めた口調の親友を案じて、まず先生に「そんな連絡があったのか?」と聞きました。 
先生の返事は、「ハァ?そんな連絡は今の所ないぞ」ということでした。 
弟が親友にそう伝えて話してみても、彼は「早く、早く帰らな。心配だ」と言うばかりで、
その後の研修も、ずっと上の空だったようです。 

あとの二人はというと、その日付変更線を越えたあと、
疲れたように、先生に「日本へかえりたい」と訴えていたようです。
先生が喝を入れたり、なだめすかしてみても、そればかりを懇願していたとか。 

それだけいうのなら、ハワイから直接日本へ返してあげれは、と思うのですが、
彼らの船員手帳なるものは、普通の旅券とは違って手続きがややこしうえに、 
やはり、他の生徒達の手前もあるのでしょう。 
すぐに帰国というわけにはいかなかったようです。

そして帰港。 
帰りの日付変更線では何事もなく、むしろ穏やかに帰途につくことが出来たそうです。 
(この時はまだ弟も、この三人と日付変更線を関連付ける事に対しては、半信半疑だったみたいです) 

その後、弟がやはり日付変更線に関して、不思議というか怖く思ったのは、 
件の親友の母の訃報が、帰港二日前に船に届いた事。
そして、あの日甲板勤務をしていた三人が揃って、自主退学の道を選んだ事。 
他の二人に関しては、弟も挨拶や少々言葉を交わす程度の仲だったので、何も聞かずじまいだったそうです。

私は弟の話す事実も不思議に思いましたが、もっと感じたことがあったのです。 
「なぜ父はあんなことを・・・?」 

そんな出来事を熱心に語る弟に対して、父が口を開いた話・・・ 
弟の体験より、もう少しガクブルと言うか、眉唾でした。 
弟じゃなくて良かったと思ってしまいました。 

父は言いました。
「海にはそんなことがある。俺もたまたまそうじゃなかっただけだ。
 それでも何があったかを知りたいとは思わん。
 自分から、出来るだけそこに近づかん事だ」 

それは、海に対して父が思う、とても重たいものだと感じました。

弟の話は大筋であっていると思いますが、細かい描写(特に日時の関係)は、
記憶を探りつつの、若干創作な部分もあります。 
(何せ10年近く前に、テンパリ気味の弟から聞いた話なので) 

弟の友人の事に関しては、私の記憶が強い事もあり、あっていると思います。 
弟が友人にかける言葉もなく、
(あの日何があったのかを聞いてはみたいものの、
 友人の母一人子一人という家庭環境を思うと、そんなことは聞けないと。
 友人もその話はせず、むしろ避けていたようです) 
悲しい顔をしていた事は、今でもはっきり覚えています。 

この父の話を聞きたい方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、 
弟の話以上に記憶が曖昧で、順序だてて書くことができません。 
日付変更線に関する話が他にあるのか、実は私の方が聞きたいのですが、
やはり、この父と弟からのものしかしりません・・・ 

父の話は今からだと、40年以上前の事で、私の中でも電波か?と思う所もありますが、
あの日、父が弟に話していた真剣なようす、弟の体験と悲しい顔。 
それを考えるとやはり、赤道付近の日付変更線にはなにかがあるのかな、という気持ちになるのです。


引用元:海にまつわる怖い話・不思議な話 1


これは、もう亡くなった曾祖父に聞いたお話です。
曾祖父が亡くなる数カ月前。どうしたことか、親戚を集めて色々な話をきかせてくれたのです。

幽霊船ってお話御存じですか?
私の実家は鹿児島県のとある離島なんです。
凄く田舎で、さらに曾祖父の時代ですから、電気とかもまだちゃんと通ってなかったような頃の話です。


ある日、曾祖父は知合いと漁に出たんです。嵐になりそうな日だったらしいです。
魚って、嵐の前とかって海でじっとしてるから、釣れやすいんですよ。
それで、どんどん釣れるので、どんどん沖に出て漁をしていたらしいのです。
知合いの船とはとっくに離れてしまって、もう見えなくなっていたみたいです。

そうしたら、急に風が強くなってきて海が荒れてきて、かなりやばい状態になったそうです。
(そのころはもちろん木舟です)
そろそろ帰らないとまじめにやばいと思って、帰ろうとしたそうなんですが、
魚がたくさん釣れるのに夢中で、島はかなり遠ざかっているのに気付かなかったそうです。
霧は濃くなってきたし、波は荒れてくるし、かなり覚悟をきめたそうです。

そうしたところ、霧のむこうから、なにやら大きな舟の影がみえたんです。
乗り移らせてもらえば助かる!そうとっさに思って、舟がこちらにちかづいてくるのを待っていました。
当時の木舟には、水が入ってきたときすくって捨てるように、杓子が備え付けられていたんです。
近付いてきた大きい舟の人が、上から杓子を渡すようにジェスチャーしました。
曾祖父は嫌な予感がして、とっさに杓子の底を割って、大きい舟に乗っている人に渡したんです。
そうしたらその人は、杓子で何回も曾祖父の舟に水をすくって入れようとするんです。
もちろん、底が割ってあるので水は溢れます。
曾祖父は気が長くなる程、ずっと大きい舟の人たちに杓子で水を入れられていたそうです。
(木舟って本当に小さいので、長い時間されるとやっぱり沈んでいくんでしょうね)

それから霧が晴れてきて、大きい舟はどんどんと遠くなっていきました。
曾祖父は必死に舟を島まで漕いで帰ったそうです。
沖ではみんなもう曾祖父はダメだろうと思っていたみたいなので、かなり吃驚されたそうですが。

最後に曾祖父が言ったのは、
「あの幽霊舟に、一緒に漁に出た知合いが乗っているのが見えた。そいつは帰ってこなかった」と言っていました。

それから数カ月して、曾祖父は亡くなりました。
それから、日本昔話で幽霊船の話をみて、凄くゾッとしましたよ(^^;)
本当かどうかは知らないのですけど、
実家の島は、毎年よく人が山で行方不明になったり、不思議なことがおこったりするみたいです。

 
引用元: 死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?2


海に囲まれた千葉県は、昔も今も漁業が盛んな地域である。
海は多くの富を千葉に住む人々に授けてきた。まさに恵みの海である。

しかし、海は富を授けるものだけではない。 
優しいその顔の裏には、人の命を奪う恐ろしいもうひとつの顔があるのだ。
特に漁師たちは、板一枚の下は地獄と言われたように、大変危険な仕事であった。

 近代整備の整った今でも、遭難する可能性がある海である。
当時の人力による船で海を渡る人々の気持ちは、いかほどであっただろうか。  

当然、海に纏わる妖怪は沢山いる。その最も有名なものは、『海坊主』ではないだろうか。 
巨大な坊主頭の姿で突如海面に姿を現し、漁船を転覆させたり、漁師を脅かしてみたりする妖怪であり、
広く全国で怖れられている、海の代表的な妖怪である。
お盆或いは、月末とか出る日が決まっていると言う地方もあり、
その日は漁師はみな仕事を休んだと言われている。 

その正体は海で死んだ者の霊魂だとか、魚が集まったものだとか言われているが判然としない。 
しかし、現代でも『ニューネッシー』や、『カバゴン』、『シーサーペント』など、
海のUMAと看板を書き換えて、妖怪『海坊主』の子孫ともいえる怪物たちは健在である。

また、『船幽霊』も有名な海の魔物である。
これは文字通り、海で亡くなった人の怨霊であり、
生者を死者の仲間に引き入れるべく、「柄杓を貸せ」と船上の人にねだる。
しかし、ここで柄杓を与えてはいけない。
貸したその柄杓は、たちまち数百の柄杓となり、船に海水をいれて沈めてしまうのだ。
お墓の死者に柄杓で水をやる我々生者に、柄杓の水をかける事で死者にしたてるのであろうか。
なんとも不気味な妖怪であるが、いまも水死者の怨霊は、生者を黄泉の国に誘う事例はあるのだ。

心霊談などで水泳中に足が何者かにつかまれたので、水中にもぐって見てみると、
溺死体が足をがっちりつかんでいたとか、昔の服装をした亡霊がしがみついてきたとか、
その手の話は枚挙にいとまがない。
海は魔物の巣窟なのだ。 
他にも、顔が坊主で体が亀の『海和尚』とか、座頭姿で海上にぬーっと出て驚かす『海座頭』とか、
突如海上で船の行く手を阻む『海ふさぎ』や、船の進行をはばむ『シキ幽霊』など、海に住む妖怪は大変多い。

これは海で仕事をする人々、海を移動する人々に、
いかに多くの妖怪・妖怪現象という奇妙なものが、目撃されてきたかを裏付けている。 
海という無限にすら感じる単調さに、或いは暴君とも言える荒々しさに、
人の心は『妖怪』というスケープゴートを設定したのだ。 

『黒入道』は、千葉の沿岸に伝えられる妖怪である。
一説には、海で死亡した人間の魂が、自宅に帰ってくるものと言われており、
深夜に妖しいものが、戸を「とんとん」と叩くものであるという。
その姿は黒づくめで人相すらはっきりしないが、人の形をしているという。 

海で死んだその家の主人が、懐かしくて帰ってくるのだが、決して戸を開けてはいけないと言われている。
いくら懐かしくとも、死者と生者の境目は分けなければいけないのだろうか。
この決め事は、イザナギの頃からの慣習である。黄泉の国の住民は、この世に帰ってきてはいけないのだ。 
『黒入道』のノックは、現世へのノックなのかもしれない。

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